619:大森林探索行、震える森
女将さんも迷子の二股角娘も、魔法具建物から出てきた様子は無い。
「――――。――、――――――」
ヴッ――(ガシャン)!
掌の上に黒板を取り出したが――どうした物か。
おれの指じゃ――試しに使ってみせることも出来んぞ?
鬼の娘に手を近づけたらタターが、ぴょんと乗ってきて黒板を拾った。
ふぉん♪
『シガミー>タターよ。この文字が、読めるな?』
手にした黒板に、一行表示を映し出した。
「――、――――」
口をパクパクさせる少女。
すると画面横、轟雷の絵の鬼兜の所が――
『戦術級強化鎧鬼殻平時プロトコル>LIPリーディング――ON』
チカチカと光った。
ふぉん♪
『ゲスト音声>読めます、どうすれば良いの?』
さっき渓谷で、口の形を読んだ仕組みか。
ふぉん♪
『シガミー>この板の使い方を、村長に教えたいんだが』
轟雷を着ていれば、迅雷がしてくれていたことの一端を、こうして担うことが出来る。
けどこういう、人に教えたりってのは、リオレイニアや茅野姫が向いてるんだが――
二人とも谷底に、置いてきちまった。
ふぉん♪
『ゲスト>使い方なら、私も分かるよ。侍女長に教えてもらったから』
黒板の上に指を、すべらせるタター。
へぇ、そりゃぁ助かるぜ。
「――――!?」
おれの足下を大きな兎の魔物や、更に大きな猪の魔物たちが、何匹も走り去っていく。
「「――!?」」
辺りの高い木の上からも一斉に、大小様々な鳥が飛び去って行く。
魔物や鳥が逃げていくのは――
魔法具箱や轟雷や鬼族に、驚いたというよりは――
この静寂から逃れようとしてる……んだと思う。
ふぉん♪
『ゲスト2>ピクトグラムを描くのと変わらないんだね。大体覚えたよ』
そんな一行表示が出た。
いま黒板を手にしているのは、村長だ。
抜けたように見えて、中々どうして――
ふぉん♪
『シガミー>へえ。器用なもんだな』
おれでも迅雷なしだと、まだまだ扱いが難しい物を――
タターも村長も、そこそこ使いこなしていやがる。
ふぉん♪
『シガミー>最初に聞いておきたいんだが、〝音を消すスキル持ち〟はさっきの〝二股角の娘〟で間違いないよな?』
この静寂は、誰が起こしているのか。
全ては、それを確認してからだ。
ふぉん♪
『ゲジュークスト2>そうだよ。お嬢ちゃんに斬りかかっちゃって、びっくりしたんだと思う。ごめんね?』
名前がおかしな事になってるが、手先が器用らしく――
文字を寄越す速さが、とんでもなく速ぇ。
ふぉん♪
『シガミー>殺気を殺せなかった、おれも悪い。それにエリクサーで元通りだから、問題ねぇ』
普段から誰彼構わず斬りつけてる奴なら、人里で一緒には住めねぇからなぁ。
ふぉん♪
『ジューク>そう言ってくれると助かるよ。普段はとても良い子なんだけど。たぶん、今頃トゥナの拳骨でももらって、正気に返ってると思うよ』
ふぉん♪
『シガミーゴウライ>それで、お前さまの使う、この魔法具箱なんだが』
おれはゴンと軽く、建物を蹴った。
音も無く微かに揺れる、おれたち――――やべぇ!
蹴った音が聞こえねぇから、加減がわからなかったぜ。
ふぉん♪
『シゴウライ>音を消すスキルを完全に、封じ込められるってわけじゃねぇんだな?』
こうして静寂が、漏れ出てやがるからな。
ふぉん♪
『ジューク>いや、完全に封じて押さえ込めるよ?』
まてまてやぁ――ったくよぉ!
毎度毎度どうしてこうも――
誰かの話を聞けば必ず話が、おかしな方へ捻れていくんだぜ?
「――――、――――……――」
外部マイクを澄ますが、其方からは何も聞こえん。
ふぉん♪
『ゴウライ>封じ込められて、ねぇだろうが?』
ふぅ、やっと名前を〝ゴウライ〟に変えられたぜ。
ふぉん♪
『ジューク>ファロコの特性〝追い詰められると辺りの音を消して、敵の詠唱魔法を使えなくさせる〟は、ちゃんと封じ込められているよ』
ふぉん♪
『ゴウライ>だからそれは一時のことで、また静寂が外に出てきちまってるだろうが?』
手甲を拳で叩いてみせるが――やっぱり何も聞こえねぇ。
ふぉん♪
『ジューク>ちがうよ。この無音の特性は、ファロコが起こしているんじゃ無いよ?』
何故か青い村長の面が――――ズシィィン!
ぶるりと震えた。いや、震えたのは顔だけじゃねぇ。
この場の全員を示す――小地図上の名前。
『△――轟雷』『▽――ジューク』『▽――タター』
『▽――オルコトリア』の文字が震えた。
自軍を表す緑文字が、揺れる度に――赤色に変わる!
轟雷の名まで敵になるのは、どういうこったぜ!?
それは轟雷の角の中でも一番頑丈な筈の〝合い印〟が、狂わされていることを示している。
――――ズシィィン!
なんだ? 丹田に響く――揺れ……か?
ふぉん♪
『ゴウライ>じゃぁ、誰が起こしてるっていうんだ?』
――――ズシィィン!
音も無く逃げていく、森の魔物たち。
その逃げてきた方を、見やれば――んぁ?
――――ズシィィン!
とおくの空に――森が浮かんでいた。
合い印/分かれた器物や、複数枚の書類の合わせ目を記した物。この場合は戦場で敵味方の区別を付けるための模様のこと。俗に言う敵味方識別装置|(IFF)。
丹田/へその下、下っ腹の内側。気力の源。




