650:厨房ダンジョン、主従の誓い
「お嬢さまと杖を交えるのは、いつ以来でしょうか?」
ジャララリッ♪
前掛けの物入れから、大量に取り出されたのは――
おれたちも学院で使っている、練習用の魔法杖だ。
カチャカシャガシャラララッ――カンッカララララッ♪
辺りへ、ばら撒かれるのも厭わない――
彼女が今まで見せたことのない、雑な杖の扱い。
「そうねぇ、この白狐の面を下賜したときですから――もう6年も前になるかしら?」
今では元の持ち主の元へと返された、目を隠す白い鳥のような仮面。
それが素顔に被せられる――カシャリッ!
チキキキピピィー♪
狐の目が光ったが、いつもの月影の光じゃねぇ。
おれの画面のなかで灯る、色んな表示と同じ――
作り物の光だ。
家宝の甲冑は着ていない。
腰に巻かれた深紅の、特製収納魔法具を使えば――
甲冑の全てを一瞬で、装備出来る手はずになっているのだが。
「リオ、標準制服の予備弾倉は足りるか?」
おれが作った猪蟹屋標準制服の給仕服には――
迅雷が生やす機械腕|(細身)を大量に編み込んである。
それは軽く頑丈で、腰に差した細箱から――
作り置きの機械腕を――継ぎ足すことができる。
リオレイニアの〝ひかりのたて〟や、エクレアの〝大盾〟には敵うべくもないが――
壊れるそばから新しい機械腕が、鎖帷子のように編み込まれていくから――
並みの攻撃には、よくよく耐える作りになっている。
防御魔法を持つ彼女には、必要ないかと思うんだが――
「この制服の一番の強みは、着崩れせず汚れも付かず、姿勢を保持しやすいほどの剛性があるのに、しなやかな肌触り。この機能性に尽きます」んだそうだ。
似たようなことは、男性用制服――ニゲルの執事服とやらを作ってやったときにも、言われたな。
「破けないし頑丈で洗濯いらずで、しかも立ったまま居眠りが、楽々出来るよ!」って。
「もう一度、お願いいたします。ミノタウロースとの戦いを、あきらめては頂けませんか?」
片足を引き腰を軽く落とす、リオレイニア。
返答はなく、腰の細剣が抜かれた。
超やる気だな。
顔を上げたリオの顔には――漆黒の眼鏡が張り付いていた。
ルガ蜂のようになった、その鋭利な形。
ぎらりと、辺りの景色が映り込む。
向こうはリカルルとニゲル。場合に寄っちゃ辺境伯名代も出てくる。
こっちはリオに、悪逆令嬢さまと、村長か。
女将さんの母上の、無手の商会長……元宮廷魔導師とやらが――
居てくれたなら――おれが出る幕も、なかったんだが。
ふぉん♪
『>>類推になりますが、あと12分34秒以内に、シガミーの〝意気地無し〟を解消しなければ――ミノ太郎が生成されます』
なんだ、と?
「やぃ迅雷! おれがぁ、臆病風に吹かれているだぁとぉぅ!?」
齢四十にして、酒瓶で素っ転んで死ぬまで――
お山と、いくさ場を駆け巡り――
悪鬼羅刹と恐れられた、虎鶫隊隊頭の、このおれが――!?
頭を過るのは、根術の修行。
穴の空いた鳴子を、揺らさぬよう――
根を構え、何日も立ち続けた。
「レーニ……リオレイニアァ――あの約束は、覚えているかしるぁ?」
赤いドレスに、白い鳥の仮面。
腰を跳ね上げたまま、片手が地に。
片手は抜いた細剣を、背に隠すような。
迅雷と立ち会ったときの四つ足とは、又違う構え。
「もちろんです、リカルル。私と、サキラテ家の名にかけて」
普段とは違う黒手袋と、耳飾り。
恐らくは、本気の装備なのだろう。
両の手には、小さな魔法杖を一本ずつ。
「あら? 仲間割れですの?」
横やりを、入れられたと思ったのか――
ガキィンッ♪
棘の付いた鉄棒を床へ打ち付ける、悪逆令嬢。
あの怪力だ。当然、床には罅が入った。
建てた初日から、傷を付けるんじゃぁねぇやい。
「ぎぎぎにー?」
〝女神姿をした浮かぶ球〟の様子を覗っていたファロコが――
卵に張り付いていた、御神体をつかみ上げた!
「ぎゃぁっ!? ぅわっ、角っ娘ちゃんの目がぁ――暗黒邪神系っ!?」
よし今のうちに、五百乃大角を押さえるぞ!
ふぉん♪
『>>そうですね。〝イースターエッグ〟から引き離せば、確率テーブルから除外されるかも知れませんし』
わからんが、意味があるなら、それをやるぞ。
な、なんせおれぁ、腰抜けじゃぁねぇーからなぁ!
「リオレイニアァー、〝ひかりのつるぎ〟は無しで頼むぞー!』
この卵も、弾き飛ばされないとは限らんからな。
「わかりました。ですがお嬢さまとの約束がありますので、手を抜くことは出来ません!」
魔法杖が天高く、持ち上げられ――
「「約束?」」
おれとニゲルの声が、重なる。
「ケンカするときは――全力で!」
ぼごごごごぉぉぉぉうわぁぁぁぁぁっ――――!
吹きあがる、青白い業火!
「おいしい、お菓子は必ず――二人分買うこと!』
リオレイニアが、小さな魔法杖を――ポキィン♪
薪に焼べるような手つきで、へし折った!




