591:大森林観測所への道、悪逆令嬢あらわる
ごちん――何かが落ちた?
見れば浮かぶ球が、離れた所に落ちてやがるぜ。
おい、五百乃大角。巫山戯てる場合じゃねぇぞ!
ルリーロやニゲルに次いで、3人目の日の本生まれのお出ましだぜ!
(――自身を含めれば、四人目なのでは?――)
ばかやろう、それを言うなら五百乃大角を入れて五人目だろうが。
〝神々の世界〟というのはおれが死んだ、ずっと後の日の本だと聞いている。
ふぉん♪
『シガミー>迅雷、五百乃大角どこやった!?』
「(迅雷ぃ?)」
返事がねぇ?
こんなことは、前にもあった。
神域惑星に初めて、吹っ飛ばされたときとか――
「みぃつけぇーましたわぁー♪」
おれの肩口から、そんな声がした。
ヴヴヴヴヴッッ――――ゴドンガチャンガランガシャガチャッ!!!!!
くそっ、指輪と腕輪の中の得物を――
全部、ばら撒いちまったぜ!
おれは木の枝を、どんと蹴り――
山道の反対側へ飛んだ!
狂った偽のシシガニャンたちと違って、さっきの声の主は――
ほんのちょっと姿を消し一瞬で、数メートル離れた反対側に姿を現したところで――
おれを見失ってくれやしねぇだろうが。
「あら、これまさか? 日本刀?」
おれが落とした、作ったばかりの刀。
木の上まで一瞬で上ってきた魔術師の女が、落ちたソレに飛びついた。
おれはシシガニャンどもに切り倒された、木の幹の後ろに隠れる。
迅雷式隠れ蓑は昼日中に、何処にでも隠れられるような代物では無い。
それでも森に潜める柄に変えてあったから、もうこのままやり過ごす。
ガチャ――持ち上げられる小太刀。
おれは木の幹と、地面の間の――。
ささくれ立った切り跡のせいで出来た、わずかな隙間から――
細身のドレスに身を包む、女の姿を見た。
踵が、えらく高ぇ細靴が――カッカカン♪
こっちを向いた!
「あら居ない? 淑女の前から挨拶もなしに姿を消すなんて――よっと、私が躾けて差し上げても――」
暗器のように尖った踵で、落ちていた錫杖の鉄輪を跳ね上げる――
その脚の方がぁ、行儀が悪ぃんじゃねぇのかぁ?
しかし小太刀だけじゃなく、錫杖まで取られたぜ。
木の幹の裏。横たわらせた体は一切、動かせん。
動いたら殺られる。
顔を地に突っ伏し、土の匂いをひたすら嗅ぐ。
予備の錫杖を出そうにも、たぶん全部をばら撒いてきた。
カツコツッ――!
彼奴がこっちへ寄ってきたら、もう一度――
向こうの端まで裏側から戻り、錫杖を回収――
いや、あそこに落としてきた全部を、回収するかっ――!?
「びぃぃぃえっくしょひょほぉーい!」
木の葉が鼻の穴に入っ――ひょほぉーい!
畜生めっ!
ぎゅるっ――ズザザザッ!
四つ足の姿勢のまま、体を回し――ドガッ!
隠れていた倒木を、蹴り飛ばした!
そのまま、脇目も振らず――ズザッ、バッ!
山道の横端へ飛び込んだ!
フォワッ――目の前が霞で覆われる。
道の端から端へ、一瞬で飛んだ証拠だ。
背中から横端へ飛び込んだから――ガッ!
いまおれたちは、背中合わせに対峙してる。
ドンッ――蜻蛉を切った!
チャリリン、ガッシャッ――――!
草履の足で、落ちていた錫杖を跳ね上げる!
鳴る鉄輪。ぐるんぐるるんと、回る錫杖。
「ウカカッ♪」――ゆっくりと回るおれ。
倒の山道、倒の魔術師が――その細い背を晒してる。
この間に鉄輪を、ぐるるん、ぱっしぃん!
ぎらり――――――――――――――――――――――――――――――矢鱈と長い鉄棒。
一切の躊躇無く、そんなもんが突き込まれた!
フォォォォンッ――!
ッジャッリィィィン♪
長さも棘の数も負けてるが、形としちゃ迅雷と――独鈷杵と、そう変わらん!
ガッギャキキィィィィィインッ――――――――ぎらり!
斬り結ぶ刹那、振り返る女の――狂った双眸に照らされた。
ひゅぼぼぼぼぼぼごごごおごぅわぁぁぁぁぁっ――――――――――――――――――――!!
赤青緑橙紫な爆煙が、さらに爆煙を吐き――――ばっがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉぅん!!!
炸裂する空中。
爆発を後ろに倒れることで、躱し――
ちっ、煙が追って来やがる!
迅雷戦の赤い甲冑とか、妖弧で見た四つ足の足運び。
脳裏をよぎる――その低い姿勢。
ぼごぁ、ぼごごぁ、ぼっごわわわわわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!
転がり、転がり――錫杖を縦横にして跳ね、必死に這いつくばった。
「あら、素早いですのね。まるで小猿のようではなくって♪」
女の童の姿のおれを本気で、焼き尽くそうとしてやがるぜ!
細腰に道具をぶら下げる革紐に差し込まれた、おれの小太刀がガチャリと揺れる。
さっきおれの刀を、「日本刀」って言ってやがったよな?
つまり悪逆令嬢さまは、おれが死んだ元和から、ずっと後の時代を生きていたことになる。
「くすくすくすすっ、もっともっと、お逃げなさいな♪ 何だか楽しくなってきましたわっ♪」
やべぇ、こいつぁ――何時の……いや、何処の日の本生まれだ!?
「五の構――――」
爆発が伸びなくなった隙に、錫杖を突き立て――
体を起こす!
五の型は捌合の技。後の先による打突、体捌きによる攻防一体を体現する。
突き込まれる鉄棒を、両手をついて躱し――
ギャッリィィィィンッ!
立てた錫杖を軸にし、逆しまになる!
おれを見下ろす悪逆令嬢と、再び目が合った。
ギャシャン♪
鉄輪で鉄棒の棘を、絡め取った!
そのまま体重を掛け、ぐるんと一回り。
「きゃぁっ――!?」
姿勢を崩した魔術士から、鉄の棘棒をぶんどった!
ブォオン――――ガラガララァン♪
「――――フフフフフフッ、さ・す・が・は・宮廷魔導師、バレちゃぁ仕方が有りませんわっ! そうよ私が、かの悪名高い〝悪逆令嬢、吸血姫ロットリンデ〟よーー!」
ようやくその姿を、観察出来た。
女将さんほど、歳はいってねぇか?
えらく綺麗な女だが、顔つきが――
喧嘩を売るときの某母娘が如き、様相をしてやがる。
つまり……ニゲルが好きそうな顔ってことだ。
「おれぁ、宮廷魔導師なんかじゃねぇやい!」
ご令嬢の口調は、どこか芝居じみてる。
「聞く耳など、持ちませんわぁ――!」
――――ボムボムボボボボボボォム、ボボボムッワン!
彼女の手から噴き出す、大爆煙。
指の間から出る爆煙には、ひとつひとつ違った色が付いていた。
縞に☆に( ͡ᵔ ͜ʖ ͡ᵔ )。
この色味というか絵柄は、おれが知らんやつだ。
もし万が一、クエストが上手く運んだなら――
あの色味の作り方を、教わりてぇもんだぜ。
「この私の爆発魔法を躱すだなんて……小猿のように、かわいらしいメイドさんですわね♪」
頬に手を当て――チーン♪
値踏みをされた。
「お初に、お目に掛かるぜ。おれぁガムラン町で、商いをするシガミーだっぜ!」
錫杖を小脇に抱え、腰を落とし――前掛けをつまむ。
練習しておいて、良かったぜ!
「これはこれは、ご丁寧に。私は、ロットリンデ・ナァク・ルシランツェルと申しますわ♪」
腰を落とし細身のドレスの裾を、軽く持ち上げる仕草。
その所作は、リオレイニア並に堂に入っていて――
「さすがは、ご令嬢さまだぜ。おれの付け焼き刃の行儀とわぁ、雲泥の差だ」
ただただ、圧倒された。
「よして下さる? 私も良い年ですので、ミス・ロットリンデと呼んで下さいな」
落ちた鉄棒まで歩いて行く、、御簾路頭厘手。
あれも魔法が出るってことは、魔法杖なんだろうが――
無くても平気で、大爆発を放ってた。
リオレイニアでさえ、小せぇ魔法杖を使うってのによ。
鉄棒の端の棘を、踵の棘で――ガチィィン♪
踏みつけられた鉄棒が、ぐるんと跳ね上がる。
ガンッ――ガラランッ♪
粉砕された椅子の脚も蹴飛ばされ、小石の上に乗る。
ゴッドッンッ!
椅子の脚の縁に乗った鉄棒は倒れること無く――ぴたり。
片足で相当重い、鉄の魔法杖を蹴り上げ――
地面に落ちてた、椅子の脚の上で――
釣り合いを、取りやがったっ!
くそう、こいつも剣豪並の、体捌きを習得してやがるのか。
侮れねぇぜ! こういう、しゃらあしゃらの境地にいる女どもわぁ!




