561:火山ダンジョンふたたび、(ばかやろぉーい)
「(シガミーは面白い場合じゃないでしょ? ふざけてんの? ねぇ、ふざけてんの?)」
おにぎりの収納魔法具箱経由で、強化服から抜け出た――
素っ頓狂な声が、とおくから聞こえて来やがる。
「ばかやろぉーい。お前さまのせいだろぉーがー!――ニャァ♪」
ふぉん♪
『シガミー>ばかやろぉーい。お前さまのせいだろぉーがー!』
「(ぷぐふっ――ど、どうして、突き刺さっているので……すか!?)」
蜂女の笑い声まで、聞こえてきた。
「ばかやろぉーい。笑ってんじゃねぇやぁー、助けてくれやぁー!――ニャァ♪」
両腕が嵌まって、抜け出せん。
ふぉん♪
『>収納魔法を使えば脱出可能ですが、推奨出来ません』
何でだぜ、助けろやぁ!?
ふぉん♪
『>生命体であるシガミー部分を除外して、岩だけを格納する必要があります』
「すぐ、やれやぁー!――ニャァ♪」
ふぉん♪
『>シガミーを避けてくり抜くためには、選択範囲が肥大します』
「すりゃぁー、良いじゃねぇーかぁー!――ニャァ♪」
ふぉん♪
『>その場合、ダンジョン入り口の洞穴を、崩してしまう可能性があります』
そんなら、おれが抜けた穴を一瞬で、埋め戻せば良くねぇー?
ふぉん♪
『>その場合、岩山部分を地盤ごと収納することになります』
はぁ? 何だか丸で融通が利かねぇな?
ふぉん♪
『>はい。生物を魔術構文で扱うためには転移陣クラスの複雑な記述が必要になり、そのリファレンスは公開されていません』
ふぉん♪
『シガミー>転移陣なら、お猫さまとか茅野姫が得意だっただろ。聞け聞けやぁ!』
ふぉん♪
『>距離が離れすぎているため、イオノファラーかスマートフォンを介す必要があります』
ちっ、お猫さまも茅野姫も、置いて来ちまったからな。
薄板は丸茸に、取り返えされちまったし!
「うぉーい、姫さんやぁーぃ! 謝るからぁー、たぁすぅけぇてぇくれやぁ!――ニャァ♪」
せめて声を張る。
「(シガミー、大丈夫かぁーい?)」
を? ニゲルか、「引っ張ってくれやぁ!――ニャァ♪」
強化服の足を捕まれる感触。
「(あれ? これ、びくともしないんだけど!? ねぇリカルルさま、手伝ってよ!)」
「(ふん。どうせシシガニャンを着ているから、中身は無事なのでしょう? 他の皆が来るまで、そうしていたら宜しいのではなくって?)」
酷ぇ――!
「(あぁもう――じゃぁ、おにぎりで良いから手伝ってよ!)」
「(みゃにゃぎゃぁー♪)」
ガシリ、グイグイグイグイッ――ググググググッ!?
痛ぇ、引っ張られるだけで、まるで抜けやしねぇ!
ふぉん♪
『おにぎり>シガミーがはまったこの石は、とても硬いんだもの』
つるんっと、おにぎりの手がすっぽ抜け――
「(――みゃぎゃぎゃぁぁっ♪)」
鳴き声が、すてんっごろごろと遠ざかっていく。
ふぉん♪
『>どうやら周囲の岩肌の組成に、問題があるようです』
問題? 硬いったってアダマンタイト程じゃねぇーだろ?
ふぉん♪
『ヒント>アダマンタイト含有量23%』
よりにもよって、それか。
「「「「「「「(あはははっははっ♪)」」」」」」」
んぅ何だぜ、うるせぇな?
迅雷、外を見せろやぁ。
ヴォヴゥゥン♪
それは洞窟入り口を上から、見下ろした映像。
遅れてきた連中が、こっちへ向かって指を指してやがるぜ。
「(ばかやろぉーい! 助けろやぁー!)」
§
「ルリーロちゃぁん、いまどこぉ?」
薄板で連絡を取る、五百乃大角。
相手はもちろん、奥方さまだ。
おれと同じ日の本生まれの、日の本育ち。
おれが死んだ後の世、江戸……東の都を闊歩した。
齢200歳を超える、某五穀豊穣の神の眷属。
敵らしい天狗と、何かと引き合いに出されることが多かったという狢が大嫌いで――狐饂飩が大好物。
例えニゲルと命がけで、殺り合っても――
負ける所は、どうしても想像出来ねぇ。
この世界で、恐らく最強の生物。
神域惑星を開く鍵となった、超大容量の魔石を持つ魔法杖。
〝ルードホルドの魔法杖〟を駆り、音よりも早く空を飛び――
元魔導騎士団総大将の肩書き|(?)も持つ。
「あれぇん、やっぱり繋がらなぁいぃ?」
女神像の無い、魔物境界線よりも先。
女神像の通信網が及ばぬ地でも、これだけ近ければルリーロの薄板と繋がると言っていたが――
「繋がらんぞ?」
洞窟の入り口で、薄板を掲げるお茸さまを――
天高く持ち上げてみたが。
「おにぎり、そのクレイドル持って、こっち来て!」
念のため猪蟹屋予定地から持ってきた、アーティファクトである――
〝ギルド支部臨時出張所の台座〟を抱えた、猫の魔物風。
その背中には棘の生えた鉄棒が、立てられている。
鉄棒と型落ちの台座は、不格好な太い導線で接続されており――
おれの手から五百乃大角を、むんずと奪う強化服自律型。
ガチャリンッ♪
騒々しい鐘の音をたて、美の女神御神体が台座に乗せられた。
ふぉふぉん♪
『>女神像ネットワーク復旧のお知らせ
>大変ご迷惑をおかけしておりました、ブルートゥース接続障害が解消されました。
>現在、女神像デバイスの全機能が使用可能です。』
女神像の通信網が及ばぬ地で――薄板を耳に当てたままの丸茸さまが――ぐるんと白目を剥いた。
「ぷるるルるぷるるルる――――こチら女神像#10286デす。ゴ用件ヲどうぞ♪」
ふむ白目を剥いてて、実に気色悪ぃ。
「ぶぅぅぅうぅっぉぅぉっ♪ ぶぅぅぅうぅっぉぅぉっ――――♪」
白目の丸茸から飛び出したのは、さっき聞いたのと同じ――
「奥方さまの薄板と、繋がったのかぁ!?」
うるせぇと怒鳴りつけてやりたい所だが、向こうの様子を聞くのが先だ。
「もしモし、ルリーロちゃんサま。そちらはドんな案配でシょうか? エ、今スぐ逃ゲろ?」
白目を剥いたまま、片言で話す首が傾く。
その場に居たおれたちが、顔を見合わせた直後。
ふぉルるォらレぃ!
ふォるるぉられィ!
フぉるルぉラれぃ!
突然響く、未だに聞きなれねぇ――騒々しい音!
首にさげた冒険者カードからも、聞こえてくる。
「冒険者カードヲ使っタ、緊急時連絡網でス」
一斉に自分のカードを確かめる、冒険者たち。
銀の板の表側。名前が書いてねえ方。
ギルドの紋章の下には、こんな文字が浮かんでいる。
『緊急のお知らせ
火山ダンジョンより、緊急コールが発せられました。』
やべぇ!
この世界最強の妖怪狐が――〝助け〟を請いやがった!




