620:大森林探索行、ファローモ・ファローモ
魔法具で出来た、角張った回廊。
それは収納魔法具の中に、森を封じ込めた――細長い建物。
その端、おれたちが居る側とは反対側。
その方角、虎の方角へ――
轟雷の複合アンテナ群が、一斉に集約する。
それは――――――ズシィィン!
体の芯を捉える、この揺れ。
それは起こるたびに、大きくなっていく。
まさか、この震えは――――あの森が、近づいて来てるのか!?
正確な距離はわからんが、あれが見た目通りの大きさなら――
轟雷の背中を全力で吹かしても、逃げ果せるかどうか怪しい。
「はーっ!? やべぇなんてもんじゃねぇやな!」
体を風が通り抜けるような、この焦燥感は――――ズズッシィィン!
未知のものに対する、恐怖から来るものだ。
五百乃大角が初めて、おれの目の前に姿を現したときにも、感じた。
身勝手で、まるで筋が通らねぇ――理不尽さ。
おれの説法が、一切通じねぇ――頑固さ。
虎の方角を、見上げた――――ドズズズッシィィン!
「はぁぁぁぁぁ――――どーなってやがる!?」
とおくの山の稜線が、おかしかった。
なんせ空の上に、もう一つの頂がある。
ふぅぅぃっ――――ドズズズッシィィン!
ぐらぐらぐらぐらっ、そろそろ立っているのも辛ぇ。
この揺れは、まさかの――巨大な森が歩いて起こした、地響きだった!!!
漸く合点がいった。
見る間に森は近づき、そろそろ見上げるのに……首が痛ぇ。
そんな〝動く森の頂〟に、吸い寄せられる――照準。
(ビジョンベースのトラッキング精度が、劣化しています。測定値がISO13482に抵触。標準機との校正を行うため、姿勢制御フレームワーク・ジャイロマスターをオンラインに変更して下さい。それが不可能な場合には、現実行環境を再起動して下さい)
長ぇ! ええと、たしか再起動……寝て起きろ――!?
「畜生めっ――!」
偽迅雷の幻聴が言ってることは、かろうじてわかったが――
ばかやろうめ――そんなのわぁ、5時間はかからぁ!
ふぉん♪
『ジューク>あー。まえに一度、いや何回か、会ったことがあるんだけどさ』
ふぉん♪
『シガミー>誰にだぜ、こんな忙しいときによ?』
「――――、――――」
ジューク村長の頭に飛び乗った、お猫さままで何か――言ってるな?
『戦術級強化鎧鬼殻平時プロトコル>LIPリーディング――ON』
画面の隅が、またチカチカと光り――ふぉん♪
『ゲスト音声3>耳に付ける魔法具と、黒い板を我輩にもくれ』
迅雷がわりに身についた轟雷の、この機能。
おにぎりが居なくても、お猫さまと話が出来るぞぉー!?
ヴッ――おれは獣耳用の耳栓と、新しい黒板を取り出した。
するとロォグは、おれの掌に飛び乗り――
タターの膝の上に乗り――猫手で、ごそごそ。
ふぉん♪
『ゲスト>使い方は、これで良いのか?』
黒板や耳栓越しの画面に並ぶ文字を押していくと、言葉が埋まる。
ソレを横に払えば、文が一行表示に出る。
そう難しいわけでもねぇが、一発で使いこなしやがった。
流石は、魔法具専門の職人だぜ。
ふぉん♪
『ゲスト音声>ソレであってます。ギルド支部で伝言を送るときと、同じですよ』
タターの口の動きが文字になる方が、お猫さまの口の動きを読むよりは、いくらか早かった。
タターに『ゲスト音声>よいしょ♪』と抱えられた、お猫さまは――
おれよか余程、世の中のことに精通してやがる。
ふぉん♪
『ロォグ>あれは最古の〝森の主〟だ。向こうから近寄られれば、とても逃げられ無い。だから死ぬ。そして、こちらから近寄っても、話は通じない。だから死ぬ』
何だと? あのでけぇのは――魔物なのか?
ふぉん♪
『シガミー>何がどうでも死ぬとは、超物騒だな! 村長さまよ、てなわけだから女将さんたちを出してやってくれや。皆で逃げるぞ!』
おれは(ガガッキュゥゥン♪)と、もう一つの掌を差し出す。
ふぉん♪
『ジューク>大森林に居る以上、どうやってもあの長い足で、追いつかれるよ。猫の魔物さんが言ったとおりに、逃げても死んじゃうよ?』
ちっ、超面倒だぜ!
ふぉん♪
『シガミー>なら轟雷も着ていることだし、退治すっか!』
(ガガッキュゥゥゥンッ!)
ふぉん♪
『ゲスト音声2>だめだよ』
『ゲスト音声2』は、村長の声だ。
ふぉん♪
『シガミー>何でだぜ? おれが囮になって、そこに居るタターが魔銃で狙えば、倒せねぇ相手はそうそう居ねえぞ?』
話がみえんぞぉ?
ドズズズズズズウズズズズズズズズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!
バラバラバラララッ――――やべぇっ!
辺りには霧が立ちこめ、ずーーーーーっと上の方にある、崖というか何というか――
歩く森から、土塊が降って来やがった!
ふぉん♪
『ジューク>あの浮かぶ雑木林は、ファローモの中のファローモ。つまり、ファロコのお母さんだからだよ』
何だと!?
「にぎゅるり」って言ってねぇーし、大きさから何から――
似ても似つかんだろうが!




