625:大森林探索行、成体ファローモの生態
目が開かん。
それでも、辺りに何があるのかが分かる。
丁度、頭の中の迅雷と、話をしているような感じだ。
何もねぇのに、頭の裏側に居る気配。
「どうですか? 私の姿は、観えていますか?」
おれの側に居るような気がするし、声も耳に聞こえているような気もする。
「そぅいわれてもよぉう? お前さまはおれが考えた御仁で、本当に居るわけじゃ在るまい?」
おれが空で、捉えた姿形。
それは木の葉を編んだ服を纏った、男の姿ではなく――
額から小さな枝を生やした、珍妙な女だ。
「では、もう少し強い方が――」
その姿形が、そう口を動かすと――
おれが考えただけの、珍妙な女から――
めきめきと角が生え、枝分かれしていく。
「――良い゛のがじら?」
その角の数は左右で差があり、多い方に首が傾いた。
――――ギッギィィィンッ!?
「痛えっぐわっ――ぎゃぁぁっ!?」
そこに居るような気がする、女の姿が――
さっき見た角の男に、変わっていた。
今度は、おれの頭の中に現れやがっ――「ぎゃひっ!」
男は再び――ピカッ!
バリバリバリヴァリリッ――――巨大な角から雷光を迸らせた!
「やめろー! 痛だだだだっ、角を生やすんじゃぁねぇやぁ!」
念話痛ぇ――超痛ぇーっ!
「カヤノヒメさま……くどいようですが本当に、シガミーはこのままで良いのですか?」
「はい。今は夢を見ているだけですので、くすくすくす♪」
ばっがぁん――――角の一本が強く光り、また弾けた!
すると――左右の角の数が揃った。
角男の傾いた首が、元に戻る――――がららん、ごろろぉん♪
「ぐぎゃぁぁっ――――!?」
騒々しい金音に、耳を塞ぐと――
米噛みの辺りに、ゴリゴリとした感触。
おれに生えていた、小枝のような太髪。
それが太枝のように、育ってるぞ?
「ひどい悪夢を……見ているようですが?」
額を撫でる、微かな感触。
後ろ頭もやんわりと、持ち上げられてる気がする。
「プププ-ッ、クスクスクース♪ さきほど森の主の〝森気に当てられた〟ことを、思い出しているのでは? ねぇ村長さん?」
くそぅ星神め!
こいつぁ――お前さまが、おれの頭に生やした――この枝のせいじゃねぇーのかっ!
「痛だだだでだだだっ――――!!!」
皆の声や手前の声は、頭に響かねぇから、幾分ましだが――
ずごーん、どがーんと、鼓動が頭を――はち切れさせる!
おれは腕を伸ばし、藻掻く。
そして同時に、生え伸びる木で埋め尽くされようとしている――
瞼の裏を、じっと見つめた。
「小猿……いえ、シガミーは頑丈な子ですので、心配いらないとは思いますけれど――どうなんですのジューク?」
ふぉん♪
『ゲスロットリンデト>どうなんですの?』
大申女も一発で、黒板を使いこなしてやがっ――――痛でだだだっ!
ティッカーという、〝文字でやり取り出来る、画面表示〟。
〝一行表示〟という呼び名に始まり、五百乃大角から教わった――
神々の道具を扱う上での、基本となる記述法。
迅雷の機械腕を借り、どうにか覚えた――おれの立つ瀬がねぇ!
もっとも、この『ゲスロットリンデト』とやらは、日の本生まれの疑いがある。
ニゲル同様、のちの世に生きていたなら――黒板くらい使えても、不思議ではない!
「僕に聞かれても困るけど、うぅぅーん。だぶん、大丈夫だと思うよ。トゥナが前に森の主に取り付かれたときも、こんな風になったことがあるけど、起きたときには――けろっとしてたから」
上から顔を覗き込まれている、気配は感じる!
「「「「「取り憑かれた!?」」」」」
子供らの声と鉄板を叩いたような、ゴワーンドバターンという足音。
全員が無事、さっきの魔法具建物の上に辿り着いたのは僥倖だ。
あの高さを這い上がる魔物は、そうそう居ないからな!
「まてまてっ、角を生やされると頭の中で凄ぇ音がするから、勘弁してくれぇ――――!!!」
ずずごごぉん、どがががぁーん♪
鼓動が早鐘を打つ――――痛ぇ゛ぇぇぇえっ!
「角……シガミーに生った木の実は、どうするの?」
ビビビーの声が、おれの横に移動した。
「ばかやろうめ、おれに木の実なんかぁ――生るわけがねぇだろうが!」
こりゃぁ、瞼の裏の絵空事だぜ――!
「やっぱり凄く、はっきりした寝言っ!」
反対側の耳にも、レイダの気配。
§
「ふぅ、その姿で居てくれ」
角男でも枝毛女でも、どっちでも構うかぃ。
頭を痛くされるよか、無辺倍増しだぜ。
「では、話をしましょう。私の娘はどこに居ますか?」
大渦を描いた着流しのような服。
額から小枝を生やした、優しげに見える――
珍妙な女が、正面に浮かんでいて――
微かに目を、つり上げた。
「あー、おれたちが今居る、ひょろ長ぇ建物の中だろぅ? さっきお前さまが、踏んで壊した」
「娘の姿が見えなくなったので、探しに来たのですが――踏んでしまいましたか?」
男の声が、微かに沈む。
目に見えている訳でもない相手との、耳に聞こえているわけでもない会話。
そんな雲をつかむような考えを――何時までも、止められねぇ!
なんだか二の腕の辺りも、ぞわぞわっするしよぉ。
「いや、あの中は見た目よか広いから、心配は要らん。そんなことより、お前さまがファロコとかいう角を生やした娘の母親だってのは――本当か?」
漸く話が出来る。
聞くのも答えるのも、頭の裏だがな。
「母親と言うと相違がありますけれど、あの子を育てている者です。この森の主をしています」
女から男の声がすると、すこし気色が悪ぃ。
それでも五百乃大角よか、よっぽど神らしいことをする御仁から――
目を伏せ礼をされちゃぁ、返さねぇわけにもいくまい。
「おれぁ、森で迷子になった、お前さまの娘を探しに来た――ただの坊主・シガミーだぜ」
片足を引いて、前掛けの裾を軽く、持ち上げた。
地に足が付いていなくても、そんなことくらいは出来る。
なんせ、この場の全てを考えているのは……おれだからな。
「いいえ、あなたは坊主・シガミーではありません」
は? おれが考えただけの奴に、おれがシガミーじゃねぇと言われた。
メキメキメキメキバキョバキョゴキャキャキャッ――――――――♪
「はぁ? おれが坊主じゃ無かったら、一体何だって言うんだぜ?」
いや違った。本当は薬草師だった。
「龍脈を体に宿すもの。それは樹界虫です」
気づけば、彼女の腕の先は蹄だった。
その二股に分かれた獣の前足が、おれの胸元を――
とんと突いた。
「何たら虫だとぉ? おれぁ虫じゃねぇやい。ガムラン町のアイドル、シガミーさまだぜ?」
おれは錫杖を――ヴッ♪
§
「なんだろぅ? くすくす♪」
小首を傾げる、生意気な子供。
「何かを、つかもうとしてる? うふふふ♪」
同じく小首を傾げる、物怖じしない子供。
「では、シガミーさんが欲しがりそうな物を、持たせてあげましょう――か?」
同じく小首を傾げ、金糸の髪を揺らす少女。
§
「虫呼ばわりされちゃぁ、退治するしか在るまい?」
ウカカカカッ――――がしりっ!
そうそう、おれぁこの〝名物ガムラン饅頭〟で――
「はぁ!? 錫杖、何処いきやがったぁ!?」
確かに錫杖を頭の中で出したはずなのに、饅頭が出て来たぜ!?
「ぷぷうふーぅ、面白い!」
「次は机とかクッションとか、大きい物を持たせてみようよ?」
きゃいきゃい、わわわい♪
「ぬぅ――何だぜ? 座布団じゃんか!?」
こんな物は要らん。
刀でも槍でも何でも良いから――「敵を突く道具を、寄越せやぁ!」
「凄いうるさいね、寝言!」
はぁはぁはぁはぁ――――ゴガン!
「あらあら、リオレイニアさん。面白いのはわかりますけれど、お気を確かに――――プププークス♪」
「じゃぁ、そろそろファロコとトゥナを、出してあげないと――」
「ちょっと、お待ちなさい。いま小銭を、出しますわ♪」
何だか外様が、うるせぇやい!
錫杖も刀も、出て来やがらねぇーしっ!
目の前の空中に、浮かぶのは――
背の低い机に、座布団。
茶釜に、村長から分けてもらった茶葉。
そして、最初に出てきた饅頭。
とうとう何でか、茶の支度がぁ……調っちまったぜ。
男の声の女が、すとんと座布団に座ると――ごぉん。
とんでもなく大きな切り株の上に、おれは立っていた。
辺りには木漏れ日が差し込み、目の前には――茶の支度一式。
「しゃぁねぇなぁ、ちょっと待ってろ」
おれは頭の中で、茶を入れ始めた。




