651:厨房ダンジョン、海鮮の狼煙
厨房を覆い尽くす、熱のない炎。
狐火を知らぬ村人やロットリンデたちが、逃げ惑う中。
ガムラン町名物ギルド受付嬢と、同じく名物メイドの二人は――
おれ三人分程度の近距離で、対峙していた。
こん、かららん♪
折れた練習用魔法杖を、リオが投げ捨て――ォォォ♪
「魚足齪疎さ良散れ歩も羅綺を卯熨そ差歩不磨反畄弧雀鷂面忌み!」
突然の経文、いや――真言に近いか?
まるで聞いたことのねぇ、文言だが――
確かに、術の起こりを感じたぞ。
「わっ、高速詠唱!?」
村長が、尻餅をついた。
「あら本当、拙いですけれど、ちゃんとした詠唱魔法ですわ――さては貴方、宮廷魔導師でしたのねっ♪」
喜々として棘の付いた鉄棒を構える、悪逆ご令嬢。
当然だがリオレイニアは、宮廷魔導師ではない。
「杖よ!」
手にしていた、折れていない方の魔法杖を、軽く振るリオ。
ぼごごごごぅわわっ――――ぶわぁぁぁあああっぁぁっ!
膨れ上がっていた蒼白い炎が、一斉に揺らぐ。
「コォォォォオン♪」
――――ィィイィィィィィイィィィィインッ!
唸るリカルルの眼光。空中を薙ぐ視線が煌めき――――ばっがぁぁあぁぁんっ!!
爆発する狐火。
流れた一条の導火線は、コントゥル母娘が使う〝狐火・仙花〟。
五穀豊穣の神の眷属としての、血筋に由来する力だ。
ヴァチヴァチィッ――
噴煙に見え隠れするのは、光の紋様。
『<MAGIC・SHIELD>――ピッ♪』
――ガラランッ!
投げ捨てられる、どこかから取り出された盆。
画面に表示された〝発動した魔法をあらわす文字〟も、一緒に床に落ちた。
「わわっ!? 方陣記述魔法が――爆発したっ!?」
起き上がった村長が、また尻餅をついた。
「爆発魔法!? この私の目の前で、爆発魔法ですってぇぇぇぇっ!?」
開いた口が塞がらない様子の、ご令嬢。
再び床に突き刺さる鉄棒――ゴガッビギッガゴン!
「炎を!」
眼前の仕えるべき主人へ向かって、大きく振られる、リオの練習用魔法杖。
――――ぅごごごごぉうぼぼぼぼぼぼわぅ♪
狐火がシュルシュルと、湧き出たのとは逆向きに戻っていく。
「んなっ――なんですのっ、ここここここ、コォォン!?」
ぼふっしゅる、ぼぼっしゅふる!
狐火の湧きが、頗る悪ぃ。
すっかり小さくなった炎が――――ごぉぅわぁぁ、しゅるぽん♪
リカルルの口に、吸い込まれてしまった。
「んごひゅぅっ!? けほこほけへかはっ――!」
口から白煙を吐き、崩れ落ちるリカルル。
「何だぜ今の?」
杖を一本、折ったと思ったら――狐火をリカルルに、突き返しちまったぞ。
「わかりマせん。恐ろシく高度ナ、高等魔術ト思わレますが」
うぅむむぅ。呪い返しとか、術の反動を起こさせるような魔術だぜ。
つまり坊主の、領分じゃぁねぇ。
間違いなく、奥方さまの領分だ。
鉄鍋に籠もったりしてなけりゃ、詳しい話くらい聞けたんだが。
ふぉん♪
『>>シガミー、いまは目の前の敵に、集中しましょう』
そうだったな。
§
「ウケケケッケッ――――よくぞ此処まで辿り着いたわよ。ほめてやろぉ♪」
ちょっと目を離した隙に、女神の姿の浮かぶ球が――
角を生やし甲冑を着込み、矢鱈となびく外套を、身に纏ってやがった。
知ってる、あの格好は――魔王という生き物の姿だ。
魔王の城に飾られてた城主の姿絵に、とても良く似ている。
「ににににるるるるぎ!?」
ちなみに本体は、『Θ』をしたファロコに捕まったままだ。
「怖い怖い、目が怖ぁい!」
卵に抱きついたまま手で、倒にして振ってみたりされてる。
「何の真似だぜ?」
おれは正面から、じりじりと。
迅雷は――ヴォヴォゥン♪
床すれすれを、すべるように飛んでいく。
「何って、この格好ですることなんてぇ――悪っるいことに、決まってるじゃんかぁよぉ!」
ヴォヴォゥゥンッ――――♪
魔王女神さまが――ヴッ♪
新たな球を、取り出した。
くるくるくるるると、空中を漂う浮かぶ球――『Σ(゜ロ゜)』
球には目鼻口に見える突起や凹みが有り、まるで驚いたような顔をしていた。
ヴュッパパパァァッ――――♪
球を覆い隠すように、人のサイズの五百乃大角の姿が現れていく。
それはまるで、央都や各地に設置されている女神像のようで。
「痛い痛い、放してー!」
魔王が後ろから、女神の首根っこを押さえつけた。
「グゥフェフェフェッ!」
魔王の方が悪い面をしていて、五百乃大角の内面をよく表せている。
もちろん、どちらも中身は五百乃大角だが。
ふぉん♪
『>>イオノファラー本体は、身動きが取れないようです。もう少し近づけば、ファロコから奪還出来そうです』
木箱の背後へ回り込む迅雷。
浮かぶ球は、ニゲルが二個、取っ捕まえてくれたから――
魔王姿の浮かぶ球が、最後の一個だったはず。
ふぉん♪
『シガミー>>浮かぶ球の作り置きなんて、有ったか?』
ふぉん♪
『>>安全改良型は、あの一個で最後です』
だよなぁ。
ふぉん♪
『マオウファラー>>そのとおりだぁぁ。あと残ってるのは全部、改良前の〝爆発しちゃう奴〟だぁぁ。それが42個もあるのだぁぁ? それがどういうことか、おかわりだろぉ? グゥフェフェフェッ!』
ちっ、内緒話も五百乃大角相手じゃ、全部筒抜けだ!
マオウファラーの袖口から――ガシャバシャリッ!
橙色の小さな板が、飛び出した。
何だあの板、穴が空いて柄のようになった所を握ってるぞ?
ふぉん♪
『>>樹脂製のセミオートマティックコンパクトピストルです。【地球大百科事典】によるなら、2218年製造〝FLAMEPADーO〟。口径は・380ACP。トリガーガードレーザー付きで装弾数は6+1発。2・5インチバレルで重量は194グラム』
恐ろしく寸足らずだが、立派な武器ってことだな。
板ぺらの端から、おれたちが使う耳栓のような赤光が煌めき――
女神の耳の辺りに、狙いを付けた。
ふぉん♪
『>>やい惡神! 召喚の塔を吹っ飛ばした〝浮かぶ球〟を、大筒がわりに使おうってぇのかぁ!?』
そんなことになったら、ロコロ村が壊滅する。
ふぉん♪
『メガミファラー>>私のことは気にせず、マオウファラーの指示に従って下さい!』
やかましぃ!
ヴォヴォヴォゥゥゥン♪
奇襲を諦めた空飛ぶ棒が、戻ってきた。
ふぉん♪
『>>シガミー、私を耳の後ろに当てて下さい』
はぁ? やれというなら、やる。
やらんと、今世まで終わっちまう。
<<しがみー、きこぇますか?>>
なんだ!? 声が聞こえたが――頭の中で、聞こえているような。
それはまるで、偽の迅雷のようで――お前、偽の迅雷か?
<<INTTRTT01じんらぃです。にせではぁりません>>
なんだか面妖な声だぜ。
<<このこぇは、シガミーのほねをゅらしてったぇてぃます。ぬすみぎきされるしんぱぃはぁりません>>
なら助かるぜ。
おれの念話さえ絞っておけば、内緒話が出来る。
どうする?
あの野郎は、大爆発する浮かぶ球を盾に、押し切るつもりだぜ?
<<しんぱぃぃりません。ぉにぎりのしゅぅのぅまほぅぐほどではぁりませんが、しんぃきわくせぃでとれたたしゅたょうなしょくざぃがぁります>>
なるほど。
お誂え向きに、此処は厨房だって訳だな♪
<<はぃ、そぅぃぅことです>>
おにぎりが居ねぇのが悔やまれるが、迅雷の収納魔法にも、そこそこの量の食材を――
日々、溜め込んできた!
おれは竈に火を入れる――「ひのたまぁ!」
ぼわぁ、パチパチパチッ!
じゃぁまずは――あ、此奴が有ったな!
洗い場の下を探り、笊を取り出した。
中には、血抜きをしておいた――
<<むらのたきでとれたさかなですか、それはじっにぅってっけです。ぃぉのふぁらーのしゅぅちゅぅをみだしてゃりましょぅ>>
震える迅雷が、くすぐってぇ。
「しかし、海の物だか川の物だか、わからんな」
大森林に海はないが――
「シガミーちゃん……ひそひそ……何やってるの?」
「イオ……ルガレイニア先生が……ひそひそ……戦っていますのに――おいしそうな、お魚ですわね♪」
子供らが、寄ってきた。
おれは一匹、まな板の上に乗せる。
うむ。惚けた面構えをしてやがるぜ。
神域で捕れた巨大魚に、似てなくもねぇが――なんて魚だぜ?
しめしめうっひっひ――チーン♪
ぽこん♪
『超特選森林木魚【中】
大森林全域で捕れる、回遊魚。
煮て良し焼いて良しの、海水魚。
但し味が淡泊すぎるため、生食には適さない』
「海の物だったか」
「このお魚、木の中を流れてた滝で見たよね」
「ええ、大事な制服が塩臭くなってしまって、困りましたわ♪」
困りましたわと言う割に、その目は――魚に釘付けだ。
魚の腹を裂き、腸を取る。
塩をまぶして、串に刺した。
「じゃぁ、お前ら手伝ってくれや」
「よろしくてよ♪」「はぁい♪」
おれは、魚を焼き始めた。
「シガミーちゃん。おいしそうな匂いですわね♪」
そうだろぅ。迅雷の中には食材だけでなく、日の本の調味料や薬味も揃ってる。
子供らが並べた皿に、焼けた魚を乗せ――
醤油を、ひと垂らし――じゅっ♪
「さぁ皆! どんどん食ってくれやぁ! どんどん焼くぞぉ!」
早速、ビステッカが席に着いた。
ふぉん♪
『マオウファラー>>あれ? 魔王の分は?』
ふぉん♪
『メガミファラー>>あれ? 女神の分は?』
ふぉふぉん♪
『イオノ>>あれ? あたくしさまの分は?』
ふぉん♪
『シガミー>>惡神さまの分はありません』
「ぎゅぎゅぎゅるー?」
ファロコの爛々とした視線が、調理台の上の焼き魚に突き刺さる。
「ぐきゅきゅるるー♪」
そしてその手につかまれた御神体さまからは、盛大な腹の虫が奏でられた。




