565:おとぎ話と龍撃戦、執事服と弾丸
「巨木・木龍が停止しまシた!」
ヴォヴォォゥン♪
迅雷が飛んできた。
「何だとっ!――ニャァ♪」
部屋の壁に表示されていた景色が――ヴュオォゥン♪
上空からのものに、切り替わる。
ガムラン町と火山ダンジョンと魔物境界線の砦の全てを、見渡せる程の遠景。
横たわる巨木の太枝がうねうねと、まるで大河のようだ。
「助かったけど、何でだぜ!?――ニャァ♪」
これ以上、卵を飛ばされたら、やばい所だった。
なんせ、追いかける人員が居ねぇ。
「類推になりマすが、火山ダンジョン前デ被弾シた際の熱量ヲ――消費しつくシたと思われマす」
対魔王結界・煉獄をアダマンタイトに使うと、目減りするのと同じか?
ふぉん♪
『>はい。火山ダンジョンからの距離を考えると、この膠着状態はしばらく続くと思われます』
「どうやら、そうみたいですわね――♪」
ガチャガチャ♪
「ふぅ、辛うじて凌ぎきりましたが――」
ヴヴヴヴッ♪
二足歩行に戻ったご令嬢と、大きな蜂が、駆け込んできた。
「はぁはぁ、ふぅふぅ、ひぃひ――!?」
そして蜂に尻で邪魔にされ、素っ転ぶメイド服姿(前掛けと頭飾り無し)の青年。
随分と、ずた襤褸じゃねーか。
姫さんの所の執事が、着流しの服を上から着てただろ――
あれを作ってやるか。
ふぉん♪
『>イオノファラーのライブラリより、〝ロングテールコート〟をピックアップ。
作成しますか Y/N?』
よし、やってくれ。
出来たらおれがこっそり一筆入れて、絶対に破けない様にしてやる。
§
「コッヘル婦人、本当に大森林の中には、回収に行かなくて良いのかしら?」
四つ足を止め、二本足で立つご令嬢は随分と――見栄えがしやがるな。
ふぉん♪
『>〝大森林〟はガムラン町以外で魔物境界線に接する、唯一の地であり、過酷な土地のようです』
今となっては強い魔物も出ねぇだろうが、そんな場所の話は……今まで碌に聞かなかったぞ?
「ヴュザザッ――あそこニは、こわーイ吸血おばサ……凄腕ノ冒険者ノお姉さンが居るかラ、安心シて任せてオけば良いサね♪――」
丸茸(白目)が、女将さんのような声で、そう言う。
「では、女将さんの判断にお任せするとしても……どの道、このままでは、ジリ貧ですね――ヴヴヴヴッ♪」
蜂の魔物が、やけ気味だ。
何とかしねぇと。
§
耳を劈く程の轟音よりも、先に到達する――速さ。
そしてその速さは、風雲を従える。
此方へ向かってくる、光影は――ふぉん♪
『>全部で12。木龍の卵の残りと同数で』
ゴゴォゴガガガァァン――ほぼ同時。
やはり銃身は一本しかないのに、あの長銃は一遍に弾丸を――
何発でも込められる、みてぇだぜ?
「ヴュザッ――いよぉし、全弾命中わよ!――」
「ひゅうー♪」
「やりますわね、ウチのメイドも♪」
「いーえ。タターさんはもう私専属メイドと言っても、過言ではありませんらららぁん♪」
凍った巨大卵が、どごんばがんごどがばーんと次々に落ちてくる。
「氷弾に貫かれた卵が、今後は吹雪でも吹き出したら、どうしようかと思ったが――」
ふぉん♪
『>木龍の卵の生命活動が、停止しています。これなら問題なく格納出来ます』
何かの手違いで〝卵〟を取り出しかねないから、迅雷の中にも――
おにぎりに背負わせてる特大の、収納魔法具箱の中にも――
仕舞うことは、出来ない。
「(どうする? 迅雷鋼で補強した収納魔法具にでも、仕舞っておくかぁ?)」
ふぉん♪
『>ひとまずはそれで凌げます。この卵が仕舞われていた宝箱の解析が済み次第、専用の収納魔法具箱を再作成します』
じゃぁ、そうしてくれ。
「じゃあ回収してくるが、木龍の卵は、おれと迅雷が責任を持って預かるぜ!」
撃ち落とされた卵が溶けないうちに、急いで回収するぞ。
ヴッ――縦横が同じ位の分厚さの、収納魔法具を取り出した。
「それにしても、見事に伝承の通りでしたねぇ」
卵回収の手伝いについて来てくれた黒騎士が、そんなことを言って――
「がははははっ! 〝たまごはまだこんなにたくさん、あるんだから〟なぁ♪」
同じく付いて来てくれた工房長が、そんな風に返した。
何のことだぜ?
ふぉん♪
『>該当する項目は一件。件の『おうさまと、りゅうのまもの』の一節のようです』
わからんが今は、卵の回収が先だぜ。
§
「じゃぁ後は、あの止まってくれてる巨木を退治すりゃ良いわけなんだが――」
ふぉん♪
『>ロングテールコートを一件完成しました。
>運搬中
>1秒後に〝シシガニャン・へっど〟搬出口より、お届けします』
「下手に燃やそうとすれば、また長く太くなるよねー?」
うなだれるニゲル青年。
「よし、出来た。此奴を着てみてくれ♪」
ぽぽぉん♪
あたまの後ろから天辺を通って、画面のむこうに『箱』の絵があらわれた。
大きく口を開けると――
「ぅんぐわぁにゃぁぁぁっ――――すっぽこん♪」
シシガニャン10号改の口から、平たい紙箱が出た。
†
「……これちょっと、派手じゃないかい?」
ニゲルに着せたのは、今作った一張羅だ。
青みがかった黒地に、上から下まで銀線が二本。
肩口から裾まで引かれたソレは、一カ所だけギザギザに折れ曲がっている。
「あらニゲル、中々素敵ですわよ♪」
巨木・木龍との決戦中に、降って湧いた休息。
「えっ――本当かい!?」
破顔する兵六玉。
「ええ、これなら――ほら、手を貸して♪」
身を寄せ青年の両手を取る、ご令嬢。
くるんくるるんと三回転。
その顔は楽しげで、翻弄される青年を――真っ直ぐ見つめている。
「リ、リカルルルルルゥッ――!?」
引きずり回されちゃ居るが、素っ転ばねぇのは――
〝勇者の歩み〟スキルを、使ってやがる。
「くすくす、ルが多いですわよ?」
あれ? なんか良い感じじゃね?
基本的におれや丸茸は、ニゲルの恋を応援している。
「ヴヴヴッ――?」
違うぞ? 〝ルガ蜂〟とは言ってねぇぞ。
基本的に蜂女は、悪い虫を敵視している。
けど今だけは、止めてやれや。
「――さま、――」
んぁ?
気配を感じ振り返ると――戸口に王女殿下が!
しきりに杓子を振り下ろしてるが、ありゃ――どっちを叩く気だぜ!?
見ればおれたち以外が、居なくなってる。
黒騎士も工房長も、レイダもビビビーも。
逃げ遅れた第四師団長が、窓から伸びた手に引かれて姿を消した。
くそう、おれを引っ込めてくれる窓も手も、手近に無ぇ――!!
ふぉふぉん♪
『イオノ>珍しく真面目にお仕事に従事する、あたくしさまを差し置いて、楽しそうですね、そーですね?』
部屋に作り付けの、立派な石机。
その上に設置された、ギルド支部出張所の台座。
本来は小型の女神像が乗せられる場所には、丸茸御神体(白目)が――「どろン――♪」
乗せられてたんだが……消えやがった!?
次から次へと余計な芸を、覚えやがって――!
ヴォォゥゥン♪
『戦略級選択的接触除草弾ユグドラゴン』
何かの画面が、勝手に出たぜ?
悪そうな顔が描かれた茄子……いや、こりゃまさかぁ火縄の弾かぁ!?
けどこれが、どうした?
ふぉん♪
『>デバイスID#10286が〝管理者権限〟で〝射撃諸元算定(データコンピュータ)プログラム〟を実行中』
と言うと?
ふぉん♪
『>狙撃手であるタターへ提示するため、こちらへ狙いを定めていると思われます』
ふぅん、茄子……じゃなけりゃ木の芽か、獣の爪みたいなのが――
今から此方へ、飛んでくるらしい。
「戦略……級……ちょっと待て、これ『草を除く』って書いてね?――ニャァ♪」
「ヴヴュザッ――そうわよ?――」
五百乃大角の声が、耳栓越しにしやがるぜ。
石机の上の台座を、もう一度見たら――
今度は浮かぶ球が、乗ってやがる。
『(Θ_<)』
なぁっ――!?
ふぉん♪
『>プライマリデバイス、〝いつも使う御神体〟として登録したプロジェクションBOTは、食事をすることや、おにぎりの背負った中継機を介した通話が可能になります』
本っ当に要らない芸ばかり、覚えやがって――!
「おれが薬草師と知っての――――狼藉かぁ!――ニャァ♪」
前世の〝仏道に帰依した俺の本分〟が、「悟れ」なら――
今世の〝薬草師の本分〟は、「草を集めろ」だぞ!?
「ヴュザヒュッ――ぅぎゃ!? うるさい!――」
『(lll゜Д゜)』
顔を青くする、浮かぶ球。
「まさか、この辺一帯の薬になる草おおぉー、根こっそぎ枯らしちまうつもりじゃねぇだろぉーなぁぁぁぁっ!?――ニャァ♪」
ばかやろーう!
ふぉん♪
『シガミー>この辺は特に貴重な薬草が山のように取れる、最高の〝薬草狩り場〟なんだぜ!』
「ザザザヴュッ――どの道、あの巨木が育ちきったら、水源の乏しいこのエリアじゃ、羽根芋一本生えなくなるわよ?――」
『(◎_◎)』
「喝ぁ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!――ニャァ♪」
「gjづうdjfっj――――ぷすん♪」
白煙と化し、姿を消す浮かぶ球。
「やい、撃つのを止めんかぁ!――ニャァ♪」
ふぉん♪
『>デバイスID#10286との接続が、途絶しました』
迅雷、五百乃大角に、もう一度繋げ!
「「「シ、シガミー?」」」
呆気にとられる主従と、悪い虫をかき分け――
おれは外へ飛び出した。
おにぎりが居る塔に上がりゃ、こっからでも視線が通る。
ふぉん♪
『>女神像通信は、接続を維持しています』
はぁ? 今、接続が切れたって言っただろぅがぁ!
ふぉん♪
『>通話不能なのは、御神体デバイスが停止しているからと思われ』
「なんだとぉ――発が効き過ぎたか!?――ニャァ♪」
丸茸が伸びてる間は、念話も通信も出来ん!
「長銃ノ状態ハ、おニぎりが背負っタ基地局アンテナへ接触するコとで――リアルタイムニ参照、可能デす」
くそう、せめて向こうの様子を探らんと。
「むあにゃぎゃにゃぁぁん――――♪」
鉄の棒を背負った猫の魔物風が、塔の上で風に吹かれている。
「ひっひひひぃぃぃん?」
塔には上れない子馬が、塔の天辺を見上げていた。
ぽぎゅごん――おれは子馬の背中を、踏み台代わりにする。
そして、ぽきゅぽきゅきゅと、塔の壁を駆け上がった。
「みゃんやにゃにゃにゃぎゃぁー!」
何かを言う猫の魔物風に、取り付いたとき――
怖気が走った。




