599:悪逆令嬢ロットリンデ、チラシと身の証
『キャンプ設営・運営は
宿泊とお食事のプロにお・ま・か・せ❤
宿屋ヴィフテーキ食堂
後援:コッヘル商会』
随分と古びた絵草紙。
そんな物を、差し出された。
また迅雷も五百乃大角も使えん以上、おれが一人で相手をするしか有るまい。
しかし、さっきの山道で女将さんが話してた『ヴィフテーキ食堂』て名が、書いて有りやがるぞ。
それに女将さんの実家の大商店の名も、書いて有んじゃねぇーかぁ!
「やっぱり、女将さんの名が書いてあるじゃんかょお! おれぁ、その人の紹介でぇ此処に来たんだぜ!?」
チラシをパンと、叩いてみせる。
おれわぁ、怒っているのだぜ。
「名って、コッヘル商会のことかい?」
一番下の列を指さす、若くもない衆。
「そうだぜ! おれぁさっき〝刀汝・コッヘル〟って名を出したがぁ、梨の礫だったじゃんか!」
おぅおぅ、どう落とし前を付けてくれるんだぁ?
「先ほど小猿が言っていたのは――たしか、〝トウナコ・バラヘル〟でしてよ? 私はそんな方のことは、存じ上げませんわ?」
おれを睨みつける、御簾路頭厘手。
「えーっと、ロットリンデさぁ。それさぁ、どう考えてもさぁ――〝トゥナ〟の事だよね?」
そんな助け船を出してくれる、えーっと――確か〝銃吼〟だ。
「そういえば小猿は、ガムラン町から来たと、言っていたかしら?」
「小猿じゃねーぞ。シガミー・ガムラ――あっ!」
此処で漸く、思い至った。
この話が分かる若くもない衆と、話が通じねぇ大申女に、おれがどういう奴かを知ってもらうなら。
ぱたん――懐から取り出したのは、冒険者カードだ。
LV100だと知られるわけには、いかんから――
LV46に偽装した奴だが。
切れると蘇生薬と同じ効果がある、魔法具の紐。
それごと首から外し、金ぴかの板ぺらを手渡した。
『シガミー・ガムラン LV:46
薬草師★★★★★ /状態異常無効/生産数最大/女神に加護/七天抜刀根術免許皆伝
追加スキル/遅延回収/自動回収/自動回復/体力増強/上級鑑定
/自爆耐性/解析指南/超料理術
――所属:シガミー御一行様』
誰彼構わず見せて良い物ではないと、リオから言われているが――
もう腹を割れるわけ割って見せて、信用してもらうしかねぇ。
「ガムランってことはガムラン町に、縁のある子供なんだね♪」
〝銃吼〟は屈んで、おれを見る。
「まぁなぁ。一応、町では多少知られた名だと思うぜ」
本当は縁も縁もねぇーがぁ、こいつぁ方便だ。
「金色ってことは小猿は、その歳で――元宮廷魔導師の商会長と、同格!?」
〝銃吼〟から冒険者カードをひったくる〝大申女〟。
「まぁなぁ。一応、変異種や伝説の魔物みてぇな奴を、狩ったこともあるぜ」
それでもこの細っこい女にゃぁ、まるで敵わなかったわけだが。
ありゃ、それおかしくね?
おれぁ本当は、LV100な訳で……それでも勝てん相手ってなぁ、どういうことだ?
うぅーん?
「ほら、トゥナは前に帰ってきたときに、「央都の仕事を引退して、ガムラン町に行く」って言ってたじゃないか」
よくわからんが、やっと女将さんの名が通じたらしい。
若くない衆がおれの首に紐を掛け、冒険者カードを返してくれた。
「ふぅ、わかりましたわ。村まで連れて行きますが、逃げるんじゃぁありませんわよ、小猿?」
おれの日本刀と女神御神体と、取り上げられた腕時計を抱え、満面の笑みを浮かべる――大申女。
「わかったぜ! その代わりそっちも、その御神体さまを、ちゃんと返せよ?」
刀はいくらでも、同じ物が作れる。
五百乃大角が生きていた後の世の事がわかる、【地球大百科辞典】スキル。
アレに載ってる刀の拵えなら、どれでも貼り付けるだけで作れる。
けど御神体は、五百乃大角の虎の子のMSPを使わねぇと、作れんし――
その大元になる一個を奪われたら、五百乃大角が消えちまいかねん。
「こらっ、こどもから玩具を取り上げるなんて――僕は、そんな悪い奴と寝食を共にするなんて、ご免だからねっ?」
仁王立ちの、若くもない衆。
「んなっ、ち、違いますのよ! これは私が、生前の記憶を取り戻して――――あー、もうっ!」
抱えていた物を全部、突っ返してきたから――
「刀と腕時計はくれてやる。この丸っこい根菜みたいなのは、ウチの店の御神体なんだ。これだけは返してくれやぁ」
ガシリとつかんで、すぽんと引っこ抜いた。
腕時計の中には、轟雷と強化服10号改が入ってるから、くれてやる訳にはいかんのだが――
アレはおれの指先を当てなければ取り出せないから、このまま預けておく。
あとで皆と合流出来たときに、おにぎりの収納魔法具箱にでも、回収すれば良い。
日の本に関することを、今おおっぴらに言うわけにも行かんし、向こうも言ってこねぇ。
兎に角、先に女神御神体を確実に回収する。
「ごめんなぁ。このおばさ……おねぇさんは、少しおかし――!?」
ぼっご、ぼごぉん!
腕時計をはめ、日本刀を腰の道具ベルトに刺した――おねぇさんとやらの手から。
ぼぼごごっ、ぼぼぼごごごぉぉん♪
爆発があふれ出ている。
「お――お菓子作りが、得意なんだよねぇー♪」
へらへらと締まらない顔で、その場を取り繕う様にも――
やっぱり超、見覚えがあった。
(ニゲル青年の10年後を、見ているようです)
言ってやるな。
「そ、それで、トゥナ・コッヘルは元気にしてるのかい?」
「おぅよ♪ 今朝も、魔導騎士団の連中を、震え上がらせてたぜ♪」
せいぜい、面白い話をしてやるかな。
震え上がらせてたのは、本当だし。
「ふふふっ、変わりないみたいだよ、ロットリンデ♪」
ふぅ、場が和んでくれるなら――
舞う大きな木さじに翻弄されてた連中も、浮かばれるだろう。
「当然ですわね、この私に土を付けたのは、貴方とトゥナと――あの魔女だけですもの!」
ぼっご、ぼごぉん!
あれ、火に油でも注いじまったか?
何か手持ちで使える物でも、がさごそ。
ヴッ、ヴヴッ――――何も残っちゃいねぇ。
腕輪の中身は粗方、ばら撒いちまったからな。
がさごそ、ぱたぱたたっ――おっ?
刀を差すために巻いておいた革紐を探ったら――
小さな収納魔法具に、何かが入ってた。
ぱたん。
それは何かで入れっぱなしにしてた、詠唱魔法具だった。
「こいつぁ、ウチの店で作った……声が出るだけの、板ぺらだ」
しかも、リカルル柄のやつ。
「それっ!? ちょっと、お寄越しなさいませ!」
大申女に、詠唱魔法具を奪われた。
手元を叩かれたおれは、五百乃大角を放り出しちまう。
御神体は山道に敷かれた、平石に当たり――スコーン♪
イオノフ教ご祭神は、面白い程に良く跳ねた。




