614:大森林探索行、無音の短刀
「茅野姫――聞こえるか!?」
龍脈の影響をそこまで受けない、強化鎧・轟雷。
追いつくのは、一瞬だった。
猫の魔物風の列が渓谷の断崖を、壁走りしてやがる。
青と赤の斑紐が、うねる絶壁を流れていく。
ふぉん♪
『ホシガミー>どなたか呼びましたか?』
んぅ?
「おれの声は、外には聞こえてねぇーんだよな?」
轟雷の金属質な声に重なる、強化服の猫共用語。
あれも聞こねぇってこたぁ……どーいぅことだぜ?
(音声としては、届いていないようです)
偽の迅雷の空の声。
これも何で聞こえるのか、わからんままだったな。
空飛ぶ便利棒が……おれの脳天に突き刺さってる様が、頭をよぎる。
「ザザッ――シガミー。抱えられた生徒たちが、怯えています――」
ヴォヴォゥン――とおくの猫の魔物風を、近くにして見やる。
揺られるレイダやビビビーの顔が……綻んでるぜ。
だめだ。あいつらの様子じゃぁ、参考にならん。
(解析指南を使用して下さい。読唇術が使用可能です)
この念仏の迅雷は、おれが知らんことまで言う。
あんまり信頼わぁ、出来ねぇ。
「解析指南――読心術だと?」
迅雷や五百乃大角が念話の最中に、おれの考えを勝手に読むことはあったが――
心を読むのは、まるで別物だ。
釈迦や菩薩じゃ有るめぇし、なにを馬鹿なっ――
画面横、轟雷の鬼兜がチカチカすると――
ヴォヴォン♪
『解析指南>戦術級強化鎧鬼殻平時プロトコル>LIPリーディング――ON』
つうか解析指南は迅雷なしでも、普通に使えるのかよ!?
ヴゥン――小窓に大写しになる〝特撃型改12番〟
ふぉん♪
『特改#12>ぃあっしもでさぁ。お嬢、怖ぇ!」
この口調は確か、どうしてもついてくるって言ってきかなかった盗賊のだぞ?
ヴゥン――小窓が動いて今度は〝特撃型改5番〟が大写しになる。
ふぉん♪
『特改#5>ぅ情けない声、出すんじゃないよ! 小さい子らを、見ならいな!」
これは女将さんだろぅなぁ。
ヴゥン――次に捉えたのは〝特撃型改14番〟。
ふぉん♪
『特改#14>gぃやぁぁぁぁ、怖いぃぃいxですぅぅぅっ! オルコ、トリアさんの方が良いいいぃぃぃっ!」
こいつぁ――タターかぁ?
「なるほど、大写しにした奴の一行表示に――心の声が出るって訳かっ!」
得心が行った。こりゃ便利だぜ!
「ヴュザッ――いいえ、シガミー。心ではなく、唇を読んでいると思われまっ――――キャッ!?」
ぐらりと揺れる視界。
「悪ぃ!」
轟雷の大筒を疎かにしちまったぜ。
シュゴゴゴゴォォォオォォォッと、音もなく高さを取り戻す。
ヴゥン――また大写しになる〝特撃型改〟。今度のは15番。
ふぉん♪
『特改#15>ぇこの姿勢は、すこし体に負担が掛、かりまsね。はぁーふぅー、はぁーふぅー!』
居た! 茅野姫だ。
なるほど解析指南は、口の動き……形を読んでるのか。
それを一瞬で理解した、リオレイニアは――まるで隠密だぜ。
魔物境界線を統治する、辺境伯家。
その家で侍女長を務めていた彼女は、町の財政にも口を出す才女だ。
そういう裏の部分も、必ずあるとは思っていたが――
ふぉん♪
『特改#15>ぐるじぃーですわぇ。はぁーふぅー、ははぁーふぅー!』
「そりゃそうだな。本来、人も猫の魔物風も、壁を走るようには出来ちゃいねぇ――」
強化服自律型一号おにぎりが、〝倒れない〟仕組み――
姿勢制御系が特撃型改にも効いてるから、抱えた子供らを落としはしねぇだろうが――
ふぉん♪
『シガミー>おれだ。いま轟雷で、後ろに付いたぜ』
ふぉん♪
『リオレイニア>カヤノヒメ様。私も居ます』
シシガニャンの頭越しに此方を見上げる、金糸の髪の童。
ふぉん♪
『ホシガミー>シガミーさん。特撃型改さんたちへの命令。「先頭を行く、おにぎりさんに付いていって」というっぷ!』
馬酔いしやがったな。
マジで駄目そうだぜ。
おにぎり騎馬の速さは――生身じゃきつい。
ファロコとやらも生身だが、あっちは魔物だしな。
ふぉん♪
『シガミー>今、止めてやらあ』
轟雷がガギュギュゥンと、強化服10号改を片手で抱えなおすと――
「ザザュ――きゃぁぁぁぁっ!」
耳元で、うるせぇぞぉ。
ヴュウゥウゥン――連なる斑な陣列を辿る。
魁はおにぎり――二股角娘は見えねぇ。
「さて、二番手は誰だぜ?」
(バシュ――キュゥゥン!)
脇腹の小刀を、引き抜いた。
音がねぇーだけで何でか、切っ先の向きがわかりずれぇ。
おにぎりの少し後ろを走る――背中の数字は『18』。
ふぉん♪
『特改#18>ぬっひょろひょぴゃ! この速さじゃ、測針を打つ手が止まらないのダガァー!』
うるせぇ事、この上ねぇな。
姿勢制御系のお陰で、特撃型改が斜め上を向いてくれているから――
辛うじて口元が見えている。
それでも抱えられた奴らが首を曲げたら、碌に口元は見えん筈なのに――
ふぉん♪
『特改#18>それでも負けま、wせんからぁ! ぅゅひゃっはぁぁ、ぅぁぁぁぁぁぁっ、ドカーン、バリィーン!』
うるせぇ!
自分で聞こえてねぇから、ついつい大声を出しちまって角かも知れんがぁ――
超うるせぇなぁ!
そしてキョロキョロとあちこちを向いて、槍みたいなのを投げるおっさんの口元は――
まるで見えないときがある。
ソレなのに途切れるのが、一瞬ですんでいるのは――
たぶん見えてねぇときにも、何かやってるんだろうぜ。
(汎用音声ライブラリを〝逆引き〟し、認知モデルを再ライブラリ化。類推プロセスの簡略化によるリアルタイム類推モデリングを、実現していると思われます。類推になりますが)
わからん。類推わからんが――
おれは〝特撃型改18番〟の足下へ、短刀を投げた!
音も無く――(ガゴンッ!)
「いけねぇ!」
切っ先が向くまま、直に当てちまったぜ!
今投げたのぁ、短刀だが――柄まで入れりゃ、1メートル近い。
音も無く断崖絶壁に、亀裂が入った。
音も無く短刀に蹴躓き、素っ転ぶ18番!
当然、後続の強化服特撃型たちが、ぶつかり合い――
奈落の底へ落ちていく。
「やべぇっ!!!」
「ヴュザッ――――キャッ、大変!?」
(あの高さ程度なら〝高靱性対人用捕縛ネット〟が自動的に展開しますので、かすり傷を負うことも無いでしょう)
それは覚えてる。
以前、轟雷でレイダを受け止めるのに、作った物だ。
けど本当だろうなぁ、偽の迅雷ぃさまよぉ?
あのときわぁ、途中で止まっちまって――
実際には、使ってないからなぁ!




