632:グランジ・ロコロ村、森域結界の恐怖
「ちっ、こんなことならぁ真っ先にレイド村に戻って、五百乃大角たちを直しとくんだったぜ!」
面倒なことになった。
「にゃみゃぎゃにゃぁぁぁぁぁっ――――にゃおぉぉぉぅん♪」
大森林開拓村②の入り口、蔓で編んだ坂道から飛び出していく――
強化服自律型おにぎり一号。
黄緑色で目鼻口が無い顔。
それが前後逆向きに、外から戻るものだから。
後ろ頭に鼻先の顔つきが現れる。
それはまるで寄せては返す、さざ波のように見えて――
気持ち悪くも、面白ぇことになった。
早い話が、おれたちは――ロコロ村から出られねぇらしい。
「おにぎりちゃん! 気持ち悪い!」
物怖じしない子供が、そう言うと――
おにぎりが村と森の境目に立ち止まった。
ひょっとしたら猫の魔物風なりに、心を痛めたのかも知れない。
すると、村と森の境目のぶれが、かみ合ったのか――
その胴体が、ぐにゃりと伸びた。
無数の頭と足と腕。そして背中に背負った、収納魔法具箱が――
荒縄の如く連なり、ひょろ長くなった体のあちこちから突き出て、蠢く。
「「「「「ぎゃーっ!?」」」」」
こりゃ、村長の魔法具箱の中で出合った、あの狂った強化服たちより、質が悪ぃ!
まるで蛸之助の腕か足のようになった、おにぎりの姿を目の当たりにした――
子供と大人の何人かが、卒倒した。
「化け猫めぇ――っ!!! 怨霊退散、仏敵必滅!」
ヴッ――――スッパァァンッ!
あまりの気持ち悪さに、張り扇で叩いたら――
「みゃぎゃにゃやぁー!」
ヴッ――――スッパァァッ、パパパパパパッパパパパパパパパパァァッンッ!
返す紙扇で、引っぱたき返された!
「痛っでだたたたただっだだだだだだだぁぁぁぁっ――――!?!?!?!?」
村と森の境目を蠢いていた、無数の強化服の体が――
無数の張り扇で、おれの頭を打ち下ろした。
実相は最初の一匹だけ、残りは殆どが仮相。
本当に微かな当たりだが、これだけ連なられりゃぁ――
痛えし、うぜぇし――この野郎!
「――滅せよ!」
おれが刀印を結ぶと、目鼻口のない面が――スッパッコォォォォゥン♪
凹んで、火縄の残響を奏でた!
「ウカカッ――ざまあねぇぜ!」
ぽっきゅむりんと、村の境目から弾かれ――
勢いよく村の中へ――舞い戻って来やがった♪
「あっ、ばか――――来んな!」
ぽきゅむごろどたん♪
一匹分の長さに戻った、黄緑色の猫の魔物風――
それに伸し掛かられ、おれは押しつぶされた。
「あはっはははっ♪ あー、気持ち悪かった♪」
「ふぅーっ、かわいいいつもの、おにぎりに戻った♪」
駆け寄る子供たち。
「重くはねぇがぁ、邪魔だっぜっ!」
藻掻くおれに、集まる人々。
わいわいわいわい、がやがやがやがや――――!?
騒然のグランジ・ロコロ村、入り口。
はぁはぁはぁ――!
必死に黄緑色から、這い出ると――ふぉん♪
『ホシガミー>おにぎりさんに先行して頂いて、事なきを得ましたね』
ふぅぃ、確かにな。
生身で人が、あんな身の毛もよだつような姿を晒した日にゃ――
正気で居られる筈がねぇ。
森の主が使った〝森域結界〟とやらは、村長の魔法具箱の――
何だっけか……「えーっと、村長さまよぉ?」
「なんだぁい? ひょっとして――呼・ん・だ・かぁい?」
切り株壇上から、そんな声が飛んで来たから見たら――
「「「「こんにちわ、村長ズです!」」」」
ドガダァン――♪
また長髪の男女が、姿を現した。
「やかましぃ! 話があるのは、銃吼村長だぜ!」
怒鳴りつけてやったら、此方の村の村長たちは――
大人しく山積みの石ころを、片付け始めた。
さっき女将さんに、叱り飛ばされてたからなぁー。
「何だい、シガミーちゃ……シガミー殿、ふぉっふぉっふぉ♪」
また村長訛りに興じる、ジューク村長。
「ふぅ――その爺さまめいた話しぶりは、しねぇといかんのか?」
いい加減、煩わしくなってきた。
「うむ、そうじゃよ。前任のフカフ村村長から――」
腰を曲げる村長。
「――儂のように、威厳を持って村人たちを導くのじゃ。決して謀略や暴力、ましてや魔導アーツを村政に持ち込むことのないように精進するのじゃぞ、ふぉっふぉっふぉっふぉっ♪」
生えてない髭を、撫でる村長。
「――って言って村を任されたときから、威厳を持って人と接しないといけなくなっちゃったからのじゃわい……ふぉっふぉっふぉっふぉ――けっほけほ!?」
若くはねぇが、老人と呼ぶには大分、早すぎるフカフ村村長が――
慣れない爺さま笑いで、咽せた。
「長ぇ。威厳てぇのわぁ、他人さまを律するための方便で……暴力に他ならねぇもんだがぁ――志は前任共々、立派だぁなぁ」
魔物境界線であるガムラン町なら冒険者たちを律する、代表さまが目を光らせてる。
「えっ、そうかい? 村長として立派だなんて言われたのは、初めてだよ、うへっへ♪」
頭を掻き身をよじる、まだ新任らしいフカフ村村長。
威厳はねぇし、口調も忘れてる。
「まあ、頑張ってくれや。ソレで聞きてぇことだがよ。森の主がこの村に掛けたのは〝封印結界〟とかいう、お前さまの魔法具箱と似たような物か?」
やっと本題を、切り出せた。
「そうだね。規模が違うだけで、大体同じだよ。けど僕……儂の魔法自販機が作り出すのは、〝封印結界〟じゃなくて〝封鎖空間〟だ……じゃよ」
〝封鎖空間〟か。偽の山道の中は、何処までも繰り返されていて――
近くを彷徨く者の姿を――化け物のように変えて、見せやがった。
村長の魔法具箱なら、〝特撃型改と子供らの合わさった、奇っ怪でおぞましい姿〟に。
いまロコロ村を覆ってる奴なら、その境目に立った強化服自律型を、〝千切れた蛸足みたい〟に。
手応えはなく、引っ叩きゃ消える――幻術の類い。
日の本生まれなら、狐か狸に化かされたと思う程度のことだが――
「「「「ぅうぅぅーん」」」」
大の大人が見ても倒れる程の、質の悪さ。
五百乃大角が直り次第、対策を考えておきたい。
「あなたたちっ、ちょっとお待ちなさいなっ!」
何だっ、うるせぇ!?
大申女ゲスロットが、喚いてやがる!
「――いま、村に入ってこられると――」
見れば悪逆令嬢さまが、村の外へ向かって――大きく手を振っていた。
ヴォゥッ――ぶるるるわわわわぁぁん♪
ウゥォッ、ウゥッォォォゥン――――ぶるぶるぶるるるぶるるるわわわっわぁぁん♪
大きく震える――モサモサ頭たち。
大森林観測村①からの来訪者は何事もなく、大森林観測村②へ入ってきた。
その大きな頭を、面白く揺らして。
「なぁんでぇい、外から入って来られる分には――化かされ具合わぁ、大したことねぇじゃんかぉよぉ」
ふぅ、脅かすなってんだぜ。
「何を悠長に構えていますの!?」
大口を開き、なおも喚く悪逆令嬢。
「――ぷひゅぎゅひ♪」
そのときリオレイニアが、地に伏した。
忘れてたぜ、彼女は何でもこなす出来た女だが――
面白ぇ物に対して、滅法弱ぇってことをよぉ。
「なるほどだぜ……こう面白ぇと、うちの番頭株が使い物にならん!」
そう一人で、納得してたら――
「何を仰っていますの、小猿!? このままではロコロ村が、満員になってしまいますわっ!」
凄い剣幕の、大申女に怒られた!




