636:御神体修復作戦、はじめての御使い
「ばかやろぅめ! おれたちまで吹っ飛ばす奴が、あるかぁ――!」
頭の上、とおくの地面に体格の良い鬼族の娘が、膝を突いている。
抱きかかえられた長物――それは鬼族の娘程の長さの、魔銃。
ガキッ、ガシャッ――――捨てられた丸の殻が、光と消えた。
魔銃に抱きつくような姿勢で、銃を操るのは大柄と比べると、相当に小柄な少女。
「「「「きゃきゃぁ――――!?」」」」
「「「「「ぅわぁああっ――――!?」」」」」
いけねっ、級友たちを助けねぇと――迅雷なしだと、いろいろ後手に回っちまう!
おれたちを吹っ飛ばした奴らに気を取られていた、おれの目の前に――ぽっきゅぽこぉーん♪
面白い音を立てて、飛び込んできたのは――
『シガミー・ガムラン』――腹に書かれた使用者の名前。
『11』――背中に書かれた学級の名簿番号。
女子生徒用の躑躅色の、猫の魔物風。
くるくると舞う、強化服特撃型改11番の体。
ぽきゅぎゅむんと、おれの体をやさしく抱きしめた!
そういやさっき、強化服の群れを呼んだっけ!
「「ふわふわうかべかるくなれ、ふわふわうかべかるくなれ、ふわふわうかべかるくなれ、ふわふわうかべかるくなれ、ふわふわうかべかるくなれ、ふわふわうかべかるくなれ、ふわふわうかべかるくな……るかも――――!」」
おれたちが使う練習用魔法杖。
二刀流のリオレイニア。
重力軽減の魔法か――助かった!
おれをつかんだ11番が――ぽっきゅむごろろぉん♪
地に落ちたとき、それ以外の18匹が、スタリと着地した。
ふぉん♪
『シガミー>ひでえ! おれも、ちゃんと助けろやぁ!』
ふぉん♪
『ルガレイニア>申し訳ありません。他の生徒たちを優先しました、ヴヴウヴヴ♪』
背を向けた〝17番〟の強化服。
その頭の上から、ふわりと降り立つ給仕服。
ふわさりっ――――相変わらず小さくて薄っぺらい褌を、巻いてやがる。
ぶわさっ――あわてて押さえた、その顔には恥じらいと共に――
この所、見てなかった〝ルガ蜂〟みてぇな眼鏡が張り付いてた。
銅掛かった白金で細工も細やかな、魔眼殺し。
あの眼鏡は、装着者の好きな形に、変わるようにしてやった。
猪の魔物と戦うのに、気を高ぶらせたから……また出てきちまったのか?
「こ、こほん。や、ヤーベルト先生、現在この村は結界に覆われていて脱出不可能ですっ! まだ全容をつかむには至っていないのですが、どうお考えですか――ヴヴヴヴヴッ?」
ついさっき〝森域結界の構造をちょっとだけ、つかめたとか言ってたが――
どずずずむぅぅぅぅんっ!
とおくに、猪の魔物が落ちた音がした。
「で、出られない!? な、ならマナキャンセラーや対魔王結界のような、空間作用系スキルと思われるが――君が理解出来ない物に、私のような一介の教師がたちうち出来るはずもないだろう!?」
両目を手で隠し、リオレイニアから顔を逸らす男性教師。
あー、そういうことか。
ルガ蜂顔の眼鏡は……男性教師に褌を見られた、照れ隠しだったらしいぜ。
二人がさっき言ってたことを、合わせて考えりゃ――
決まった範囲の中で、魔法を使えなくするか――
決まった範囲から、外に出た魔法を消し飛ばす――
その違いはあれど、魔法を消すことに違いは無い――
そういうことだよな……人が出られん仕組みは、わからんけど。
「11番、降ろしてくれや」
ぽいと捨てられたおれが、地面に降りると――
腰に差してあった迅雷が、カランと落ちた。
あぶねぇ――ぱしん!
猪の魔物が開けた蔦の解れから、そこそこの高さがある本当の地面に、落ちちまうところだったぜ!
ふぉん♪
『ヒント>404NotFound』
迅雷をつかんだら、ヒントが何かを伝えてきた。
シシガニャンの群れ……に囲まれてるから、少しだけ案内が復活したぽい。
どの道、何のことやらわからんが――いや、こいつぁ、見たことがあるぞ?
ふぉん♪
『シガミー>茅野姫よお、この案内の文字は、そっちでも見えてるか?』
ふぉん♪
『ホシガミー>はい。〝404NotFound〟ですよね?』
ふぉん♪
『シガミー>こいつ前にも、見たことがあるんだが、どうにも思い出せん』
ふぉん♪
『ホシガミー>それなら覚えていますよ。ログを拝見しましたので、クスクス?』
ふぉん♪
『シガミー>本当かっ!?』
ふぉん♪
『ホシガミー>詠唱暗室装置を作動した魔導学院区画で迅雷さんが、女神像ネットワークから切り離されたときに、同様のダイアログ表示されました。クスクスクス♪』
なるほど。ってぇこたぁ――
「村から出られねぇのわぁ、リオがぶっ壊しちまった、あのでかい魔法具と同じようなことになってるからなんだな?」
ソレを知ったところで、おれにはどうしようもねぇ訳だが。
「シガミー、その件は他言無用と、お願いしたはずですが――――ヴヴヴヴウヴヴッ♪」
やべぇ、また声に出してた。
蜂を怒らしちまったぜ!
「ぶっ壊した――?」
特撃型改に抱えられながら、首を曲げる生意気な子供。
「大きな魔法具――あっ!」
同じく抱えられていた、物怖じしない子供が――
自分の口を、両手で塞いだ。
わいわいわい、ぽきゅぽきゅむ♪
子供らを抱えた強化服どもが、ひしめき合って――超うぜぇ!
「あ、まさーか……マナキャンセラーを壊したのーって!?」
男性教師の口元が、盛大に引きつった。
§
五百乃大角と迅雷たちが壊れたのは、ジューク村長の魔法具箱に――
何度か立て続けに、格納されたからなんじゃねぇーかなーと思うんだが――
女神像の背中の箱が無けりゃ、直せんことに変わりはなく。
そんなことを考えてたら――「小猿わさぁー、このお人形が欲しいのぉ? 子供みたいだね?」
また二股角の娘に、抱きつかれた。
「おれぁ、子供だから人形が欲しくても構わねぇんだぜ。あとおれは小猿じゃねぇー、シガミーだ――――ごつごつ痛ぇな?」
角じゃねぇ、何だかわからん硬ぇ物を、ぐいぐいと押しつけて来やがる。
ん、この丸い感触わぁ――!?
「五百乃大角じゃんかっ!? これっ、どっから持ってきた!?」
迷子娘が押しつけてきたのは、まさかの根菜さまだった。
括った紐が、すっぽ抜けたら困るから強く引っ張れず――
回収、出来ずにいたのに――
御神体さまを引ったくり――ボロボロに裂けた蔦の道を、すててってと駆けていく。
「こらまて、返――」
ヴォゥッ――すたたたたたたったったた♪
看板があった先、森域結界の境目を越えて――――「ここからー♪」
ご丁寧に、御神体が嵌まってた窪みに、元通りにぎゅっと押し込み――
大きく手を振った。
「さ、流石は森の主の幼体ですね――ヴヴヴヴッ♪」
瞳は見えない眼鏡越しに、目を丸くする――蜂女。
「ちょっとジューク、あなたいつあの子に、新しい芸を教えたのですの?」
「知らないよ、前にフカフ村に森域結界を張られたときには、ファロコだって出られなかっただろう?」
おれを囓りたがる獣ぎみな娘ファロコは、森の主の森域結界を物ともせずに、村の入り口を通ることが出来た。
「あーっ、ごっめーん♪ 落っことしちゃったぁー!」
まったくよう、次から次へと落ち着かねぇなぁ!
§
「じゃぁ、とりあえずは――こんなもんか?」
おれは五百乃大角と迅雷を、迅雷式隠れ蓑製の頭陀袋に詰め込む。
これで持ち運びが、しやすくなるだろうぜ。
「これを森の外の隣村に、届ければ良いのかい……良いのかのぅ?」
生えてない顎髭を、ふわさりと撫でる、ジューク村長。
「ああ、そうだぜ!」
入り口近くの休憩スペースに、陣取ったおれたちは――
どうやって彼女に〝おつかい〟をして貰うかの、算段を始めたのだが――
「じゃぁ、ファロコが行って来るっ!」
そう宣言するなり、二股角の娘が――「にゅぎりゅぎ♪」
と『Θ』を微かに浮かべ、脇目も振らずに走り出した。
ぅぬぅ? レイド村まで行けりゃぁ、頭陀袋の中の手紙をレイド村村長が読んで――
女神像の背中の箱に放り込んでくれるだろうから……たぶん、上手いこと直るだろうがぁ。
「肝心の根菜と棒を、落としていくんじゃねぇやぁー!」
頭陀袋の口を、固く縛っとくんだったぜ!
そのとき、何を思ったか――
「みゃにゃぎゃあぁー♪」
「ひっひひひぃぃん?」
おにぎり騎馬が、颯爽と村を飛び出していく!
ぶぎゅりゅりっと、蛸之助の鳴き声|(?)みたいな音を立てて――
おにぎりが森域結界に、はじき返された!
「なるほど、勢いを付けて結界領域外へ突入した場合。勢いが増して、まるで跳ね返ったように見えるのですね――ヴヴヴヴヴッ?」
「ふぅむ、興味深いですーね?」
そんな場合か。
「御使いさまー!?」
おにぎりの頑丈さは、皆が知るところだから――
おにぎりを気遣うのは、神官女性くらいだ。
休憩所を遙かに飛び越えた、おにぎりがぽきゅりと地に落ち――
「むにゃんぎゃにゃやーぁ?」と鳴いた。
なんて言ってるかわからんが、困惑していることは間違いないだろう。
「ひっひひひぃぃぃぃん?」
その顔のない顔が見つめる先――
こちらを振り返る、黄緑色の馬と目が合った。
困惑の表情は、おれの表情を真似しているのか?
ちなみに、天ぷら号に取り付けた全天球レンズには、瞼を取り付けた。
まだ閉じることは出来ないが、その角度を変えることを、天ぷら号は覚えたようだ。
村の外へ駆け抜けた、巫山戯た色の馬が――
ぽっきゅりぽっきゅらら? と、困惑の並足をした。
その巫山戯た爪音に肩を、震わせた少女が――
ヴッ――長銃を取り出し、しっかりと抱えた。
「そうだった、お前はラプトル王女の肝入りだった!」
五百乃大角どもが使う神々の、演算単位。
それを持たない天ぷら号は、おにぎりと違って――
まだ物扱いってわけか!
おれは新しい頭陀袋に、根菜と棒を放り込み――
近くに居た極所作業用汎用強化服特撃型改1番に、持たせてやった。
「天ぷら号はファロコを、一番は天ぷら号に付いていけ!」
おれはすでに見えなくなった、二股角娘を指さし――
号令を掛けた!
「ひっひひひぃぃぃぃぃんっ――――?」
黄緑色の馬が、まるで駿馬のように嘶き――
目をつり上げ、ぽっきゅらぽきゅららと向きを変え――
ファロコの後を追った。
そして、ぞろぞろと一列になり、村を飛び出していく特撃型改たち。
ぽきゅずぼんっ、ぽきゅごろむん♪
蔓が裂け空いた穴に落ちる17番。
その後の三匹分が、隊列から取り残された。




