643:冒険者ギルド大森林観測村支部、最凶と最強と約500倍
「あら? そのお顔、どこかで……見覚えがありましてよ?」
こと、不遜なわりには話が分かるガムラン代表、名物受付嬢。
オォォッ――その目に、屋内では見えないはずの、月の光が見え隠れしている。
抜けない聖剣を、無理矢理へし折り――
魔王という生き物を力業で淘汰せしめた、当世最凶のご令嬢である。
「そのドレスとっても、素敵ざますわね?」
片や悪逆非道で恐れられたという、希代の吸血鬼ロットリンデ。
女将さんの態度から、〝似てる〟と仄めかされ――
いざ会ってみれば、魔物境界線の代表以上の跳ねっ返り。
絵本『けいこくのまもの』でも、うたわれる程の悪女である。
「そんな新旧世代における、最凶同士。そんな二人の視線が、バチバチと絡み合っっているっう――♪」
ばかやろぅめ! さっきの声が、令嬢たちの間を飛ぶ火花に――
油を注ぐような言葉を、投げつけていく。
ざわつく会場。
あの声は確か、ガムラン町のギルド職員だろ。
やはり壇上に、姿は見えんがぁ?
狐火・仙花に狐火・月輪、そして色鮮やかな爆発魔法。
どっちも〝火の気〟、持ちの令嬢だ。
その二人を相手に良くやるな、彼奴。
ある意味、尊敬するが……阿呆だぜ。
ふぉん♪
『>>女神像の起動に成功しました』
お前、一言、言ってからにしろやぁ。
ふぉん♪
『ロォグ>>転移扉の設置も完了にゃぁ♪』
あーもー、ご苦労様です。
「おぉーっとぉ! 両者一歩も動かず、見つめ合っているぅー♪ どちらも相手の出方を覗っているのでしょぅかぁ――えっ? どうしましたか、解説のリオレイニアさん――あれっ、あのちょっと腕を引っ張らないで――ドコへ行くんですか、私にはこの世紀のベストバウトの結末を見届けるとい――ぐっふぉぅわっ――ガチャララララン、ゴガッ、ドサッ!!」
壇上に、リオの姿が無ぇ。
どうやらご令嬢たちの、直接対決は――
彼女が承諾した上での、出し物ではなかったらしい。
§
「ロットリンデちゃぁん、ハウスよぉ――?」
ぽきぽきと指を鳴らす、女将さんの母上、コッヘル商会商会長。
ドレスの下から――ゴガチャンッ♪
折りたたまれた鉄の棒を落とす、大森林村最凶令嬢。
両手を挙げた、その顔に戦意がないのは見て取れた。
「リカルルちゃんもぉー、ケンカしちゃ、だぁめぇでぇすぅかあらぁねぇぇっ?」
母狐に扇子を、ピシリと突付けられ――
窘められる、魔物境界線最凶令嬢。
「わ、わかっておりますわ。もう子供ではありませんもの――フン!」
いつも腰に下げている細身の長剣とは違う、小さな剣。
それに伸ばしていた手を、引っ込める子狐。
手の甲を必死にさする彼女の目尻に、涙が浮かんでいる。
「申し遅れました。私、コッヘル商会の代表をしております、ティーナ・コッヘルです」
音も立てずに壇上中央へ進み出る、大森林最強。
「ぎゃっ――――まさかっ、魔導アーツ開祖!? なんでココに!?」
辺境伯夫人にして、元魔導騎士団総大将。
前世では五穀豊穣の神の眷属で有り、俗に言う化け狐で有名な――
妖弧ルリーロ・イナリィ・コントゥル。
前世でも今世でも、相当な手練れだ。
その顔が、困惑に歪んでる?
どうも女将さんの母上と、ウチの名代は顔見知りらしい。
迅雷――ふぉん♪
『>>なんでしょう、シガミー』
今まで極力、直接関わらずに来たが――
今後は、あの商会長さまとわぁ、全力で間を置くぞ。
あの妖弧に、あの顔をさせる相手なんて――相当にやべぇ。
ふぉん♪
『>>はい。彼女が妖弧ルリーロと同等の戦力を有している場合において、我々ガムランサイドは大森林サイドに優位を取れません』
まさかの、ガムラン町全部入りで負けるとか。
しかも大森林には、森の主までいる。
央都との扉さえ繋がりゃ、どうとでもなると――
高を括っていた自分を、叱りつけてやりてぇ。
§
すっぽこ――ここここぉぉん♪
もの凄い時間が掛かってるが――てちり。
何処かから、おれの頭の上に飛んでくる芸は――
ちゃんと使えるようだな。
「五百乃大角め、危ねぇから――どっかで遊んでろやぁ」
根菜と間違って、下ごしらえしちまいそうで、怖ぇ。
ふぉん♪
『イオノ>今こそ料理人としての腕の見せ所じゃない、やったねシガミー♪』
やかましい。お前さまは飯が、食いてえだけだろうが。
ふぉん♪
『シガミー>言われなくても、やらいでか。そもそも、おれたちは此処へ商談に来たんだからな』
ったくよぉ。
寝起きに、厨房から作らせやがって。
それでも、見たことのない食材が次から次へと運び込まれて来るから――
大宴会の下ごしらえにも、熱が入るぜ♪
「料理番さまぁ、持ってきやしたぁ♪」
来たな、盗賊のおっさん。
此奴は見た目とは裏腹で真面目に仕事をしてくれるし、中々の業物を腰に下げてやがるから――
中々に面白い奴だ。無理に仲良くなろうとまでは思わねぇが。
「あっしもっでっさぁぁっ――――どごすすぅん!」
そんな奴が持ち込んできたのは、木箱に入った立派な卵だった。
「こらバクチッ、食材は大事に扱いなっ!」
女将さんの怒鳴り声に――「あっしもでさぁー!」
そそくさと逃げていってしまう、盗賊バクチ。
普通の二首大鷲の卵の、ざっと――何倍ある迅雷?
ふぉん♪
『>約500倍ほどですが』
「ふむ。こいつぁ、茶碗蒸しにでもするかぁ♪」
「シガミー、こレは――それどコろでは、ないのデは!?」
わかってらぁ、冗談だぜ。
「あっ、ソレは食べ物じゃないよっ……な、ないのじゃ!」
ジューク村長が、慌てて駆け込んできた。
「ああ知ってる。こいつぁ、間違いねぇ――」
巨木・木龍の――
「これはたぶん、ファロコの弟妹だと思うよ……前に見たことがあるのじゃ、ふぉっふぉっふぉぉ♪」
は?
「いやこいつぁ、木龍の種だぜ!?」
「なんだなんだ?」「うぇーい?」「どしたどした?」
「ぎゅぎゅぎゅりゅぎぃ?」
わいわいわいわい、がやがやがやがや!
居合わせたガムラン勢と、大森林勢の間に緊張が走る。
「対魔王結界がない以上、このままにしてはおけませんねぇ、クスクス?」
「にゃにゃやーん♪」
ふぉん♪
『>森域結界の中でなら、ユグドラシルを使うことは可能ニャァ♪」
「今すぐ封印すれば、予定の時刻に夜会が始められますわ♪」
手伝ってくれてた、女将さんだけじゃなく――
茅野姫にロォグに、ビステッカなんかまで居やがった。
「ふぅ、でしたら上級鑑定すれば、一目瞭然でしょう、シガミー」
リオレイニアが、卵を守る二股角娘に歩み寄る。
「ああもう、しめしめうっひっひ♪」
まてまて、手を出すと囓られるぞ。
チーン♪
おれは巨木・木龍の卵を、値踏みする。
ふぉふぉん♪
『イースターエッグ/
生体ベースの魔導回路を内包した、疑似生態系。
開封すると中身が生成される。それまで中身は存在しない。』
「わからん。こいつぁ何だぜ、迅雷?」
ふぉん♪
『>>全アイテム一覧に該当が一件有りました。〝食料・食材カテゴリ〟以外なのでイオノファラーによる、更なる開示が必要です』
何だと、其奴を今すぐ寄越せやぁ、五百乃大角!
「ウケケケケッウケケケッケケケケケケケケェッケケッ――――♪」
妖怪・美の女神の笑い声が、真新しい厨房に木霊した。




