580:大森林観測所への道、神官女性とシシガニャンの群れ
「おれが皆を先導するぞ――」
腹に使用者の名前、背中に学級の名簿番号を書かれた――強化服特撃型改。
色は、おにぎりや2号たちと混ざらねぇよう、色違い。
男子生徒は露草色で、女子生徒は躑躅色にした。
つまり、鮮やかで淡い青色と、紫がかった鮮やかな紅色だ。
これなら、とおくからでもよく見えらぁ。
ぽきゅぽきゅむぎゅ、どごんぽぎゅむりゅ、きゃぁきゃぁきゃぁぁ♪
ぽきゅぽきゅむぎゅ、どごんぽぎゅむりゅ、きゃぁきゃぁきゃぁぁ♪
ぽきゅぽきゅむぎゅ、どごんぽぎゅむりゅ、きゃぁきゃぁきゃぁぁ♪
特撃型改が右往左往し、左往右往する生徒たちを――
次から次へと、一匹につき一人ずつ、とっ捕まえていく。
楽しげで何よりだがぁ、順当にうるせぇ。
ふぉん♪
『>空圧アクチュエーターの作動音を緩和する為の、内部サイレンサー構造を開発しますか?』
そうだな。大森林観測村に、夜襲を掛けないとは限らねぇ。
ソレをしたときの、お前の負担は?
ふぉん♪
『>一分につき3刹那/秒の遅延が生じます』
なら構わん、やってくれ。
「駄目です駄目ですー! あなたたちだけで険しい山道を行くなんて、この地を預かる神官として見過ごせません!」
なんか神官女性に、立ち塞がられたが――
「いや、ニゲルやおにぎり……剣士さまや御使いさまもいるし。観測所とやらに根菜……女神像を設置……建立すりゃ、ウチの姫さんたちが合流する手はずになってる」
「――私のか細い脚では山道を行くことなど、到底無理ですわ♪――」
なんて耳栓経由の与太話わぁ、誰も聞いちゃ居なかったが。
ヒュフヒュン――ゴゴン!
どっかから取りだした槍だか杖だかを、床に打ち付ける神官女性。
どうも聞く耳を、持っちゃくれねぇ様だぜ?
あと意外なことに、そこそこの使い手っぽい。
おれは手近に居た、メイドの中のメイドに――
「どうする?」と、お伺いを立てた。
「では、致し方有りません。シシガニャン特撃型を、もう一匹出してくれますか?」
寄ってくる特撃型改16番。抱きかかえられたリオが、浮かぶ迅雷に声を掛けた。
「はぁ? まさか連れて行くのかぁ?」
見ればじりじりと、間合いを詰めてくる神官女性。
構えはまるでなっちゃいねぇが、穂先がぴくりともブレねぇ。
「はい……ひそひそ……そこそこの戦力になるようですし、どうせなら人質は多い方が良いかと――16番さん、下ろしていただけますか?」
特撃型改16番に、そっと下ろされる給仕服姿。
「うむん? まぁ、そう言う考え方もあるなぁ――ヴッ♪」
おれは槍をくるんと持ち替え、今まさにリオレイニアの背後から突き込もうとしている槍使いの――
槍を叩き落としてやろうと、錫杖を取り出したんだが――
「ふぅ。武器はちゃんと扱えているようですが、足さばきが雑すぎます。必要な動きは最低限でと、師事した者から教わらなかったのですか?」
神官ナーフ・アリゲッタの首に、ひたりと当てられる白手袋の手刀。
「きゃひゃぁぁっ――いつの間に、うしろに!?」
ガララランッ――落ちる、大層な飾りが付いた槍。
そもそも儀礼用の杖で、猪蟹屋標準装備を貫けるものではない。
ましてや、狙った相手が悪ぃやな。
見せもんとしちゃ、面白かったが。
「ぎゃにゃぁ――――まってぇ! ナーフちゃんを、殺さないであげぇーてぇー!」
涙目のビステッカが強化服特撃型改5番から、転げ落ちるように飛び降り――
縁者である神官女性の、命乞いをした。舞うフワフワ巻き毛。
大食らい……胃腸が五百乃大角並に丈夫な割には細身の体が、ふるふると震えている。
うわぁ、マジ泣きしてやがるな。
こりゃ、かわいそうなのはどいつだ?
ふぉん♪
『>順当にリオレイニアではないかと』
だよな。
「ばかやろう。そんなしおらしい面を、するんじゃねぇやぁ」
おれは膝から崩れ落ちうなだれた、リオの肩を叩いてやる。
おれが作った猪蟹屋標準装備に、別段変わりは無い。
ふぉん♪
『>サキラテ家の認識阻害術は、上空からの監視でも看破出来ません』
いまおれたちの頭の上には、泥音が浮かんでる。
「女将さん! 交渉相手の、その知り合いてぇのわぁ、本当に子供には優しいんだろうなぁ?」
さっきリオが言った人質てのは、それを見越した人海戦術だ。
神官女性は大人だがリオレイニアと比べたら、幾分小柄で。
子供らを抱えたシシガニャンの、群れに紛れれば――攻撃されることも無いだろう。
無いと良いなぁ。
「そうさねぇ、ロットリンデは、噂される非道さに反して、子供にも大人にも優しいさね……たった一人を除いてはだけど」
「その特別な相手というのは……この中に居ますか?」
首を傾げ、神官女性を見つめる給仕服姿。
「いいや。その人は央都近くで、隠居してるはずさね」
ふぅん。それが神官さまじゃねぇなら――
「よし。是非連れて行こう!」
ヴッ――ぽきゅむん♪
おれは取り出した黒筆で――
「そんなに子供たちが心配なら、フカフ村とやらまで案内してくれやぁ♪」
ふぉん♪
『人物DB/ナーフ・アリゲッタ
敬虔なイオノフ教神官
サステイン村の教会より出向中』
えーっと、アリゲッタだな。
特撃型改の腹に『ナーフ・アリゲッタ』、背中に『19』と書いてやった。
すると19番は、ぽきゅぽきゅと歩いて行って、彼女を持ち上げた。
「きゃっ! 御使いさま、お戯れを――降ろしてくださぁい!?」
ぽきゅすとん♪
即座に降ろされる神官女性。
この特撃型は名前を書かれた使い手の言うことを、ある程度聞く習性がある。
強化服1号や2号や10号改を長く着てきたお陰で、そういうことが出来るようになったんだそうだ。
ふぉん♪
『>王女殿下やケットーシィ・ロォグより伝えられた、〝美の女神を奉る未知の構文〟により特撃型の分散アルゴリズム化を達成しました』
うむ。どーいう?
ふぉん♪
『ヒント>三人寄れば文殊の智慧/凡人も三人集まれば良い知恵が浮かぶという教え』
なるほど、それならわかる。
このシシガニャンどもが群れてる間は特撃型が、|多少は使えるもんになる《・・・・・・・・・・》ってこったな?
ふぉん♪
『>はい、その解釈で合っています。しかしシガミー。フカフ村に設置する女神像の持ち合わせがありませんが?』
「(それに関しちゃ、白目さまに頑張っていただく他あるまいて)」
すっぽ――こぉん♪
てちり♪
「別に構わないわよん? もちろんそれなりのぉ、対価を要求させていただきますけれどもぉ――にやり♪」
上級鑑定みたいな。悪い顔をするな。
食材の宝庫だって話だから、目的地手前のフカフ村に着いたら――何か採ってきてやるよ。
§
レイド村の村人たちに見送られ、おれたちはレイド村を後にした。
「みゃにゃぎゃぁー♪」
「ひっひひひぃぃん?」
ぽっきゅらぽっきゅらぽっきゅらららっ♪
魁はおにぎり騎馬一騎。
おれと女将さんとニゲル青年は、自分で走った方が速いから――
特撃型は無し。
「じゃぁいくよ、タター?」
ドッゴォォン!
「きゃぁぁぁぁっ!?」
殿は特撃型受付嬢と、抱えられた狙撃手侍女に任せた筈なんだが――
「やい、一歩目で全員を追い抜くんじゃねぇやい!」
まったく、なにその勢い。いつまでもおれの、金糸の髪が棚引いてやがる。
後ろを見たら、ニゲル青年が手を上げた。
殿はニゲルに任せよう。




