626:大森林探索行、成体ファローモの生態その2
「だから、おれぁ虫じゃねぇ――ずずずぞぞぉー♪」
仕方がねぇから、茶を啜る――頭の中で。
「いいえ、あなたは――紛れもなく、樹界虫ですよ」
すすすぅー、ぷはぁ♪
おれが頭の中で入れた茶を、飲んでくれてる気がする――頭の中で。
実際には、そんな気がしているだけで、本当に誰かと顔をつきあわせて――
茶を啜っているわけじゃない。
「じゃぁ、おれがその虫ってことで良いや――」
歩く森から見たらおれなんざ、虫螻には違いねぇ。
「――お前さんの娘わぁ、フカフ村の村長に言えば、すぐにでも外に出して貰えるから――」
あの若くもねぇが年寄りでもねぇ村長は、二股角娘のことを大事にしていたと思う。
「いえもう娘は森へ、戻ってきました。安心ですね」
ほぅと息を吐く、森の主。
「そーなの? あ、これどうぞ、ウチで作ってる饅頭……菓子だ」
目のまえに置かれた紙箱を開けて、そっと差し出す――頭の中で。
「菓子? 菓子というのは確か、名店ロットリンテールの――甘い゛物でば?」
ぅぞっぞぞぞっわっ――――辺りに生い茂る木の根や蔦が、騒めいた。
「ぅぎゃっ――!?」
また頭痛が――――!
「が、がなるな! な、何だぜ!? そんなに高級な菓子がぁ、食いてぇのかぁ!?」
あの店の菓子は、土地神だか森の主だかにまで、知れ渡ってやがるのか?
うちの饅頭も、それくらいにしてぇもんだぜぇーはぁー!
「失礼しました。以前、供えられた、味を懐かしく思いました」
紙箱の中を覗き込み、中の一つを手に取る――頭の中で。
ちなみに手の先は、普通に人の手のような気がするし――
額から生えた小枝には、小さな葉が一枚生えているような――気がする。
「悪ぃが、今はこれしかねぇ。今日の所は此奴で、勘弁してくれやぁ」
おにぎりでも側にいりゃぁ、収納魔法具箱の中から、五百乃大角用に確保しておいた奴を出してやれたが。
「あら、おいしい♡」
饅頭を千切り口へ運ぶ、土地神森の主。
ヴッ――念のため、手持ちの収納魔法具の中を探って見るも――
出てきたのは――収納魔法具|(小)?
「あれ? こんなのいつ、入れたっけ?」
その中身を机の上に出してみると、それは猪蟹屋の大人気商品。
レイダ考案の、〝兵糧丸セット〟だ。
「それも、菓子なのですか? 興味は尽きませんね?」
じっと見てやがるから、器の蓋を開けてみせた。
中には握り飯みたいな、カラカラに乾いた芋粥が入っている。
中へお湯を注ぎ――蓋をした。
本当は騒々しい作り方も出来るが、脅かさねぇよう――静かに作る。
おれは、ありふれた便利粥を、そっと差し出した。
頭の中だから、生活魔法も普通に使えるが――
なんでも自在には、出来ねぇ?
五百乃大角、出てこいと思っても――
高級菓子店の菓子、出てこいと思っても――
錫杖や小太刀、出てこいと思っても――
まるで思った通りの物が、出てきやがらねぇ。
突然、なだれ込む大瀑布――
流され滝から飛び出せば――
待ち受けるは大蛸――
迅雷を片手におれは――
どう切り込むかを、考えても――
目のまえの、小枝を生やした女は目を丸くして――
何事もなく――便利粥を食い始めた。
頭の中が自在じゃねぇってこたぁ――
ここは〝おれの頭の中〟なんかじゃぁ――ねぇってことだ。
便利粥一人前をペロリと平らげた、頭の中の女が――
「この腕前。やはりあなたは、とてつもなく樹界虫のようですね」
ことりと置かれる、木さじ。
「だから、おれぁ虫じゃねぇ――ずずずぞぞぉー♪」
話は振り出しに戻り、おれは又、茶を啜る――頭の中で。
どうにも話が、進まなくなった。
「うぅーむ。じゃぁおれが、その虫だとして――何の用だぜ?」
はぁー、まるでわからんぞ。
「用があるのは私ではありません、樹界虫です。この森の命運を、担って下さい」
ふらふらと揺れていた小枝が、ピタリと止まった。
「はぁ? どうしておれが森の命運を、担わなきゃならねぇんだ?」
仮にも前世で坊主を生業……というか帰依していた身だぞ。
こと〝話〟で困るたぁ、夢にも思わなかったぜ。
五百乃大角や迅雷、ラプトル姫やミャッドにロォグ。
彼奴らが言うことも殆どわからんが、よくよく話を聞けば――
わからないことが、ちゃんとわかる。
だが森の主ぁ――
「シガミー、何言ってるのか――さっぱりわからないんだけど?」
そうだな。
生意気な子供が、良いことを言ったぜ。
「安心しろやぁ。おれにもさっぱりわからん」




