553:央都猪蟹屋跡地、唯物ライフルをつくろうその3
その繊細な作業を維持するには、蜂女が放つ冷たい魔法が不可欠だったが――
「〽今日は朝から、出くわした!
森の主、山の主、空の主!
エマージェンンシィ、ヌシジェンシィー!
おれたちゃヴォッヘッヘェッ!
ウホウホホホォヴォヘェヘェェェェッ――――♪」
『冒険者ギルドガムラン支部のうた』には、まさかの三番もあったらしく――
「お嬢さまっ、これっ!? 旦那さまから厳禁されたはずじゃ――そもそも何なんですか、〝ヴォヘッヘェー〟って、おれたちはガムラン冒険者じゃなかったんですかー! それにウホウホホォ――ぷぐひっ!!!???」
面白い所を解説しきれず、メイド服姿が昏倒した。
そうだったぜ。「うほうほぼへえ」が有ったっけなー。
あまりにもどうでも良くて、覚えてすらいなかったが。
ふぉん♪
『シガミー>けど言うほどは、面白くもねぇよな?』
ふぉん♪
『>はい。それよりもガムラン冒険者を束ねるコントゥル辺境伯領主への、揶揄とも捉えられかねません』
だがその娘が歌ってるんだから、咎めることも出来なくね?
ひとまず死んだ蜂は、燃えないように――
ふぉん♪
『>おにぎり、その蜂捨ててこい』
窓の外から見物してた、暇そうな猫の魔物風の奴に頼んだ。
「みゃにゃぎゃぁー?」
戸口から入ってきた黄緑色が優しく、死んだ蜂女を抱きかかえた。
ぽっきゅぽきゅぽきゅ♪
簡易鍛冶工房から、連れ出される蜂女。
「すごい! あの蜂の魔物……リオレイニアさんが一網打尽だわ♪ なんて頼もしい!」
窓の外から見物していた、フッカ嬢の瞳に――シュッゴォォォォォォォォォォッ!
地獄の業火を操る小柄な男の、逞しい姿が映り込んだ。
「まったく、この歌詞にしてから――冒険者たちの遭難件数は飛躍的に減りましたのにっ!」
その良さがわからないなんて、お父さま……辺境伯も、レ……ルガレイニアもまだまだね♪
フッカ嬢の隣で息を巻く、作詞作曲者。
歌詞に込めた思いは立派だが、士気に関わりかねん所があらぁな。
日の本で、いくさ前に歌った日にゃ、打ち首ものだぜ。
「よぉし! 外側に施す刻印は、これで最後だぁ――!」
カカキィン――――♪
ヴォヴォヴォヴォヴォヴォヒュシュ――――――――ッ!
アダマンタイトの角棒に、びっしりと施した刻印が――七色に輝きを放つ。
「次は何をするんだい、ロォグさま?」
烏天狗役の迅雷が、戸口近くに寝転がるお猫さまに尋ねる。
チリチリと鈴の音を立ててやってきた猫が、二本足で立ち上がった。
お猫さまは、アダマンタイトの先から二股の辺りまで、ぴょぴょんと跳ね――
「――最後にチュロス――ナジの排他原理――にゃーぁん♪――」
何か言った。
ちょうど、大きな蜂を捨てて戻ってきた、おにぎりが――ぱたん♪
「にゃみゃぎゃやーにゃんやー、むあにゃんやぁーみゃんぎゃぁ、みゃぁごぉーにゃやぁーん♪」
『「あとは最後に、ここからここまで真っ直ぐに穴を開けたら、完成にゃんだもの♪」って言ってるんだもの♪』
取り出した木の板に、そんな最後の指示が浮かんだ。
五百乃大角が浮かぶ球を、ぐるりと回転。
ヴォォパァァ♪
空中に投影される設計図――ヴュュ――ッ。
その銃身部分が、拡大された。
ソレは火縄の構造に、よく似ていたが――
銃口から持ち手側の根元までの、弾丸の通り道が――
きれいな円形では無く、見世物で見た絡繰りの歯車みたいに――
歪な形をしてやがった。
「――にゃぁ(略)♪――」
「にゃぁ(略)――♪」
『「この出来ひとつで、威力が決まるんだもの♪」だもの♪』
それなら全部のスキルを総動員しつつ、〝伝説の職人〟任せでおれがやらぁ。
烏天狗はおれの念話に合わせて、ソレっぽく手足を動かしとけよ。
ふぉん♪
『>了解しました』
「クカカッ――ふふぅーうぅーん?」
烏天狗が、何かの仕草を始める。
「じゃぁおれぁ、アダマンタイトが転がらねぇように、押さえておくぞ」
台を押さえた。
これで、おれのスキルをアダマンタイトに使える。
ふぉふぉん――ヴュワワワワッ♪
絵で板を立ち上げ、〝視線〟で設計図をつかんだ。
横たわるアダマンタイト鉱石に、重ねると――
ヴュゥン♪
『ヒント>形状加工/銃形状を検出。長砲身用の施条をブーリアン演算により作成いたしますか? Y/N』
何か小窓が出たぜ。
これは何かを選ばないと、先に進まねぇ奴だ。
ふぉん♪
『イオノ>それは弾体を射出する、速度によるわねぇん?』
小板を見ていた五百乃大角が――
また戸口近くで魔法杖を振りかざし、涼を取っていた猫ども。
その背後から――「ネコチャーン、これさぁ――何をどうやって、撃ち出すのぉん?」と声を掛けた。
「――「「にゃぎゃにゃぁ――!?」」――」
音も無く忍び寄り声を掛けられた、ロォグとミャッドとおにぎりが飛び上がる。
戸口から音も無く入ってきたのは、死んだはずのリオレイニアだった。
ひゅぅぅぅおおおぉぉぉぉっ――――涼しい。超涼しい。
片手に短い魔法杖(初等魔導学院生徒が貰う練習用)、もう片手には美の女神御神体。
御神体本体を拾って、持ってきてくれたのか。
彼女は今でこそ蜂の魔物風に、身を窶しているが――
貴族階級であり、ガムラン随一の(隠れ)モテ女だ。
その上、ガムラン町の年間予算会議に出席を請われる程に――
仕事が出来る。辺境伯名代並に魔法杖で飛べるし――
こうしておれやジンライの目を盗んで、背後まで取れる傑物の一人だ。
リカルルの甲冑にも、忍び寄る機能があるけど――
リオレイニアのは少し違うようで、サキラテ家の秘術のような物らしくて。
まだどういう仕組みなのか、教えて貰えていない。
ちなみにソレは、同じくサキラテ家の子供ビビビーにも使える。
「――にゃぁ(略)♪――」
「にゃぁ(略)――♪」
ぱたん♪
『「涼しいニャァー。まだ決めてないんだもの♪」って言ってるニャン♪』
だから〝だもの〟とは言って……るっぽいニャン?
「――むしろそれは、美の女神さまに聞きたいニャァ♪――」
小さな猫が、屈み込む給仕服姿の大きな蜂に駆け寄る。
「うーん。だからさぁ、あたくしさまわぁ、魔導工学なんて履修してないから(キリッ!)――機関部の諸元は?」
「みゃにゃぎゃにゃぁーん♪ 神々の作りたもうた武具には、興味津々だニャァ♪」
戸口から駆け込んで来て、車座に混じるのは大きな猫だ。
「みゃぎゃにゃぁー♪」
ぱたん♪
『ふーうん? そうなんだもの?』
猫どもと丸茸が、会議を始めやがった。
何だか知らんが何かを、考えてなかったらしい。
ふぉん♪
『>火縄銃で言うところの鉛製の丸玉を、何で構成するか考えているようです』
そりゃ最初に考えなきゃいけねぇこと、なんじゃぁねーの?
ヴォヴォォォォゥン♪
竈そばにあった設計図が、猫と丸茸の宴に参加する。
「火縄なぁ――」
ヴッ、ごとん♪
参考にでもなればと、火縄型の魂徒労裏を取り出した。
火山ダンジョンで使った、使い捨て汎用作業服試作一号。
紙で出来た目鼻口の無い作業服。
通称〝おもち〟を操るのに、おれが拵えた物だ。
ふぉん♪
『4D超音波フェ-ズドアレイモジュール付き光源ユニット/通称もちコン』
うん、それはわかんねぇ。〝もちコン〟て名を付けたのは覚えてる。
「にゃやっ!?」「にゃぁー♪」「みゃぬあぎゃぁー♪」
操り棒は、猫どもに奪われた。
蜂の魔神を伴い、すぐ隣の〝タターを計った屋敷〟へ駆け込んじまった。
やがて聞こえる「ららららぁぁーん!?」という、聴き覚えのある声。
「「こりゃ、駄目だぜ。一休みするかぁ!」」
おれと工房長の声が、また重なった。




