608:大森林探索行、静まる森
「おぉーい、ファロコやぁーい!」
青年と言う程には若くないジューク氏が、声を張り上げた。
村長と言うには若すぎるし、覇気のねぇ声が――実に頼りなく。
(どうしても、ニゲル感が漂いますね)
おう、言ってやるな。それでもあのじゃじゃ馬を曲がりなりにも、御する才覚の持ち主だぜ。
ニゲル共々、立派なもんだ。たとえ尻に、敷かれてようがぁなぁ。
「おぉーい、ファロコやはぁーっけっほけほけほっ!」
とはいえ――こうも締まらんと。
ふぉん♪
『シガミー>ミスロット・リンデが尻や頭を、ひっぱたきたくなるのもわからんでもねぇ』
ふぉん♪
『ホシガミー>クスクス。シガミーさん、女性の敬称に齟齬がみられます』
ふぉん♪
『リオレイニア>気になってはいたのですが。正しくは〝ミス〟です。私でしたら〝ミス・リオレイニア〟となります。〝ミスロット〟ではありません』
ふぉん♪
『シガミー>そうなのか? 本人が〝ミスロット・リンデ〟っていうもんだからよぅ』
そういや一瞬、ヒントが出てたな。
ふぉん♪
『ヒント>ミス¹/誤り。間違えること。
ミス²/独身女性のこと。ひいては女性全般を示す敬称』
またでた。
迅雷おい、返事をしやがれやぁ!
相棒を叩いてみるが、返事は無かった。
「をををーぅい!!」
「おほほーいぅ!!」
「ぅおおぉおぉーぅい!!」
子供らや鬼の娘が、うるせぇ。
「むぅをっふぉぉん♪ ずっがぁぁぁぁん――どごーん――どごすーん♪」
やい、おっさん。やかましぃやぁ!
「んいやっふぉっふっはぁぁぁぁっ――♪」
大岩や大木めがけ、道具を突き刺していく〝針刺し男〟。
コカコカカカガッ――スコココォォン♪
太針だか杭だかを打ち込む騒音は拍子木みてぇで、聞いていられなくもねぇがなぁ。
「にゃみゃふぎゃにゃぁぁぁぁん――――♪」
「ひひひっぃぃーん――――?」
おにぎり騎馬も、ややうるせぇ。
こんだけ騒いでりゃ、迷子の角娘の耳にも届くだろう。
「しばらくは、服に揺られて、のんびりするかな♪」
おれを抱える11番に、全力で身を預けた。
ぽきゅぽきゅぽきゅきゅむ♪
歩く音はうるせぇが、なかなか快適だぞ。
これなら町馬車がわりに、なるかもしれん。
街道だけじゃなく、野を越え山を越えて――
そのうえたぶん、川まで歩いて渡れるしな。
けど茅野姫には、言わないでおこう。
これ以上、猪蟹屋の仕事を増やされたら、おれの目が行き届かなくなっちま――すやぁ♪
ぽきゅぽ――――――――。
んぁ、列が止まったか!?
目を開ける。
連なる猫の魔物風どもは、ちゃんと歩いてやがるぞ!?
どういうこった!? 足音が聞こえなくなったぞ。
こんな深い森では急に、虫や鳥の鳴き声が聞こえなくなるときがある。
本当なら大きな獣か魔物か、盗賊か天狗を疑わねぇといけねぇが。
風にそよぐ葉擦れの音や、「(――――、――!?)」
こちらを振り返るリオレイニアの声まで、聞こえねぇぞ!?
「(――――!?)」
おれの声まで、出なくなったぜっ!
立ち止まる一列縦隊。静寂に気づいた先頭が、止まったんだろう。
おれは11番の頭に飛び乗り、四方八方を見渡した!
わさわさゆらゆらっ!
音も無く、大きく揺れる木々。
何かが死角である〝申〟の方角から、出てこようとしてるぜ。
おれは――ヴッ。くるん、ぱしん。
鉄輪も鳴らさず、静かに錫杖を構えた。
ボッボッボッボッボッ――――――――!
茂みから飛び出してきたのは、五つの黒影。
それは足が速ぇ――猪のような、魔物だった。
ただし、日の本や神域惑星で狩ったのとは――
その大きさが違っていた!
「――!」
兎に角、真ん中の一番、大きな奴を止める!
四つ足の奴らを止めるには、手数で圧倒するに限らぁな。
「――、――――。」
(ヒュヒュヒュヒュッヒュヒュヒヒヒュフォオン!)
ぅぬぉ!? 風音がねぇだけで、重心がずれやがる。
未熟だ。この打てば響く、体を持ってしても――
「――――――――――!!)」
(―――ギャラララッ!)
両端に二カ所ある、打突の先端。
それをまるで、苦無や手裏剣のように四方からとばす。
(――ガキッ―――ギュキッ!)
(ガッガッ――ゴン!)
急所である眉間を狙ったんだが、角に当てるので精一杯だった。
おれは長い棒を水平にかまえ――――印を結ぶ。
これに真言はのらねえが、あるのとないので威力がなんでか変わる――
「――!」
(ドッズズズズズズズムン!)
一番大きな奴は、倒した。
文言に巻き込まれた、もう1匹にも止めを刺しておく。
あとは小せぇから、おにぎり辺りが気づいてくれりゃ――
ふぉん♪
『シガミー>悪い、2匹しか倒せなかった!』
ふぉん♪
『ホシガミー>心配いりませんわ。タターさんが残りを、倒してくれましたので♪』
何言って――振り返れば、特撃型改の群れに飛び込んだ、残りの3匹が――
全部、ひっくり返ってる。
タターを見れば――
高々と掲げた長銃から、白煙を立ち上らせていた。




