548:央都猪蟹屋跡地、タターを計ろう
猪蟹屋に程近い、片壁が焦げた小さな屋敷。
央都猪蟹屋本店予定地の隣。
元から借り手の無かった、寂れた建物だ。
そこをリカルルが買い上げ、ガムラン町の猪蟹屋本店みたいな感じで、書類を渡された。
ひとまず借りておくが――
すぽん。
肌着になった少女タターから、頭の上のヒラヒラしたのが取り外された。
「じゃぁ、おれぁ向こうへ行ってるからよ」
「な、なんで行っちゃうんですか! おいてかないでぇー!」
部屋を出て行こうとしたら、しがみ付かれた。
「ばかやろう、おれは男だぜ。お前さまも一応は女だろうが、ちったぁ慎みってものをだなぁ――」
引き倒すわけにもいかず、体をよじってみるが――
しっかりと張り付かれちまった。
「なにをバカ言ってるんですか。シガミーは女の子じゃないですか――ヴヴヴヴヴッ?」
ゴガガガガン♪
堅い木の床を打ち鳴らす、給仕服の女。
「他の子供たちは計測の邪魔になるからと、追い出されてしまったので心細いのですよ。直ぐに済むようですので、付いていてあげてください――ヴヴヴヴヴヴッ♪」
だからそれやめろ。
さすがに飽きてきたぜ。
「それを言ったら、お猫さまは良いのかぁ?」
顧問秘書の頭に、へばりつく猫を指さした。
「ふむん? では確認しましょう」
つかつかと歩いて行った、ルガレイニアは――
女性の学者方に囲まれ質問攻めにあう、お猫さまと一言二言交わし――
猫を借り受け、そのまま抱えて戻ってきた。
「精霊に雌雄の区別は、無いそうですよ♪」
猫の顎を撫でる給仕服。格好良い眼鏡の女。
やはり女子供は、猫が好きだぜ。
「――被験者ノ幼き人は、安心してドうぞ。我輩にハ、付いテないニャ♪――」
やかましい。尻尾をくねらせるお猫さま。
「んまっ――!」
格好良い眼鏡の女が口元を押さえ、こんなふうに頬でも染めようものなら――
一瞬で心を、奪われかねなかったものだが。
今は蜂の魔神にしか思えない。
蜂の魔神に色恋をする奴はいない。
そういう意味じゃ、この蜂眼鏡は相当、役に立ってる。
「シガミーちゃぁん!?」
なんだぜその、へっぴり腰。
「わかったぜ。付いててやるから、安心しろ。もう怖いことはねぇよ。もし何か有ってもおれが、タターを守れねぇと思うか?」
ぎゅっと手を握り、そう言ってやる。
ぎゅっと握っったものの、彼女の方が少し手が大きい。
これじゃ安心なんてさせて、やれねぇんじゃ――
「ふぅ――、ありがとう♪」
何か大丈夫そうで、良かった。
「まったくもう、シガミーはこれだからもう……ぶつぶつ」
蜂が又、頬を染めていたが、目が合ったら――
そっぽを向かれた。何だぜ?
レイダやビビビーやルガレイニアは時折、こういう風におれを見てる時がある。
ふぉん♪
『>やはりシガミーの体格に、不安を感じているのではないかと推測されます』
そうかもなぁ、早ぇとこ立端が伸びてくれりゃ良いんだが。
今のままじゃ、ニゲルや女将さんなんかには――
勝てる気がしねぇからなぁ。
§
どさどささっ、スルルルルッ――キュキュキュキュキュッ♪
やたらと太い不格好な導線が、縦横無尽に這い回る。
ドカン、バゴン――ガガガガゴッ、ガッチャリ!
金網や鉄製の櫓に、取り付けられていく魔法杖や魔法具。
そんな物で埋め尽くされていく、建物。
「ひっひひひぃぃん?」
大勢の学者方や、おれたちに繁々と見つめられ――
落ち着かない様子の天ぷら号。
「どうやらこの尻尾は、龍脈の流れを敏感に感じ取っているようで……す?」
頭突き女がモコモコした髪を揺らし、首を傾ける。
「それがどうして、こうがっちりとくっ付いちまうんだ……ぜ?」
おれも同じ向きに、首を曲げてみせる。
「わかりませんららぁぁん?」
子馬・天ぷら号の設計制作元の、小首も傾いた。
うむ、埒が明かん。
少女タターは肌着のまま、子馬の尻尾に手首を張り付かせている。
給仕服や止め金具を外しても、何の意味も無かったぞ。
「(こりゃ、おれが轟雷を着るしかねぇんじゃ?)」
ふぉん♪
『>腕時計に格納された轟雷は自動的に、修復ならびに神力の充填がされ、万全の状態です』
ほぅ、腕時計の中で飯を食わせてやれるのか。そりゃ面倒がなくて良いやな。
「にゃみゃん♪」
お猫さまが手甲をガチャリと構え、設置された鉄台から――
ガシャリとアダマンタイトを、引っこ抜いた。
白金の角棒が、更に近づけられる。
おれは錫杖をじゃりんと構え、万一に備えた。
ヴォヴォヴォヴォォォォゥン♪
「ぅわわぁわっ」
希少鉱石の強い唸りに、怯えるタター。
一瞬の緊張、ヴォッシュルン♪
子馬の尻尾がタターの手から、ふわさりと外れ――
ギュルルッ、ガチィンッ♪
アダマンタイトに、絡みついた。
尻尾から解放された少女の顔は、呆けていた。
「――大実験ハ、大成功だニャァ♪――」
猫が小躍りをした――ゴガッ!
ぱらぱらと天井近くの鉄柱が、削れて落ちてきた。
「危ねっ!? 長ぇんだから、気をつけてくれやぁ!」
「――にゃぁーご♪――」
耳を伏せ、ばつの悪そうな顔をする、お猫さま。
「ふーっ! 仮説通りの振る舞いを、見せましたね♪」
「まさに大成功ですららぁぁん♪」
イエーイと手を打ち鳴らす、秘書と王女。
何が大成功なのかは、さっぱりわからんが――
「尻尾が外れて良かったな?」
「うん、ありがとう♪」
尻尾が外れたことを喜び、少女が笑ってるなら――
それは良いことだ。
「では、シガミーちゃぁん。アダマンタイトにぃ、触ってみてらららぁぁん?」
王女殿下の声が、不意に飛んできた。
「にゃにゃぁーん♪」
アダマンタイトを持ち上げ、首輪をチリンと鳴らす。
すると革製の装備のような物が、床に落ちた。
「みゃにゃぎゃ、にゃやみゃにゃぁぁーん♪」
ぱたん♪
『「危ないから、この装備を付けるんだもの」って言ってるんだもの♪』
ふぉん♪
『シガミー>おにぎり、お前。その白い服と眼鏡、誰に貰った?』
ふぉん♪
『おにぎり>ケットーシィからだもの。首輪から出てきたんだもの』
やっぱりか。そうなると、あの首輪は――おれたちの絵で板みたいな物じゃね?
「こちらです」
羊の獣人が拾って渡してきたのは、何重にも重ねられた革製の手甲だった。
「よし、やってやらぁ――すぽん♪」
錫杖を仕舞い渡されたソレを付け、手を延ばすと――
ぎゅぎゅるっ――――――――ごぉん♪
おれの手がアダマンタイトに、吸い寄せられた。
「龍脈の流れは、地表にも微かに漂っているのよ」
「そうでなければ薬効成分のある草や毒草が、生えることはないですからね」
学者方たちが、そう説明してくれた。
こと草に関してなら薬草師のおれには、何でもわかるが――
それは知らなかったぞ。
「けどそれとアダマンタイトに、何の関係があるんでぇい?」
おれの首が又、曲がる。
「子馬ちゃんの尻尾は、足から上がってきた龍脈の流れを――どこかへ逃がそうとしているようです」
秘書マルチヴィルが、太い導線が繋がった黒板を見せてきた。
わからんし、同じ物がおれの画面にも見えている。
「それがタターちゃんたち、ネネルド村の人たちの手が吸い寄せられる原因だわ」
頭突き女が鉄鍋のような何かを、子馬へ向けつつ話を繋ぐ。
衝撃の事実だが――
ふぉん♪
『>常に一緒に行動しているおにぎりの体が、一切影響を受けず与えないのは、その体の中に何も入っていないからと類推できます』
色の空だな、それはわかる。
「じゃ、いま尻尾がタターの手から、アダマンタイトに移ったのは?」
――なんでなんだぜ?
「そコからは、アダマンタイトの特性ニ関わル話にナるニャ♪」
バタンと横壁に開いた小さな扉から、顔を出す猫頭。
「わっ、脅かすなぃ!」
猫頭の顧問氏は猫の素早さで扉をくぐり抜け、部屋の中に入ってきた。
「ニャフフ、アダマンタイトがタターさんを選んだって言うんなら、アダマンタイトはタターさんの手にくっつくべきだと思うだろう?」
呆気にとられる、おれたちの間を通り抜け――
お猫さまの背後へ回る、顧問技師ミャッド。
「ソレも適性の一つではあるけど――ゥニャッ♪」
顧問氏がアダマンタイトを持つ、お猫さまを抱き上げ――
こともあろうか、おれの方へ向けた!
ヴォヴォヴォヴォゥゥンッ――――♪
「あっぶねっ――――!!!!」
ボゴゴォォォン!!!
おれは咄嗟に付けたままの、革製の手甲で防いだ!
アダマンタイトはおれの腕に強くぶつかり、そのまま外れなくなった。
「つまり、受け入れた龍脈の流れを地へ逃がす体質。そうでも無けりゃ――」
「こうなるって訳か!? 外れん!」
アダマンタイトが唸ると、物がくっついたり離れたり――しやがるのはわかった!
「そういうことだニャァ――ぼかりっ!?」
おれとお猫さまたちが、絡まってると――
秘書の人が上司を、拳で殴りつけた。
「痛い、何するニャァ!?」
「現在この研究室は、男子禁制です! お忘れですかぁ?」
持ち上げられる、鉄鍋みたいな研究道具。
巻き込まれては、敵わん。
おれは絡まるお猫さまどもを、引き剥がして――
脱兎の如く、逃げ出した。




