613:大森林探索行、渓谷へ
「(ははははっ♪)」
隠れモテ女と噂される彼女の、太股を抱えて走る。
今生で二度は無いだろうなぁ。
そんな浮ついた心持が――
「――――! ――――!」
聞こえん。
ふぉん♪
『リオレイニア>こらっ、止まりなさい! もうっ、全部はだけちゃ)」
ごちごちごちごちんっ!
――まるで痛みを、感じさせなかった。
金色の冒険者カードを持つ冒険者なら、やろうと思えば硬ぇ木の実を素手で割れないこともない。
ましてや彼女は、辺境伯コントゥル家に仕える――凄腕の侍女だ。
おれの頭くらい割れてもおかしくねぇところだが――
それはまぁ、加減をしてくれて――――ごちごちごちごちんっ!
ごちごちごちごちごちごちごちごちんっ――――!
流石に痛ぇ――やめんかぁ!
女将さんみたいな、頭に被れる鉄鍋を、おれも工房長に作ってもらうかな。
「――、――――?」
ぐらぐら揺れる大地に翻弄される、木々。
ニゲルみてぇに木の上を行けりゃ、見通しは良いが――
おれ程度の速さで上を行くと、足場が無くてかえって時間が掛かっちまう。
ふぉん♪
『シガミー>渓谷は見えたか?』
人の目で追えねぇ位の速さで、うっそうと茂る森の中を進んでいるのだ。
木の枝に彼女が、ぶつからないように身を屈めつつ走るのは、結構大変で――
先の見通しは、目線が高い奴にやってもらう。
流れていく、森の湿った空気。
前を行くはずのシシガニャンどもの殿は、まだ見えない。
「(――!)」
ふぉん♪
『リオレイニア>立ち止まったら、お話がありますので覚えておいて下さい!』
ふぉん♪
『シガミー>おう、合切承知!』
給仕服の裾が、はだけるのも構わずに――
リオが身を起こした。
ふぉん♪
『リオレイニア>ガムラン町ギルド支部正面、鍛冶工房の方角。大地に亀裂が見えました』
彼女が掛けた眼鏡は――〝誰彼構わず、たらし込む魔眼〟を押さえ込むための特別製だ。
そして遠目や夜目がきく、魔法具でもある。
ガムラン町の――ギルド支部正面から見て――鍛冶工房がある方向。
つまり〝虎の方角〟か。
シシガニャンどもは、正面に居ると思ってたが――結構ずれてやがったな。
おれは向きを変えるついでに――高い木の幹を蹴り上がる。
「――!?」
一気に辺りが開けた。
目の前に広がるのは、先の大陸壊滅のような――うねる大地。
うねる傾きに根が耐えられなかったのか大木が次々と、音も立てずに倒れていく。
「――!」
亀裂の向こう。
曲がりくねる渓谷を――
その断崖絶壁を――
一直線に登っていく――
露草色と、躑躅色。
ふぉん♪
『シガミー>結構速え。迅雷と大杖を両方使ったら、少し跳べたりしねえか?』
ふぉん♪
『リオレイニア>浮かぶことは可能ですが、マナ欠乏時に制動が掛かるため、速度の維持は難しいです』
ふぉん♪
『シガミー>ちっ、使えねえ!』
ふぉん♪
『リオレイニア>なんですって!?』
ごちん♪
ふぉん♪
『シガミー>違う違う、使えねぇのは迅雷のことだぜ!』
痛ぇな!
リカルルとルリーロだけじゃなくて、リオまで――
おれの頭を小突くのに、躊躇が無くなっちまったぜ。
「――そんなことを言うなら、轟雷を着て飛べないのですか――――!?」
「――それで落ちたときに、手に持ったリオを潰しちまいかねん!」
あ、声が出た。やべぇ、また引き離された!
ん?
なんだか道の先に、森の自然には似つかわしくない――
派手な色のが、落ちてやがる。
「こいつぁ――おれの〝11番〟だぜ」
行き倒れていたのは、最後尾を走っていたはずの――特撃型改の11番。
たぶん小石にでも足を取られて、すっ転び――そのまま、置いて行かれたんだろう。
おれは立ち止まる。
おれの腕時計に入っているのは――
今着てる給仕服と――
轟雷と――
強化服10号改だ。
§
シュッゴオッバァァァァァァッ――――!!
速ぇ速ぇ!
「ヴュザッ――きゃぁぁぁぁっ――――!?」
轟雷の背で爆ぜる大筒。
その勢い自体は、本気で魔法杖を駆る彼女と、そこまでは変わらんだろぅ。
それでも自分で飛ぶのとは、違うらしぃ。
ヴュパ――『((°□ °))』
強化服10号改の中の彼女は、大口を開け震えている。
まぁ、じっとしてくれてるなら、持ちやすくて良い。
よぉーし♪
さっき拾った特撃型改11番を、簡単に着られる感じに仕立ててみたが――
今のところ、上手く着られているぞ。
安い作りの方を、リオに着せるわけにはいかねぇから――本式の方を着せてやった。
ヴュゥワッ――ジザザッ♪
シシガニャンの頭の作りは、そこそこ複雑で――おれ一人じゃ、完全には再現出来なかったが――
轟雷を先に着ていたお陰で、例の演算単位が肩代わりしてくれた。
耳栓を四つと、分解して、〝11番〟を着られるように作り直し――
轟雷を脱いで、特撃型改10号も脱いで――
特撃型改11番を着て、最後に轟雷を着た。
はっきり言って、超絶面倒だったが――致し方ねぇ。
五百乃大角と迅雷が直ったら、本格的にシシガニャンどもを作る行程を見直してやる。
目標としては腕輪に絶えず10匹の、シシガニャンを持てるくらい作りたい。
『▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼――――♪』
うるせぇ。
下を見れば、断崖絶壁を駆けていく、猫の魔物風どもが見えてきた。
「あーあーっ? よぉーし。強化服の中なら、こうして話せるぜ♪」
声や物音が耳に届くまえに消されちまうのは、殊の外――厄介だって事が、わかった。
「ザザザッ――ふぅ、本当ですね♪」
よし。服越しに、ちゃんと声も聞こえる――ってことはだ。
今リオレイニアは、魔法が使えるってことだ。




