637:御神体修復作戦、大復活!?
「とてつもなく頼りないですけれど――くすくす、うふふ♪」
とはコッヘル商会商会長。
「――はい。他に手だてがある訳でもないので、良しとしましょう、ププークス♪」
とは猪蟹屋の営利担当兼、星神さま。
言ってることは正しいが、やめろ。
下卑た顔で特撃型改の後ろ姿を、穴が空く程見つめるんじゃねぇやい。
何を考えてるのかはわからんが十中八九、金儲けの算段に決まってるだろうが。
お前さま方を連ませとくと、後が怖え気がする。
おれはさりげなく、守銭奴二人の間に割り込んだ。
§
「さて、使いに出して、早二日。おれの髪も殆ど元に戻った訳だが――」
「そうですね、では私も最後の蜂納めを――ヴヴヴヴッヴヴヴヴヴヴヴヴウヴヴヴヴッ♪」
靴の踵を床板に激しく打ち付け、満足した様子のルガレイニア。
怖ぇ。蜂の顔の侍女が給仕服を翻し、くるくると華麗に回りながら寄って来た。
眼鏡の形と色が、ルガ蜂を彷彿とさせるソレから――ヴュゥン♪
元の細工が細やかで、上品な色味に姿形を変えた。
ここ二日は、大森林の珍しい魔物を狩ったり――
村入り口の裂けた坂道の、修繕を手伝ったり――
この近辺で採れる、珍しい茸の話を詳しく聞いたり――
本来の目的だった、商談の話なんかをして過ごし――
何事もなく、とても有意義な時間を過ごした。
「おれの髪と、リオの眼鏡に何の関係があるんだぜ?」
「言っていませんでしたか?」
蜂じゃなくても、彼女は練習用魔法杖という、強力な毒針を持っている。
「聞いてねぇ……でごぜぇますわよが?」
「ふぅ、あのフカフ村特有のヘアスタイルは、凶悪です。私のような、か弱き者にはとても正視出来ませんでした――特にシガミーの丸い頭はもう、ぶふふふふふふふぉっ――痛っ!」
体を折り曲げ、近くの柱に頭突きをくれる、我がパーティーメンバー。
「うるせぇでごぜぇますわよぜ。リオも、とてもか弱き者には、見えんだろうがよぜわ――」
言葉遣いを日々正されてはいるが、悪態くらいは吐――!
「ふぅ、その対処に眼鏡の遮光機能の、〝光学フィルタオプション〟というものを使用していました」
彼女が持つ特異技能、サキラテ家の隠形の術。
それは、こんな至近距離でも効くらしい。
「いででで、ほっへはをつまむんひゃへーひゃぃ――――おれぁ、そんな仕組みは付けとらんぞ?」
ふぅぃ、やっと指を放してくれたぜ。
「暗視モードなどの使用説明の中に、使い方が書いてありましたよ? なんでも強い光を遮蔽する際の仕組みを使って特定の形を、暗く塗りつぶして見せてくれるとかで」
「じゃぁ、いままでおれの頭は、塗りつぶされていたって訳か?」
それはそれで、面白ぇ気もするが――
「はい。もうほとんど消えかかってましたけど、クスクス♪」
まだ少し毛先が跳ねまくる、おれの頭を優しく撫でられた。
「じゃあ、ロコロ村に来てるフカフ村の村民は、いまも暗く見えてるのか?」
その手を押しのけながら、やや綻ぶ口元を見上げた。
「いえ、彼らに対しては見ているうちに見慣れたというか、とても似合っているように感じられて、何とか克服出来たので、今朝からは普通に髪型が見えていました」
「ふぅん。じゃぁ本当に、おれだけ特に面白かったのか」
何だか、それは……嬉しくないこともないような気がしたけど。
最強の生活魔法使い、蜂のお化けを退治するには――
面白ぇ顔で、傾いた芸の一つで事足りる。
なんて、他の奴らに知られたら――
冒険者パーティーシガミー御一行様や猪蟹屋一味の、防衛の要が崩れるぞ。
五百乃大角が直ったら、相談しねぇといけねぇかもな。
ちなみに商談の内容はと言えば、フカフ村名産品と猪蟹屋製品との物々交換。
そして女神像設置並びに、央都への直通転移扉の設置に対する報酬は――
名店ロットリンテールのガムラン町支店出店という案に、まとまりつつある。
なんせ、あの高級店の菓子に、ウチの姫さんは大層、ご執心だからな。
「みゃにゃぎゃにゃにゃやー♪」
「うるせぇな」と、声がした方を見上げたら――
「ひっひひひぃぃぃん?」
颯爽と馬に跨がり、大きな木の幹を垂直に駆け登る、おにぎり騎馬を――
追いかける特撃型改たちが、目に入った。
「天ぷら号が居るってこたぁ――帰ってきたのかっ!?」
おれたちは寝床代わりに借りた集会所を、飛び出した。
§
「あっ、ござる来た! ちゃんと持って帰ってこれたよ♪」
満面の笑み。囓り癖や迷子癖なんかは、あるものの――
心根は優しいんだと思う。
家族らしい、悪逆令嬢と村長の二人の人柄が……超偲ばれるぜ。
「「ござる♪」」
休憩所の周りは、早くも人だかりで一杯だった。
「「「「「「ござるだっ♪」」」」」」
やかましい。いつの間にか〝ござる目付〟が増えてやがるぜ。
邪魔だから、あんまり集まってくれるなよ。
「おう、ござるじゃなくてシガミーだぞ。良く戻ってきたが――随分と時間が掛かったもんだ――ぐはっ!?」
「ぎぎるにー!」
食らいつくように、抱きつかれた!
§
休憩所の大机の上にドカリと荷物を置いた、特撃型改16番が走り去っていく。
見たことのねぇ、もの凄い色をした鳥や――
小さめの猪や、二本角の兎なんかも居て――
大机は獲物で山積み。
「こりゃまた、沢山取ってきたのぉ――ふぉっふぉっふぉ♪」
現れた村長が、ファロコから話を聞いてくれた。
「――千切れた特撃型改は、その場に残しといてくれて良かったんだがな」
毛先が跳ねる後ろ頭を、両手でガリガリ掻いたら――
右手をリオレイニアに、左手をゲスロットリンデにつかまれた。
「だめだよ。はぐれた群れの仲間は、すぐに見つけてあげるんだよ!」
おれを見るその顔は、とても真剣だった。
「そりゃ、悪いことをしたなぁ……いや、礼を言うぜ、ありがとうよ。ウチの猫みてぇな奴らが世話になったぜ」
角を突き出してきたから、村長を見た。
「頑張ったみたいだから、頭を撫でてあげてよ……撫でてやってはくれんかのぅ、ふぉっふぉっふぉ♪」
おれは緑がかった髪色の硬い髪を、わしわしと撫でてやった。
「ぎゅにりりぃ――♪」
話に寄れば、木の枝や窪みや小川なんかに引っかかる度に、千切れた隊列をくっつけ直して、と言うのを繰り返していたら――二日も掛かってしまったんだそうだ。
いや、本当にお疲れさまだぜ。
わしわしわしわし。
「ぎゅにりりぃ――?」
撫でるのを止めると、じっと見つめてくるもんだから――
わしわしわしわし。
「それで、この獲物の山は何なんでぇい?」
肝心の頭陀袋も、見当たらん。
「それは、小腹が空くそばから出くわした獲物を、無計画に狩りまくったのですわ――まったくもう」
横から悪逆令嬢の手が伸び、二股の角をぽんぽんと優しく叩く。
「ぎゅにりりぃ――♪」
なるほどな。
そして狩った魔物を、ウチの猫風身共が持ち帰ったって訳だ。
「ぎゅにりりぃ――?」
わしわしわしわし?
「ぎゅにりりぃ――?」
わしわしわしわし??
「あ、それ。いつまでも終わらないから、もう止めて良いよ……止めて良いのじゃよ」
そうなの?
村長がファロコを引っぺがしてくれた。
「ではそろそろ、イオノファラーさまを取り出して差し上げては? プークスクスクス♪」
そうだぜ、星神さまの言うとおりだぜ。
肝心の頭陀袋は何処だ?
大机の下を覗くも、何もねぇ。
顔を上げると――ぐらぐらっ!
獲物の山が、微かに揺れた。
§
ガタガタゴトゴト――!!
手持ちの収納魔法具に、獲物を格納したら――
騒々しく暴れる、頭陀袋が現れた。
「ふががっが……もがががっ!?」
中に入ってる奴らが、暴れて――なんか喚いてやがる。
「助かった、恩に着るぜ♪」
もう一回最後にファロコを撫でてやろうとしたら、ガチガチと噛みついて来やがった!
撫でられるのには、飽きたのか……危うく囓られるところだぜ。
礼代わりに〝阿門戸〟を4個くらい、口に放り込んでやった。
「ファロコちゃん! それはねぇ、ちゃんと包み紙を開けて、中身だけを食べるんだよ」
「開けてあげる」「ぼくも」「わたしも」
級友たちと迷子娘は、いつの間にか仲良くなってたらしい。
おれに向ける牙を、ほかの子供らには向けないでくれている。
ふぅ、楽しそうで良いやな。
さて、此方も包みを開けてみるぞ。
頭陀袋を、ひっくり返した。
ゴチン、ガシャン♪
「痛っ!」「ァゥチ!」
転がり出たのは、根菜と棒。
懐かしい声に、ほっとした。
「いよぉーぅ……しっ! 完……全大……復っ……活――ぅ♪」
まて、お前さまめ!
「なんだぜその、カクカクした動きわぁ!」
全然、完全大復活じゃぁねぇだろがぁ!
一応は直ったらしいが――
動いては止まり、止まっては動き出すのを――繰り返してるぞ?
なんとも落ち着かねぇ、仕上がりだぜ。
けど、文句をファロコに言うのも違うやな。
「迅雷、五百乃大角の調子を見てやってくれやぁ」。
調子が悪いときは、便利棒で殴れば立ち所に直る。
「シガ……ミー。女……神像フレー……ムワーク、再起……動しま……した」
怖気が走った。なんてこった、おれの相棒までカクカクしてやがるぞ!?




