571:龍撃の学院、大講堂にて
「それでお嬢さま、どういたしましょうか?」
深刻な顔……顔は眼鏡で半分隠れているが――
実は彼女の仮面越しの顔は、とても表情豊かで――
いつまで見ていても、飽きない。
じっと見てると、小言を言いに寄ってくるから――ヴヴウヴヴヴッ?
あんまり長くは、見ていられんがなぁ。
けどそろそろこの〝蜂みたいな顔に見える眼鏡〟を、最終調整ついでに形を替えてやるか。
この威圧感だとフッカが、逃げていくしな。
ふぉん♪
『ルガーサイト【銀相】
防御力80。魔術的特性の構成質量をキャンセルする。
装備した者の眼光を抑制すると同時に、
魔術構文の概算化による詠唱時間短縮』
そんな名前に、なったんだったっけ。
黒みがかった鏡面が、ルガ蜂の眼を彷彿とさせ――
ある意味、格好良すぎている。
ふぉん♪
『>はい。ですがリオレイニア本人は、とても気に入っている様子ですが』
ならもう一つ作るか?
けど、これの前に作った真っ白い眼鏡型もあるだろ。
ふぉん♪
『>では自在に形を、変えられるようにしましょうか?』
そんなことも出来るのか?
ふぉん♪
『>可能です。縦横の幅と厚み、前後左右への湾曲率と眼鏡のリム端のデザイン選択を、装着者が自分で行えるようにいたしましょう』
手で引っ張って変えるのか?
眼鏡を外したら、リオレイニアの色香に惑わされた民衆が黙っちゃいねぇ。
ふぉふぉん♪
『>デザイン変更には、モニタに表示される簡易的なGUIエディタを使用します。可変機構に必要となるアダマンタイトの外装には、高密度の龍脈言語が記述可能ですの』
まて。
此処は大講堂。巨木・木龍を討伐し、宴に興じた翌々日。
入り口には『央都政治と龍撃についての懇談会』の立て板。
「思った以上に深刻な事態に、なっていましたわね」
ご令嬢の真剣な顔。
こんなのは、甘い菓子と甘くない菓子のどっちを食べるか悩んでるときか――
侍女か同僚から逃げてる、真っ最中か――
某青年をどうやって打ち負かしてやるか、奸計を練ってるときくらいしかない筈。
つまり、かなり深刻そうな話をしてるっぽくね?
「政敵である上流貴族派閥への、説得材料としてはあまりにも――」
辺境伯参謀の人なんかも来てるし――
「そうですね。こんなに小さい女の子を、派閥側へ差し出すことなど――」
博打好きのサウルース王子殿下も居たか……今日は真面目な顔をしてる。
「そもそもラプトル王女殿下の、央民への配慮がニャァ――」
「顧問、その発言は不敬に当たります」
顧問氏たちも来てる。
「それじゃぁ、言い方を変えるニャァ♪ こほん、魔導工学に傾倒する前の王女は誰からも親しま――」
白熱する議論。これだから政てぇのわぁ。
ガリガリバリバリと後ろ頭を掻いてたら――
ぴしゃりと手を叩かれた。
迅雷の動体検知を避け、忍び寄るサキラテ家の姫……女王蜂。
「――それって――ラクトアイス――チャタリング――ニャァー♪――」
レイダに抱えられたお猫さまが、何かを言って――
「みゃにゃぎゃにゃぁ、みゃんやにゃぎゃーぎゃー?」
ぱたん♪
全員がおにぎりを見つめ――議論は続いていく。
背中を向けてるから、板に書かれた文字が読めん。
ふぉん♪
『>「建国の資格を横にするなら、そこの魔銃オルタネーターを駆る娘を、王家に嫁がせれば牛すき御前では無いかニャァ♪」と言っています』
迅雷も古代猫共用語が、わかるようになって来てるな。
大体の意味は通じる。
「当たり前です。それに建国の資格を盾にするなら、うちの子が王家へ嫁ぐことになりましてよ? 断固反対、どこぞのモクブートの骨に差し上げるくらいなら、私がもらい受けま――」
うちの子てのは、コントゥル家使用人である少女・タターのことだろう。
「ふっるぅん♪ そうだねぇ、彼女の強運はとても魅力的だけど……あと5、いや10年後なら?」
そして、どこぞの馬の骨には、彼、サウルース王子殿下も含まれている。
すっぽこかららっぁぁん!
「こららぁぁん! タターちゃんは、お兄さまなんかにはもったいないですららぁん♪」
王女殿下が杓子で、王兄殿下の頭頂部を叩いた。
「ひひいっひぃん?」
小気味の良い音に驚く、子馬。
真ん中の長机、最前列。
群衆や黄緑色に取り囲まれたメイド服の少女が一人、怯えている。
「おいおい、そう取り囲んで難しい顔をされちゃぁ――子供が怯えるだろうが?」
おれは長大な長銃を軽々と抱えた、少女メイドタターを気遣う。
「「シガミーだって、子供だよね?」」
うるせぇそ、子供どもめ。
§
「とにかく交渉材料は揃いましたが、とても彼女を交渉の場に連れて行くわけには――」
ルガじゃなかった、リオレイニアが――
カシャリと眼鏡の位置を直す。
今度の奴は、王女の頭飾りを彷彿とさせるような――
上品な感じに、仕立ててみた。
工房長に相談したら――
おれの手持ちのアダマンタイトで、目隠しと眼鏡が合わさったようなのを作ってくれたのだ。
竈・煉獄の調子は上々で、難しいアダマンタイトの加工は普通の鍛冶仕事よりも早く済んだ程だ。
出来た外側に〝ルガーサイト【銀相】〟をはめ込み、件の絵で板も入れ――
ふぉん♪
『ルガーサイト改【金剛相】
防御力310。魔術的特性の構成質量をキャンセルする。
装備した者の眼光を抑制すると同時に、
魔術構文の概算化による詠唱時間短縮。
追加機能/使用者の好みに形状変化可能』
銅がかった白金には、うっすらと周囲の景色が映り込んでいる。
複雑な光沢や、縁にあしらわれた精緻な花の意匠は――
王女殿下の頭飾りを彷彿とさせた。
今のところ、リオレイニアに求婚する奴(老若男女問わず)も――
物陰から様子を覗う、フッカ嬢も居ない。
蜂っぽさが丸で無くなったからか、リオレイニアの威嚇も止んだ。
「ふぅ……別の火だねにしか、なりませんわねぇ」
そんな頭を押さえる高貴な姿に一人、大講堂の隅でにへらと笑うニゲル青年。
大方、「苦悩する姿まで素敵だ」なんて、考えてやがるのだろうぜ。
立ち上がっては別の席に座り直す、挙動不審者は――一先ず放っておく。
「そうだぜ。とても海千山千の悪狐どもに、タターを差し出す訳にゃぁいか――――!?」
こいつにゃ、天ぷら号がずっと世話になって――!?
「「悪狐ぇ、ですってぇぇぇぇ――――!?」」
コントゥル母娘が、気を吐いた!
「ぅをわぁ!? る、ルリーロさまっ!? どっから湧きや――」
今のはだなぁ、言葉の綾って奴で――
ごちんっ!
ごちんっ!
「痛ってぇ――――――――!」
おれは頭を押さえ、うずくまった。
「シガミーは口を開く前に殴る、に限りますわね」
か細い指先を、ぷらぷらと振るご令嬢。
「そうですねぇー、ちゃぁんと天窓から入って来ましたぁよぉー?」
上を見れば、丸い天窓が開けられ――心地よい風が抜けていた。
「――お待ちください! ただいま、使用中ですので!」
ドヤドヤドヤ、ガヤガヤガヤ。
廊下側。大扉の向こうから、喧騒が近づいてくる。
「何だぜ!?」
おれたちの前に、すたんと姿を現す青年。
白線が入った執事服は派手だが、中々様になっていて――
まるで正装した、護衛騎士のようにも見えた。
バガァーン!
ドガドガドガガガッ――!!!!!
大講堂に乱入してきたのは――
見たことの無い連中。
いや一人だけ、見覚えがあった。
王城の地下で、リオレイニアを詰問した――小役人だ。
とすると、こいつらは王政に異を唱える連中か!?
「閣下、どうぞこちらへ」
小役人が率先して、後続を先へと促した。
「ふむ。それで、そこの小娘が、かの建国の龍を退治したというのは本当かね?」
正装らしき、豪奢で派手な軍服。
もみ上げと顎髭が繋がった、やや強面な男性。
怯えるタターを庇うように立ち塞がる、ラプトル第一王女殿下。
その手が勇者(なりそこない)の背に添えられた。
「ぅひょわぃ、ラプトル姫ぇ――――――――!!」という叫びを飲み込むニゲル。
王女の震える指先を、振りほどかないニゲルは――正に勇者だった。
「建国の際に姿を現した龍とは何か? ご神木とは何か? 召喚の塔は魔王を倒すために存在しているのでは無かったのかっ!?」
名乗りも上げず、声高らかに。
演説をする男性が、政敵とやらの頭領らしい。
「ふぅ、こうなっては仕方がありませんわね。ルコラコル!」
パチリと指を鳴らす、派手なドレス姿。
「こちらにコォン!」
ふすっ――狐耳の少年は、格好良く指を鳴らせなかったが――
目的の物は、しずしずと運ばれてきた。
猫耳娘の手によって。
「にゃぁっふっふっふふのふふふふっ――♪」
何がそんなに楽しいのか、薄ら笑いを続けるニャミカ。
その手には、上級鑑定魔法具箱が携えられている。




