658:厨房ダンジョン、VSカニ?
「奥方さまのことだから、心配はいらんと思うが――」
不意打ちを食らったのも、鉄鍋で前が見えなかっただけだろうし。
ふぉん♪
『>>家宝である巫女服装備を着ていたので、万が一にも怪我をすることは無いと思われますが』
うむ。あの装備は鑑定出来てねぇから、詳しいところはわからんが――
編み込まれた一本一本の糸までもが、それこそS級のお宝だからな。
「大森林では、あのように巨大な海老や蟹を――食すのですか?」
眉を顰めたリオレイニアが、大森林勢に尋ねた。
ガムラン町でも央都でも、あんなのに出くわしたことはない。
「いいえ! 人よりも大きな滝海老や渓谷蟹なんて、硬いわ魔法が弾かれるわで――見かけたら、全っ力で逃げますわよ!」
つーか、人よりも大きな蝦蟹が、此処には居るらしいぜ。
ヴッ――くるくる、ジャリィン♪
すぽん――ヴッ♪
ガガァァンッ!
錫杖を取り出し、草履を鉄下駄に履き替えた。
大申女さまが硬ぇと言うなら、相当だろうからな。
「よぉし、行くかぁ!」
この所、仕事着代わりに着たきりの、猪蟹屋制服はそのまま。
鉄下駄を鳴らして、一歩を踏み出した。
「では、私も――」
同じく猪蟹屋制服姿のリオレイニアが、付いてこようとする。
「いや、リオは子供ら二人に、付いててやってくれ」
この村長の魔法具箱の中じゃ、何が起こるか分からん。
ふぉん♪
『シガミー>万が一、村長と逸れて、この場所から放り出されると、元の村とは全然別の場所に放り出されるってのは、リオレイニアも聞いただろ』
ふぉん♪
『リオレイニア>ですが、それなら尚更』
ふぉん♪
『>大丈夫です。私も付いていますし、地形の把握に特化した人物も、ココに居ますので』
「シガミーちゃん! あんまり奥には行かないようにしてね。はぐれたら戻ってこられないから……来られぬのでのぉ♪」
村長から、蘇生薬に回復薬に解毒薬が詰まった――
革紐が付いた小さな箱を、貰った。
「こんな時のための、針刺し男だぜ! 奥方さまを助けに行くぞ!」
既に地図作りのための、槍みたいな道具や縄を両手に持った――
おっさんを呼ぶ。
「はい、シガミー嬢。この厨房を起点としたマッピングは、お任せあれ。では早速――」
すげぇ、おっさんがまるで……手練れの冒険者にしか見えねぇ!
ふぉん♪
『>>ミギアーフ氏は、辺境伯名代を前にすると正気に戻、人が変わりますね』
「じゃ、行ってくらぁ!」
おれはおっさんの横に、邪魔にならないように張り付いた。
「いってらー♪ お土産を期待してるわよ♪」
リオに預けた御神体さまが、やかましぃ。
蝦蟹が獲れるかは、硬さによるぜ。
「小猿とミギアーフ卿だけでは、心許ないので――ガッシャンッ♪」
鉄棒を組み立て、付いて来ようとする悪逆ご令嬢。
「いやいや、せいぜい二部屋隣を見てくるだけだぜ。お前さまは、村長と村人に付いてるべきだろぉが?」
そぅだろぉが?
「まともに戦っては、いけませんですのよー!」
忠告か脅しか、わからん言葉を吐きつつも――
皆の居る厨房に、残ってくれた。
§
無言で縄を敷いていく、ミギアーフ氏。
凄ぇ手際だ。驚くことに、喚き散らさなくても仕事を出来るらしい。
『►►►』
動体検知が、何かを捉えた。
それはさっき化け狐さまが攫われた、方角。
「やっぱりそこの、三つ目の倉庫の陰に居るぞ!」
今すぐにでも鋏みてぇな、どでけぇ鋏が飛んできそうだぜ。
リオが居てくれたら、ひかりのたてを張ってもらうところだが――
ふぉん♪
『>>毎秒4発の全自動射撃LV1を、床に設置可能です Y/N』
ぬぅ? 五百乃大角はリオに預けたし、お猫さまも茅野姫も居ねえのに――
丸を撃てるのか?
ふぉん♪
『>>はい。LV1ですので、木製ペレットになりますが』
囮くらいにはなるのか?
そいつを使ってる間、お前はどうなる?
ふぉん♪
『>>行動範囲が設置場所から、3メートル四方に限定されます』
阿呆か、なら要らんわい。
錫杖が通らんときは、お前を使うぜ。
ふぉん♪
『>>了解しました』
「おっさんは此処に居てくれ。直ぐに奥方さまを、連れて戻る!」
「はい、シガミー嬢。くれぐれも、お気を付けて」
真面なおっさんは、相当に気色が悪ぃが――我慢しとく。
「行くぞ!」
おれは錫杖を構えつつ――
件の倉庫へ、飛び込んだ!
バッ――何かが物陰から飛び出してきた!
其奴に錫杖を、突き込んだ!
ごんわぁぁぁん♪
重い手応え。何だこの鈍い鐘の音わぁ?
「ココォォォォンッ――――!?」
鉄鍋――奥方さまか!?
マジで弱ってやがったらしいぜ。
余程、ファロコの卵が、恐ろしいらしい。
妖弧を、ぶん投げた鋏は――ガシャ、カシャカシャカシャシャッ!
積み上がる木箱や棚の奥へ、逃げて行ってしまった!
「ちっ、蝦蟹のくせに頭が回りやがるぜ!」
おれは鉄鍋を錫杖で、ぐいと押して持ち上げ――ジャリィィン♪
ルリーロを真後ろへ、放り投げた。
「おっさん、奥方さまを連れて、戻っててくれ――!!」
今、仕留めとかねぇと、危なくて仕方がねぇー!
「では打ちつけた楔は、そのままにして置きますぞぉー!」
とおざかる、おっさんの声。
おれは木箱に駆け上がり――
逃げていく大鋏の先を、目で捉えた!
§
ギュギ、ガッチィィィィンッ!!!!
なんと、其奴め!
あろうことか食材の分際で――おれの渾身の一撃を。
倒の二の型を、受け止めやがった!
ごどかんっ!
くるるるるっ――すたん!
ジャッリィィッィン♪
棚を蹴り、木箱の上に舞い戻る!
妙に生きが良いのは認めるが、それでも此処は食糧倉庫だ。
五百乃大角じゃねぇがぁ――煮たらきっと、旨い出汁が出るぜ♪
鋏の爪先に、錫杖の鉄輪を引っかけて――
力の限りに、揺さぶってみた!
「ギュギギギギギッ、ガチガチガチッ♪」
ぬぬぅ、挟む力は強えが――引いたり押したりする力は、さほど無ぇぞ?
カシャカシャ、ガサササッ♪
厨房や倉庫には天井や柱に、灯りの魔法具が備え付けられていて――
姿を現した其奴の姿を、良ーく照らしてくれた。
「こいつぁ、蟹じゃねぇぞぉ!? 背が反った……蝦かぁ!?」
迅雷ぃ――こいつぁ、何だぜ!?
ふぉん♪
『氷結の蠍/
鋏と尾を持つ、八足。毒有り。洞穴の冷気を取り込み活力へと変換する。
甲羅は固く、食べられるところはない。
甲羅は耐氷素材としてだけでなく、
冷気⇔MP変換機能へ転用可能。
毒針と繋がった毒袋は、魔導探求のための触媒として重宝されている』
ふぉん♪
『ヒント>蠍/さそり、一対の鋏や鈎状の毒針を持つ肉食動物。鋏角亜門クモガタ綱に分類される節足動物。』
「(蠍……聞かん名だぜ、虫みてぇだな!)」
両の鋏を砕けぬのなら、使えなくしてやりゃ良い!
迅雷、何でも良いからぁ――硬い物を出せ!
「デは試作段階ノ、コレを――」
ヴッ――――ゴドゴドンッ!
ガチガチガチィと振り上げられた鋏に、おれは――
ガガンッ、ゴゴガァァン!
ロットリンデの形の、冒険者ギルド支部屋舎と――
寸分違わぬ、真っ青な木彫りの人形を――
挟ませてやった。
ぎゅぎぎぎぎぎぎぃぃっ――――!
凄ぇ軋みだが、流石はレイダ材だぜ。
ほんの少し、凹んだだけだ。
「ふぅぅぃっ、これで一先ず、危なくねぇだろ♪」
食えんのなら、せめて素材にしてや――
「シガミー! 毒針ノ付いタ尾節に、注意してくダさい!」
だから、そういうことは先に言えってんだぜっ!
「ぐわぁぁぁぁぁっ――――!?」
其奴の、いままで見たことのない〝尾を反らせ、打ち下ろす動き〟に――惑わされた!
グサリ――脈打つ毒針が体に、差し込まれる。
右肩に走る激痛!
けど――耐えられねぇ程じゃぁねぇぞぉ?
そういやぁ、おれぁ薬草師の〝状態異常無効〟スキルを持ってる。
毒とか眠いのとか、その辺の奴が――効きづらいんだったぜ。
§
「ふぅいぃ♪ 迅雷、あとは一人で抑えられるか?」
毒針が付いた尻尾も、落としたしな。
「はイ、問題アりません。鋏ヲ迅雷鋼製ワイヤーデ、固定シて頂きましたノで」
よしじゃぁ一応、村長に貰った解毒薬を、飲んでおくか。




