61:シガミー(元破戒僧)御一行様、ししがに屋でござる
「シガニャぁー、本日開店いたしましたー♪」
かなり立派な店構え。
呼びこみをするリオレイニアに、恥をかかせずに済んだ。
シガミー邸のすぐ裏手。
ニゲルん家とは、逆の方角。
「しがにゃー♪ しがにゃー♪ やすくておいしいにゃー♪」
にゃぁにゃぁうるせえと思ったら、猫あたまの獣人だった。
今日は何人か暇な奴らが、手伝いに来てくれてる。
かかげられた看板には、おれが書いた筆字。
店の名前は、『猪蟹屋』だ。
とうぜんガムラン町の連中じゃ、読めねえ。
けど、前世の日の本のおれの名を、どこかに残しておきたかったのだ。
「猪蟹って声に出せるやつぁ……本当にいねえなあ」
〝リカルル〟と何がちがうってんだ、ほとんど同じだろうが、四文字でよぉ。
「(しかたありません。異言語のヒアリングは一朝一夕には、できませんから)」
わからん。けどほっとく。
陳列棚に並ぶのは、ぜんぶ同じ革ベルト。
「さすがにひとつっきゃ、売りもんがねえのは、商売としてまずいか?」
「いえ、多分この一週間でツくった、500個はスぐに売り切れテしまうので、暴動が起きタときのために、看板にトラップ……罠でも仕掛けておキましょう」
§
ひやかしの客はあとを絶たねえが、なかなか最初のひとつが売れねえ。
そこへ知った顔がやってきた。
「ニゲル、買いに来てくれたのか?」
「もちろんだよ――あー、けど思ったよりは高いなあ」
『食材一式:収納魔法具付き
ひとつ 8ヘクク』
「(日本円で……イオノファラーが使用する通貨です……一万二千円――収納魔法具の利便性を考えれば、破格の価格設定です)」
「(えーっと八十文だろ……中に詰めた飯の支度一揃えが……ざっと三十文……おれだったら間違いなく買うがなあ)……ふぃ~」
おれの困った顔をみたニゲルが、苦笑いする。
「よし、きめた。他ならぬシガミーの門出だ、三つもらうよ」
「ニゲルは太っ腹だな。まるでどっかの神さんみてえだぜ♪」
「よせよ、そんなにおだてたって、これ以上は買えないよ。じつは女将さんに買ってこいって頼まれた分も入ってるんだよ」
「なんでい……けど、お買い上げありがとうだぜ♪」
「はい、良かったですねシガミー。では商品はコチラになります♪」
リオレイニアの仕立ての良い給仕服は、そのままで立派な制服になるが、今日は趣向をかえてる。
ふだん付けてるのをはずして、『猪蟹屋』の文字が入った前掛けをしてもらってる。
あたまには布を巻いてて、まるで日の本の茶屋にでもいる気分だ。
「ニゲルさま、毎度ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております♪」
「ひゃはっ、ふぁい!?」
まっ白な、ずた袋にいれた革ベルトを受けとったニゲル青年。
その顔が、まっかになった。
どうしたニゲル? あー、あの視線……たすき掛けか。
わかる。おれぁ子供だし女だが――わかる。
胸を反るようにすりゃ、どっちかっていやぁ慎ましいリオの胸まわりが、ぼばぼーんの女将みてぇに見えるからな。
「ニゲル……姫さんには内緒にしといてやる……ぼそり」
ちなみに、おれとレイダは前掛けに、ねじり鉢巻きだが……だれも見向きもしねえ。
「えっ、ちがっこれは――――ま、またあしたきまっしゅっ!」
また来んのかよ。何個もは要らねえだろうが。
まったく。おれぁ元男だが――まったく、男衆ってぇのは。
なんて考えてたら、件の姫さんが来た。
「あら、リカルルさま。いらっしゃいませ」
ほっかむりして、化けたつもりだろうが、いっぱつでリオに見抜かれてる。
「リカルルさまだ♪」
引きつれてるお付きが、いつもと変わらねえんじゃ、子供だってだませやしねえぜ。
「な、ななな、私はそのような者でわ……あわわ!?」
ガチャ――――あの重そうな包みは……さては店の商品を買い占めようって魂胆か。
ありがてぇが、それじゃ店をやる意味がなくなっちまうぜ。
「(迅雷。さっき仕掛けてたヤツ、いけるか?)」
「はい、シガミー」
チチチ、ピッ♪
ぐらり――――どがったぁんっ!
看板が、大きな音を立てて倒れた。
うるせえ!
紐でつり下がってるから落ちてはこねえが、脅かすにゃじゅうぶんだった。
「きゃぁぁっ!? お、脅かすなんて卑怯ですわよ!」
よし、姫さんを追っぱらえた。
姫さんとこには、完成した日に、まとめて五個届けてあるから、かまわねえだろ。
今日のところは、このくらいで勘弁して、さしあげますわぁー。
狐の遠吠えが、通りに響きわたった。
「あっちも、また来そうだな……」
平和なのは良いことだが――
迅雷の景気の良い予想に反して、まったく売れない〝鉄塊付き革ベルト〟をひとつ手にとった。
「なんか考えねえとなあ」




