546:央都猪蟹屋跡地、里芋と蛸の煮物
「ふっふっふ。こんなこともあろうかと、神域惑星から旨そうな野菜を見繕って来ておいて助かったぜ」
この世界で最も食べられていると思われる芋は、〝羽根芋〟だ。
ふぉん♪
『羽根芋/
羽根のように大きな葉を持つ芋。
肉料理に最適な、辛みのある野菜。
肉を巻いて焼くだけでも、香辛料がわりになる。
芋の部分は、煮崩れするので料理にはむかない。』
とは言っても辛みのある葉の部分を使うのが、主な使い方だ。
おれは米の代わりにして、寿司を作ったりはしたが――
此奴は上手いこと、煮物にはなってくれない。
肉料理の薬味には、最適なんだがな。
ふぉん♪
『里芋/
里芋科の根菜。塊茎や大きな葉や茎を食用とする。
実の内部は真っ白く、もっちりとした食感と共に好まれている。
煮崩れしにくく、煮物に向いている。』
そこで此奴の、出番って訳だぜ。
生前この芋は専ら、煮染めた茎ばかりを食わされたが――
煮物にすりゃ、まるで餅みてぇな歯ごたえでよ。
ただ料理をすると、手が痒くなったりするのが、厄介だったなー。
だが今のおれには、100を超えるスキルがある。
その中には〝調理術〟や〝高速調理〟というスキルもあった。
もう一瞬で作るぞ――略式の〝超料理術〟スキルで。
笊に盛った里芋を木篦で一つ取り、まな板に置く。
ヴッ――包丁を取り出し、ストン♪
包丁で軽く叩くだけで――つるん。
皮を剥かれ面取りまでされた真っ白な身が、コロリと転がり落ちていく。
木箱の上に置いた大きな丼に――ストン、ストトトトン♪
つるん、つるるん、コロコロッ、どさどさどさささっ!
すぐに山積みになる里芋。
だが実は、この世界に〝超料理術〟というスキルは無い。
無いのに、冒険者カードの追加スキル欄に書かれている。
これはおれシガミーの膨大なスキルの、帳尻あわせに偽装した物で――
言ってみりゃ物作り系の〝伝説の職人〟に並ぶ、料理版(嘘)だ。
「よし出来たぁ。次は蛸の下ごしらえを――」
大きな鉢に真っ白な里芋を、どぼぼぼぼぼっぱぁん♪
くるりと振り向くと、そこには――
「お見事ですね、シガミー。ですが学院の勉強と央都猪蟹屋の準備に、明け暮れていたのに――」
やたらと格好の良い眼鏡を掛けた、女が立っていた。
「お野菜を、まとめて収穫するような、そんな暇が良くありましたね――ヴヴッ?」
やたらと格好の良い女が、まるで蜂のように震えた。
ヴヴヴヴヴッ――?
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴッ――?
右から左から、おれの顔色を覗う給仕服の女。
まるで蜂が威嚇してるようで、見ている分には面白かったんだが――
「ヴヴヴヴヴッ――ギチギチギチッ♪」
とうとう口から、普段、人が発しない音がし出した。
フッカの怖がる理由を、ギチギチと感じる。
「まさかまた深夜に町の外で色々な採取作業を、続けていたのではないでしょうね?」
ゴガガガガガッ――――「ひぃっ!?」
おれの声が漏れたのかと思ったが違う。
今のはフッカの声だった。
どこか遠くから、蜂女の動向を覗っているのだろう。
「だ、大丈夫だ。深夜に一人で町の外に、採取になんて行ってないぜっ!」
「本当――でしょうね?」
ギラリと輝く、蜂の顔のような眼鏡。
その暗い鏡面に、怯えた子供の顔が映り込んでいる。
「ほ、本当だぜ! 迅雷とおにぎりたちに、里芋掘りを頼んだからなっ!」
嘘は言ってない。尤も、そのときにはおれも、その場に居たんだが。
カァン――「ひみのずたのまたぁまぁ♪」
鍋を竈に乗せ火を起し、水を注ぐ。
干した小魚を――(迅雷、頭と腸を収納してくれ)――入れる。
ふぉん♪
『>シガミー。頭と腸は、どう処理しますか?』
んぁ? そのまま取っとけ。
五百乃大角の、おやつにでも使うから。
湯通しした蛸を――薄く切る。
鍋に芋を入れ、小魚の出汁で五分――煮た物が、高速調理。
そのあと砂糖を入れて、やっぱり五分――煮た物が(略)。
更に醤油を入れ味が染みた頃、切った蛸を入れる。
里芋に色が付いたら――
「ぃよぉぅしっ、出来たぜー!」
皿に盛ったら生産数最大で、大皿3枚分にもなっちまったが完成。
「所要時間、1分49秒――正規ノ手順の場合ト比べ、約2時間30分ノ時間短縮ヲ達成」
ヴォヴォヴォゥン♪
小皿へ取り分ける迅雷と、給仕服の蜂女。
盆に乗せ蛸串を食えないお猫さまたちへ、配膳しようと振り返ると――
「みーたーわーよぉぅ、ソレさぁー? 超々超絶、美味しそうじゃんねぇーっ♪」
衝立の上に乗る、五百乃大角とお猫さま。
五百乃大角はわかるが、どうしたお猫さままで?
「なんだぜ。ロォグは腹減ってたのか?」
「――おいしい――予感――多重詠唱――栄養補給ニャァ♪――――」
「みゃぎゃにゃぁ――(略)♪」
衝立の横から半分顔を出す、おにぎり。
ぱたん――
『「お腹も減ってるけど、多重詠唱の使い手を見つけたんだもの♪」って言ってるんだもの』
「だから〝だもの〟は言ってねぇだろ」
多重詠唱のことを、ロォグさまは知ってるようだな。
後で詳しく聞いときてぇが――
「とりあえず、お前さまたちわぁ、早く降りて来ーい!」
折角の煮物が、冷めちまうだろ。
「うみゃぁ♪」――スタァン!
お猫さまが直接、上から落ちてきた。
うわっぷっ!?
顔に飛びつかれた。
手から盆がすっぽ抜け――ガッチャンガチャガチャッ!
「ふぅ、詰めが甘いですね、シガミーは」
それを蜂メイドさんが、華麗に受け止めてくれた。
「悪ぃ。助かった!」
§
「どうしたぁ? 蛸は抜いたが、味は中々だぞ?」
お猫さまが、小皿に口を付けてくれない。
どうしたもんかと思ってたら――
「あのぉーうぅ……こそこそ……シガミーちゃぁん」
ああ? 木箱の陰から、声がしたぞ?。
見ればフッカが真剣な面で、隠れてやがる。
何から隠れてるって、そりゃ蜂女からだろうなぁ。
「ケットーシィちゃんは……ひそひそ……さっき渡したお皿じゃないと、ご飯を食べないそうですよぉ?」
あ、そういや預かったな。
あの水盆は、茶碗代わりだったのか。
ヴッ――ことん。
「どうぞ、召し上がれやぁ♪」
「みゃにゃぁーん♪」
お猫さまはとても気に入ったようで、おかわりをしてくれた。
「こっちも、おかわりぃー! ねぇちょっと聞いてんのねぇ? おかわりって言ってんの! おかわり?」
「みゃにゃぎゃぁー♪」
「ひひひぃぃぃんっ?」
「あら、シガミー。とても美味しそうですわね?」
わいわいわいわい、がやがやがやがや。
皆が来るとは思ってたから、そこそこ沢山、作ったし――
薬草師のスキルで煮物が、増えちまったんだが。
それでも少し足りなくて、おれはもう一回――
「超調理術」する羽目になった。
所要時間は、1分を切った。




