660:厨房ダンジョンLV2、レトラベラ嬢あらわる
瓦礫をよじ登り、明かりが灯った部屋に飛び込む。
そこはさっきまで居た三番目の倉庫と、寸分違わぬ佇まい。
「んぅぇーっと?」
隣の倉庫を出たら、同じ倉庫だった。
此方の横壁を破って侵入した――又、別の同じ倉庫。
その入り口から出たら――何があるんだ?
ひょいと、首を出す。
其処は通路のように、細長い場所だった。
「おい、やっと別の場所に、出られたぞ?」
やっと元の三つ目の倉庫からは、出られたが――
通路の柱に道幅。明かりの魔法具。
なのに、倉庫のように棚や木箱が――
壁に沿って、疎らに置かれている。
「はイ。でスが荷物ノ置かれ方に、三ツ目ノ倉庫とノ相似点が、ザっと――322箇所、発見さレました」
鉄鍋の柄の突き出方や、羽根芋の葉の重ね方。
魔山椒が入った瓶の、曲がったラベル。
「確かによく見りゃ、雑な物の置き方に見覚えがあらぁ」
ってこたぁ、まだ偽の厨房の回廊からは――
まるで抜け出せてねぇってことか?
「そのようデす。注意しテ進みまシょう」
ヴォヴォヴォゥゥゥンッ♪
迅雷が唸りを上げ、先を行く。
「あっ、迅雷さま♪」
曲がり角、その先から声がした。
慌てて駆けつければ――ヴォォォン♪
浮かぶ棒の前。
棚と棚の間に、机と椅子が置かれていた。
「あっ、シガミーちゃんも! こっちこっち!」
椅子に座り、此方を手招きするのは――
レイダやビビビーの隣に居ることが多い――
「えーっと、そうだぜ! 眼鏡太郎だ、眼鏡太郎!」
思い出したぜ!
「レトラベラよ。レトラベラ・ルリミット! 一文字もあってないよ!?」
違ったか。そういやぁ、そんな名だった。
礼虎だ、礼虎。
「悪ぃ悪ぃ、つい、ど忘れしちまってよ。へへっ♪」
愛想笑いをしておく。
「……〝眼鏡たろぅ〟って言ったことは、聞かなかったことにしてあげる」
ふぅと、ため息をつかれた。
ふぉん♪
『人物DB/レトラベラ・ルリミット
初等魔導学院1年A組生徒
出席番号13』
この顔、この眼鏡――
「悪ぃ、どうにもしゃらあしゃらした名前には、疎くてよ。へへはは♪」
おい迅雷、こいつぁー例のアレじゃぁねぇのかぁ!?
ふぉん♪
『>>いいえ、偽の山道でも彼女が先兵として姿を現したからと言って、今回も魔法自販機なる魔法具による、〝自衛行動の発露〟とは限りません。慎重に判断しましょう』
「そうだなっ!」
ヴッ――――スッパァァァァァァンッ♪
おれは張り扇で力の限りに、眼鏡の童の頭を引っ叩いてやった!
これで消えりゃ、偽物ってこったろ――ウカカカカッ♪
「いひゃいっ!?」
やべぇ! 砂になって崩れ、姿を消すはずが――
今回は、本物だったらしいぜ!?
ふぉん♪
『>>はい。素直に謝罪しましょう』
「シガミーちゃん、ひどいっ!」
童は頭を両手で押さえ、涙目になった。
「悪ぃ悪ぃ! この厨房が連なる道にわぁ、偽物が出るから――叩いて確かめるしか、手がなくてだなっ!?」
机の上に落とした眼鏡を拾って、そっと掛けてやった。
くきゅりゅるる♪
頭と腹を押さえ頬を染める、眼鏡の童。
「なんでぇい、腹ぁ空かせてんのか?」
目の前で揚げ物と寿司を作られて、お預けを食らわされたら――
そりゃ、腹も空くか。
「引っ叩いた詫びだ、遠慮無く食ってくれ」
ヴッ――ことん、どさどさっ♪
置いた皿の上に、饅頭の箱を置いてやった。
二箱、計四つの饅頭を――ぺろり。
五百乃大角並みの、早食いだぜ。
もう二箱、置いてやる――ぺろり。
さらに二箱――ぺろり。
おかわりをすること、三階目にして――
漸く気づいた。おい迅雷。
『>ええ、シガミー。彼女は、またもや人ではなかったようです』
小太刀を抜くのが、遅かった――
彼女は大きな口を開け――すぁぁぁぁっ♪
部屋ごと、おれたちを丸呑みにした。
村長が入れた金貨が特別製で、この偽の厨房も特別製だと言っていた。
偽者を見破るのには、張り扇で叩くだけでは――
足りなかったようだぜ!




