550:央都猪蟹屋跡地、片手甲の使い方
色形はロォグの持ち手甲に似ていて――
籠手先の指の形や鉄板の形は、リカルルの赤い甲冑みたいな細かな作り。
そして何より、お猫さまは相当――鉄を打つのが早かった。
「流石は魔導具妖精ケットーシィさまだぜ、ふひゅぅーぃ」
あ、今度はノヴァドが落ち込んだ。
「落ち込む暇なんかねぇぞ。工房長にも鎚を振るって貰うからな。折角だから、よく見といたらどうだぜ?」
ノヴァドに持たせてみたら――ピピピピピィ♪
鳥が鳴いた。この手甲にも――
「「騒々しく鳴く鳥がぁ、棲んでやがるぜっ!」」
「ちょっとシガミィー! あたくしさまがやるって言ってるじゃないのっ!」
やかましぃ。お前さまはいつも猪蟹屋の飯を何でも、好きなだけ食い散らかしてるじゃねぇかよっ!
ふぉん♪
『>そういえば、そうわね』
パァァァン――ッ、パァァァン――ッ、パパァァァン――ッ♪
「「うるせぇ――!!」」
ヴォォォゥン♪
「非適合者――安全ニ扱えナい者が手にスると、警告音ガ鳴り響くよウですね」
ガシャリッ――ノヴァドに突っ返されたソレを、おれは手にはめてみる。
おれがやるしかないなら、さっさと済ませるに限らぁ。
§
熱ぃ。狭ぇ。
猪蟹屋跡地……猪蟹屋予定地の地下へと続く扉は、厳重に封鎖されている。
それでも、横たわる扉の上に立つと――熱ぃの熱くねぇのって。
「じゃぁ、始めるぞ――ニャァ♪」
強化服10号改を着込み、迅雷に服の中を涼しくして貰ってても――茹だる程、熱いぃ。
強化服の猫声は、皆に渡した耳栓を通して聞こえている。
語尾にニャァが付いちまうが、話が出来りゃソレで良い。
ふぉん♪
『イオノ>もう観念なさいわよ。他に強化服を着慣れているのわ、お姫ちゃんにレイダくらいでしょお?』
ふぉん♪
『>そうですね。あの二人に繊細なマニュピレートを期待するのは、酷という物では?』
わかったよ。やるよ。やるけどよ。
どの道、あの場にいた中で、この片手甲――椀飯弩丸獲烈灯とやらを扱えたのは――
ロォグとミャッドと、おれだけだった。
「――「毛皮持ちに、あの場所は暑いニャァ♪」――」
って言い張られたしよ。
ちなみに片手甲を、取り付けるために――
毛皮の厚みは無理矢理、片手甲へねじ込んだ。
だからその部分だけ、強化服由来の金剛力は作動しないが――
星神さまが研ぎ澄ました、この体が有りゃ、何とかなるだろ。
「総員退避ニャァーッ♪」
どがどがどが、ずどどどどぉ!
くそう皆、大慌てで逃げて行きやがったぜ。
お猫さまわぁ、この手甲が手順を教えてくれるって言ってたがぁ?
ヴォポォン♪
『▼――魔法杖の衝角腕を、目標ポイントへ突き立ててください』
空中に浮かび上がる文字、こいつは強化服の画面じゃねぇ。
実際に外に浮かんでいる。お猫さまの技術力は、神々どもに匹敵ってことだ。
「腕を突き立てろだぁ――ニャァ!?」
吹き出した業火に焼かれて、お陀仏だろぅがぁ?
今、地獄の釜の蓋の上は、相当狭い。
扉の上に作られた、頑丈な囲い。
迅雷鋼製の土台に蜂女の高等魔術で、持ち寄ったアダマンタイト鉱石を――
伸ばして叩いて、貼り付けた。
ギラリと輝く土台は、まるで竈だった。
竈の真ん中に――『▼』がクルクル回って、『死ね』と催促してくる。
ヴォオゥン――『掌の形』も扉の表面に、張り付いた。
よし、丸焦げになる予感しかしねぇ。
一端、ここは引く――
ヴォポオン♪
『▼▽▽――目標ポイントへのロックオン状態はあと10秒で自動的に解除されます』
なんだとぉ、急かすんじゃねぇーよっ!
おれは手甲の先の、掌を目印に添える。
すると手の甲から――ガッシャ、キュゥゥィン♪
ゆっくりとせり上がり、生えてきたのは――
「亀甲紋の棒――ニャァ?」
六角棒は、どこまでも伸びていく。
当然おれの手の中から、出てきているようにしか見えねぇ!
「衝角射出まで3・2・1――」
人の声がする。五百乃大角の声じゃねぇなぁ。
キュドゴッ!
勢いよく棒が消え――扉に叩き込まれた。
「――ぎゃぁっ――ニャァ!?」
つい叫んじまったが、おれの手を杭が突き抜けた感触はない。
どーなってんだ!?
ヴォッゴゴオバッガァアァァァァァァァァァン!
割れる、対魔王結界の扉。
下へ降りる階段へつづく通路を、塞いでいたソレが割れた。
ッ――――ッヒュッボゴゴゴゴゴゴゴゴゴゥゥゥゥゥゥゥゥウゥゥウゥゥヮァッァァァァァ!!!!!!!!!!
おれは炎に巻かれた。
強化服を着ていても、足が燃えちまいそうだし――
画面の中は渦巻く火炎で、何も見えん。
ガッキュゥゥゥウゥゥゥゥッ――!!
手甲から漏れる、強い光。
籠手先の爪が罅の入った扉に、食い込む。
ヴォポオン♪
『衝角腕再装填開始、シャッターノズル解放します。5・4・3・2・1』
――バッシャッ♪
おれの手の甲に、穴が空いた。
そこから――
ポォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッォォォォ――――――――――――――――――!!!
噴き出る炎が、白煙に変わり――ッシュシュシュルルルッ♪
荒れ狂っていた炎が――全て掻き消える。
『5・4・3・2・1――』
わわわ、又なんか――!?
ガキィン――うわとととっ!
どすん。
片手甲が扉から離れ、おれは尻餅をついた。
見れば扉に籠手先が、付いたままで――「ぎゃぁぁ、おれの手がねぇっ――ニャァ!」
手甲の先に付いてる筈の、おれの手が無かった。
叫んでいたら――ガッシャンガチャリ♪
新しい拳が手甲の先に、迫り出した。
§
「がははははははっ――――こいつぁ、すげぇぞ!」
工房長が座る先。
対魔王結界の扉に付いた掌から、配線が伸び――
靴で小さな吹子を踏めば――
ドシュゴゴゴゴゴゴバァァァァァァァアッ――――!
噴き出す炎。
その色が姫さんや本気の蜂女が放つような、青白い炎に変わる。
しかもその大きさは、精々20センチ程度。
「「こりゃ、魂消たぜ!」――ニャァ♪」
これなら本当に、鍛冶にも料理にも使えらぁ。
ふぅ――おれはおれの手を、わしわしと動かす。
ついさっき確かに千切れた籠手先。
なのに、おれの手に繋ぎ目は無ぇ。
ふぉん♪
『>機構的なトリックが魔術的に、再現されているようです』
何の意味があるのか、わからんが――最初から最後まで、おれの手は無事なんだな?
ふぉん♪
『>はい』
なら良い。下手に問いただすと、話が長くなりそうだ。
「――思った以上に、うまくいったニャァ♪――」
小躍りをする、お猫さま。
「けれど、もうこれ……十分に〝災厄〟を、御せているのではなくて?」
どこか呆れ顔の、ご令嬢。
「だよなぁ――じゃぁ、もうアダマンタイト製の武器は作らなくて、良いってことかぁ――ニャァ?」
おれがそう言うと、「な、なんだぁとぉぅ!?」と慌てる工房長。
これだけのアダマンタイト鉱石を扱うことは、そうそう無いのだから――
挑みたい気持ちはわかる。
「その火を使い続けたら、いつか無くなってしまうのは確かですが――」
顧問秘書が腕で顔を隠し、対魔王結界の上に作られた竈を見つめる。
おれの手首だった籠手先から噴き出す、青白く強力な炎。
ここに居ると工房長みたいに、顔が焼けちまいそうだ。
おれは半歩下がった。
「――その為にはアダマンタイトを触媒……つまり大量のアダマンタイト装備を作らないといけないミャー♪」
髭が燃えるのが怖いのか、猫たちは戸口の辺りまで下がっている。
「うーむぅ。使わなくても良くなったが、結局作らねぇといけねぇってのか――ニャァ?」
ガシガシと猫頭兜を掻くが、おれの頭には籠手先は届かねぇ。
「それに〝業火を御する武器〟は、すぐ必要になると思いますわ――ふぅ」
リカルルの遠い目。
「そうですね。もう一つ見つかった巨木の果実がどうなったのか。まだわかりませんし」
奥方さまを案ずる、蜂の女。
「じゃぁ、すぐ作ろうぜ。けどその前に、おれよか烏天狗を呼んで来た方が良くね?」
何しろおれは肝心の〝伝説の職人スキル〟を、持っていない(ことになっている)。
城塞都市冒険者たちの装備修繕を、一人(と一本)でこなし。
コントゥル家央都私設軍の装備の修繕も、一人(と一本と二匹)でこなしたっていう立派な実績。
それはやはり一目置かれるスキル、〝伝説の職人〟あったればこそなのだ。
ぽっきゅぽきゅぽきゅ――♪
おれは戸口から、外に出た。
汗が垂れて、後ろ頭が痒くてたまらん。




