654:厨房ダンジョン、ルガレイニアの詠唱
ぼごわあ――!
それは色とりどりの煙による、巨大な腕。
赤と青の筋煙は、まるで人肌に浮かぶ、血管のようだったし。
緑と紫の鱗煙は、絵画の技法のように見えた。
そしてその腕は、棚や木箱や椅子を――薙ぎ倒していく!
「ぅぎゃぁぁぁぁっ!?」
「ひょへっ!?」
「「「ァハアン!?」」」
「「チェック!?」」「「ワンツー!?」」
押しのけられる青年や、村人たち。
もっふぉぉわぁーボゴゴゴォォォンッ!
蜂の顔のメイドに、つかみかかる――
鬼族の娘の身長よりも巨大な、片腕!
「ヴウヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴォォォォォヴォォォオォッ――――!!!!」
片腕を見上げる蜂の威嚇が、止まらなくなった。
地に立つ無数の、練習用魔法杖。
倒に立つ一本箸の数は、30は下らない。
その全てが――ヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォッ♪
空中を舞い――くるんくるんくるるん♪
振り下ろされる、巨大な腕に――ピタリピタリピタリッ!
一斉に狙いを付けた。
「ヴウヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴォォォォォヴォォォオォッ――――!!!!」
片腕を見上げる蜂の威嚇が、偽の厨房に木霊する。
ふぉふぉふぉふぉふぉふぉふぉふぉぉん♪
『ルガレイニア>ひのたまみずのたまあついかぜつめたいかぜ、
>つるくさのねいやしのみてつちのかべいわのかべ!』
小さな杖から放たれる、小さな魔法たち。
それは空中を進むにつれて、沸騰した湯になり、冷気を纏う氷結になり――
土塊から生える木の根になり、芽が息吹き枝木に粉砕される岩塊となった!
「ふゃはっ!? 何ですのその――気持ちの悪い魔法ーっ!?」
驚き慄く悪逆令嬢。
気持ちの悪さじゃ、噴煙の鬼腕も相当だろ!
「ヴウヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴォォォォォヴォォォオォッ――――!!!!」
蜂の威嚇は、なおも止まらない。
ふぉふぉふぉふぉふぉふぉふぉふぉぉん♪
『ルガレイニア>かえんのたますいりゅうのたまそよぐかぜつよいかぜ、
>ふわふわうかべかるくなれくらがりのみてひかりのたま、
>ひかりのたてよひかりのたてよひかりのたてよ!
>ひのたまみずのた――』
流れる一行表示も、止まらなくなった。
芽吹いた岩塊が粉砕され、雷撃と化し――
ゴオォォォォォォォォォォォオッ!!!
『<AUTOMATIC・MAGIC・SHIELD>――ピピピピピッ、リンゴーン♪』
複雑な紋様を纏った光の盾の、礎となった。
ズゴドゴガガガガガガガバッガガガガァァァァァァァァァアァンッ!
大爆発する巨大片腕と、蜂顔のメイド!
「ぎゃっ!? ちょっとアレ、大丈夫わのっ!?」
御神体の振りをした浮かぶ球(旧式)が、ルガレイニアを心配している。
五百乃大角は自分が美の女神のくせに、真っ先に彼女の色香に惑わされた。
蜂女の美しさを相当、気に入っているのだ。
「わからん! 迅雷、どうなんだ!?」
ふぉん♪
『>この噴煙は活力系の測定を阻害します。爆発直前のルガレイニアのバイタルに、異常値は検出されませんでした』
この煙に巻かれてるのは、あんまり良くねぇな。
もわもわもわわわぁぁ――――!?
辺りは煙に巻かれ、照明魔法具の光も碌に届かないほどの闇に包まれた。
「「きゃぁ――!?」」
「「「ァハァン――!?」」」
「「「「スッモーゥク――!?」」」」
「ちょっと、ニゲル。何とかなさい!」
「ひひひひひぃぃん?」
全員が慌ててやがるぜ。
「そんなこと言われても困るよ。けどこの煙、ぜんぜん苦しくないよ?」
うん。しかも煙に斑な色が付いてて、暗くはねぇもんだから――
何とも、変な感じだぜ。
もわもわもわわわぁぁ――――ファサァー!
炭火の煙は上手く吸わなかった、風の通り穴へ――
色が付いた煙が、立ち所に吸い込まれていく。
「やっと煙が、晴れたぜっ――!?」
ルガレイニア、ロットリンデ共に健在。
頬に少し焦げ目が付いたが、擦り傷一つ負ってねぇ。
ヴォヴヴヴォヴォヴォゥゥンッ!
蜂顔の女が正面に構えるのは、いつもよりも更に複雑な紋様の光の盾。
そこから――ザギィン!
鋭利な一本槍が、突き出ていた!
「ぎゃっ――ゴーレム!? な、なんだリオ……ルガレイニアさんか、脅かさないでよぉぅ」
ニゲルには尖った形が一瞬、ゴーレムに見えたのだろう。
ゴーレムというのは、もの凄い異様な形をした、強化服自律型みたいなもので――
ゴーレムである天ぷら号の、今は円らな瞳も――
前は細く突き出た、氷か楔のような有様だったのだ。
掌を貫かれた巨大な片腕が――ボゴゴゴゴゴゴゴゴオゴォン!
爆発霧散していき――バッフォォォォォン!
またおれたちを、煙に巻いた。
§
「ふぅ、降参ですわ。その凶悪な防御魔法、対人使用は厳禁するべきですわ――けほん♪」
丸い頭のロットリンデさまが、何かほざいてやがるが――
概ね面白いので、許してやる。
「それは、こちらの科白です。マジックシールドの最上位魔法と渡り合うような、高等魔術を私は知りません――こほん♪」
こっちも丸い頭のルガレイニアが、何かほざいてやがるが――
概ね面白いので、許してやる。
「どうされましたか、イオノファラーさま? そんなに目をぱちくりさせて?」
ヴュゥン♪
蜂の複眼のような尖った眼鏡の形が丸くなり、色味も元の上品な感じに戻っていく。
「だって、リオレイニャーちゃんが、あのアフロ頭をみて、笑い転げないなんてさっ! どー考えたっておかしいでしょう、そぉぅでしょぉぅ?」
まだ御神体はファロコに、取っ捕まったままだ。
偽の御神体が調理台の上を、転がるように駆け回っている。
「そうですねぇー。自分も同じ頭をしていると思ったら、なんだか平気になりました。元からフカフ村の方たちのファッションには、興味がありましたし♪」
手鏡を覗き込み、モサモサフワフワの自分の頭を触るリオレイニア。
上品な眼鏡と生来の気品が相まって、見慣れたら良い感じにも思えてきたぜ。
頭に付ける給仕服の、ひらひらが浮いてるのは――
ちょっとまだ、面白ぇけどな。
§
「さて、それじゃこの卵はファロコに任せるとして、万が一やべぇのが出てきたら、全員で倒すんで良いなぁ?」
落ち着いて話し合ったら五分も掛からずに、けりが付いた。
「はぁい♪」「「ははぁーい♪」」
「ふむ、異存はありませんぞ」
「「「ぁはぁん♪」」」
「「「「「ぅぃやぁぁぁぁあぁっ――♪」」」」」
「ぎぎにゅり?」
「ひっひひひぃぃん?」
まったく最初から、こうすりゃ良かったんじゃねぇーか。
本気のルガレイニアとか、フワフワモコモコのリオレイニアとか。
色々、面白かったけどよ。
「よしじゃぁ、そろそろ元の厨房に戻してくれ。このままじゃ落ち着かん」
村長に、お願いする。
今からでも、大宴会の仕込みを始めねぇとな。
幸いニゲルが居るから、下ごしらえは直ぐに終わりそうだ。
「えっ、戻れないけど?」
またか。どうしてこう毎回毎回、上手いこと話が進まねぇかなぁ!




