５７２：龍撃の学院、対人鑑定とコッヘル商会
「辺境伯名代ルリーロ・イナリィ・コントゥルとぉ――」
「ガムラン町冒険者代表にしてコントゥル家次期当主ルカルル・リ・コントゥルの名において、タター・ネネルドを上級鑑定することをここに認めます」
大講堂に木霊する、コントゥル母娘の宣言。
ちなみに「ただの」少女タターに家名は無く、正式な冒険者登録の都合で〝出身地〟があてがわれた。
「ただの」シガミーが〝シガミー・ガムラン〟と登録したのと、同じ理由だ。
「本当に良いのですね、タター？」
もはやどこから見ても、蜂女の魔神には見えない。
やや見目麗しくも――目隠しを常時着用する、不審なメイド。
「はい、よくわかりませんが、お任せします」
元上司にして憧れる、メイドの中のメイドへの全幅の信頼。
アダマンタイトは暴れること無く、小柄な体に抱きかかえられている。
「１回３００パケタですニャァ♪」
弾ける笑顔。そして高ぇ！
「プーックスクス、お代はこちらへお願いいたしますね♪」
すかさず湧いて出る、ただの星神、茅野姫。
正に守銭奴の面目躍如だが、その下卑た顔止めろ。
ニャフフプークス♪
守銭奴猫耳族と、同じく守銭奴星神さま。
その一糸乱れぬ下卑た視線に耐えられなくなった、例の詰問官が――
「なっ、何だというのかね!?」と、声を荒げた。
「本来、上級鑑定を他人に対して行うのは、マナー違反だニャァ♪」
決して守銭奴ではないが、安上がりでもない顧問氏が言葉を重ねる。
「それをこの鑑定魔法具箱で、お見せして差し上げようというのですニ゛ャァー？」
親指と人差し指をこすり合わせる、小銭を表す仕草。
３００パケタは、小きめの革袋なら二つ分にもなる。
決して小銭ではない。
「渦中である龍撃の証を、その目で確かめられるのです。決して、お高くはないと思うのですけれど、ウフフフ？」
ププークスクスクス♪
「「さぁ、どういたしますの？」」
クツクツクツクツ、こぉん♪
ことは王制存続に関わる、重大ごとである……らしい。
二対の狐耳から詰め寄られ、「で、では少々、お待ちいただきたく――」
いくら上級貴族とは言え、嵩張る金貨を持ち合わせている訳は無い。
ドヤドヤドヤドヤ――ギギィーィ、バタン！
大講堂の大扉が閉じられ、立てかけてあった何枚もの板が倒れた。
§
ゴガチャリッ♪
何台もの馬車からかき集めて来たらしく、銀貨や銅貨も混じっていた。
「じゃぁ鑑定するニャァ♪」
チーン♪
鐘の音が鳴り――――かしゃん♪
箱の上の隙間から、板が飛びだした。
『タター・ネネルド ＬＶ：２５
盗賊★★★ ／俊敏／呼■隠蔽／罠解除／龍殺し
追加スキル／風読み／アダマン■■ト祖型概論／魔法具操■術
――所属：なし』
「なっ、なんだね、この低レベルはっ!?」
驚く上級貴族。
ばか言うな。タターは巨木を刈るまで、ＬＶ２だったんだぞ！
「そもそも建国の証とも言える、龍を倒したというのは本当なのかねっ？」
小役人が、因縁を付けてくる。
「それは間違いないよ。ここをよーく見て、あげて下さい♪」
じっとタターの側に張り付いていた、大柄な麗人が動いた。
片手で少女をまるで、お猫さまのように軽々と抱きかかえ――
壇上の机まで歩いて行き、そこに置かれた上級鑑定結果を――
尖った爪先で、とん。
鬼族の屈強な体。そして恐ろしく整った顔。
今日も受付嬢の制服に、身を包んでいる。
一瞬の緊張。
「うむ、どうやら本当のようだが」
政敵派閥とやらの頭領と構成員が、食い入るように鑑定結果にかじり付いた。
「ですが閣下。この娘が〝建国の証〟を立てられる程の傑物であるとは、到底思えませぬ」
『龍殺し』の文字を見て素直に引き下がったなら、あんなことにはならなかったのだと――
彼らはこの直後、悔やむことになるのだが。
長銃を抱えオロオロするだけの小娘を見て、納得するくらいなら。
こうして怒鳴り込んで来ては、いないのだ。
「ご納得していただけてないようですので、ルコラコル！」
パチリと指を鳴らす、派手なドレス姿。
「こちらにコォン！」
ふすっ――狐耳の少年はまたもや、指を鳴らせなかったが――
「にゃぁっふっふっふふのふふふふっ――♪」
猫耳娘がやってきた。
薄ら笑いを続ける、その手には――
上級鑑定魔法具箱が、携えられており――
「もう一枚、お撮りしても宜しいでしょうか？ クスクスプー？」
星神が手にするのは、小さな箱。
また金を入れろというのだろうが――
「「「「「「「「も、もう持ち合わせがない！」」」」」」」」
だろうな。
「でしたら家名を名乗った上で、紋章払いでも――」
お貴族さまは、そんなのが出来るのか。
派手なドレスがひるがえり、カツカツコツコツ！
詰め寄られた頭領の方が、因縁を付けられてるみたいになってきたぞ。
「なら、儂個人の冒険者カードで決済してくれ！」
政敵派閥の頭領さまが、冒険者カードを取り出す。
色は金――てことは、ＬＶ４０越えだ。
あのお貴族さま、ああ見えて普通に強くね？
「一番近い女神像は……魔導騎士団の訓練場の東屋にあっただろ」
少しとおいか。大講堂にも一つ欲しいな。
ふぉん♪
『イオノ＞女神像決済™ならあたくしさまが、出来るますわよ？』
はぁ？
じゃぁ、やってみろ。
「おにぎりっ！」
「みゃにゃぎゃにゃぁー♪」
おれにぶつかるように、突進してくる猫の魔物風。
「危ねっ！」
飛び退いたおれの頭上から飛び降りた、妖怪丸茸御神体さまが――がっちゃり♪
おにぎりが抱えてるのは『ギルド支部臨時出張所』の〝台座〟とやらだ。
猪蟹屋予定地の柱に取り付けてあった奴を、まあ便利に使ってる。
「ぷるるルるぷるるルる――――こチら女神像＃１０２８６デす。ゴ用件ヲどうぞ♪」
ふぉん♪
『＞女神像ネットワークへ接続しました。女神像決済™、使用出来ます』
「ふむ、白目をむいてて、ちぃと気色悪ぃがぁ。ちゃんと使えるぞ……ますわぜ」
政敵の頭領に美の女神さまを、どうぞと差し出した。
§
「毎度ありニャァ♪」
追加でもう一枚――かしゃん♪
「プークス♪」
上級鑑定される渦中の少女。
『タター・ネネルド
装備／魔銃オルタネーター【物理】
コントゥル家の簡■インナーアーマー
猪蟹屋標準制服女性用
猪蟹屋支■■時計
猪蟹屋標準靴女性用』
いつだか、リオレイニアを覗き見て、どえらい怒られた奴か。
ふぉん♪
『＞はい。同じ人物を続けて鑑定した場合、装備一覧を簡易的にリストアップするようです』
完成した長銃を、上級鑑定魔法具箱で見た結果は――
学者方の誰かが持ってる。
政敵を名乗る奴らに、おいそれと見せるわけにいかねぇから――
この装備一覧は確かに、うってつけだった。
「このアダマンタイトは驚くことに、打ち直しをしていない。つまり正真正銘、この長さの鉱石から作られた物だニャァ――♪」
そんな顧問氏の言葉に、派閥連中が少女ではなく――
辺境伯名代の顔を見た。
「え、なぁに？」
照れる奥方さま。齢２００歳超えの化け狐……日の本生まれの、五穀豊穣の神の眷属。
ヴォヴォゥン♪
その傍らに浮かぶ、希代の魔法杖。
ルードホルドの魔法杖の悪名……名声はここ央都でこそ、轟いているようで――
「「「「「「「「〝蒼焔の……亡霊姫〟」」」」」」」」
上級貴族たちが畏怖の念からか、二つ名をつぶやいた。
「ココォォォン？ いま何かぁ、聞こえましたかぁ――？」
その手が得物へ触れ――ヴォォヴォヴォヴォゥヴォヴォゥン♪
魔法杖が、唸りを上げる。
「「「「「「「「いえっ、何も！」」」」」」」」
上級貴族が畏怖の念からか、目を必死に逸らした。
「（これだから、二つ名持ちは）」
これ最初から奥方さまに噛みついてもらやぁ、済んだ話じゃね？
ふぉん♪
『ホシガミー＞それですと、どうしても遺恨が残るのでしょう。ププーッ♪』
笑ってやるな。お前さまの星の、出来事だろうがよ。
「そういうことですので、この長銃の威力は聞かなくたって、おわかりいただけますよね？」
鬼の娘の受付嬢。
にたりと笑う表情に、ますます縮み上がる上級貴族たち。
「こ、この平民の小娘の実力は認めよう。だが、国を作るつもりだとして――そんな手続きは、央都重鎮の我々でさえ、み、見たことも聞いたことも無いのだが？」
国を作る？
何でまた、そんな話になってるんだぜ？
ふぉん♪
『＞王家のうしろ盾をもつ少女の〝国家新規作成権〟を、王制の正当性へとすり替えたようです』
さっき相談してた話か。聞いてなかった。
「建国の手続きならウチの商会で、前に一度立ち会ったことがあるさね」
随分と綺麗な身なりの女将さんが、話に割って入った。
建国の龍撃戦てのは、央都が出来たときの話だろ？
女将さんは１０００歳を、超えているようには見えない。
なんか話が、おかしい？
ボバボーンな体つきに鼻の下を伸ばしていた、上級貴族の中の一人が――
「商会？ え、あれコッヘル商会？ なんだか凄く、聴き覚えがあるんじゃが――」
そんなことを言い出した。
「何ぃっ、コッヘル商会じゃとぉぉぅ!?」
女将さんの実家に恐れをなす、政敵派閥の頭領。
「あ、あのうひょっとしてあなたさまは、し、神罰の拳闘士トゥナ嬢では？」
「あっはははははっ、お嬢さま扱いされる年じゃぁないさねっ！」
何だぜ、仏罰の庫泥衛徒てなぁ？
ふぉん♪
『＞剣闘士もしくは拳闘士。シガミーに似たタイプの接近戦闘を生業とする冒険者のようです』
女将さんは宮廷料理人じゃ、なかったのかぁー!?
まぁ、あの強さは料理人のそれじゃ、なかったけどよぉ。
