540:トリュフ橋近くの町、アダマンタイトのゆくえ
「物質化した龍脈ニャヤ!?」
魔術工学の専門家である顧問技師。
彼、ミャッドを以てしても、龍脈と活力の更なる関係性には――
まるで猫のように蹲り、唸るしかない。
そんな新事実でもある〝超特選アダマンタイト鉱石〟は、応接室の隅へ運び込まれている。
長持のまえで考え込み丸くなった顧問氏へ、自分が羽織っていた上着を掛けてやる顧問秘書。
「龍脈が物質化したものぉ? なぁらぁフォーマット出来るのもぉ、頷ける話よねぇん♪」
五百乃大角の言う〝封大禍苞苴〟てので清められりゃあ、AOSとやらが使える。
AOSてのは女神像や迅雷が考えて自分で行動したり、とんでもない数の仕事をこなしたりするための頓知だ。
それぞれの女神像は龍脈が繋いでいて、その中を動いているのは、龍脈言語という奴で――
実理と縁起の改竄も可能な、文字通りに神々の力の根源だ――たぶん。
ふぉん♪
『>演算単位が1を超えれば私や、おにぎりのように自発的に思考します』
「(うぬぬ、姫さんの甲冑とかはAOSを持ってるけど、ソコまでは至っていないと言うことで有ってるか?)」
ふぉん♪
『>はい。その認識で問題ありません』
おにぎりとお猫さまと丸茸が車座になって、アダマンタイトの話をしている。
あの硬い金棒が、〝どういう物なのか〟って所からだ。
専門家である顧問氏が、両猫手で猫頭を抱える様なことが――
その一端でも、おれにわかるのは――
偏に轟雷を着たときの、〝頓知の冴え〟のお陰だろう。
ふぉん♪
『>それだけでは有りません。シガミーは元からわからないことをわからないなりに、経験則として扱う傾向がありました』
ふぉん♪
『イオノ>そうわね。坊主、驚異の理解力♪』
ふぉん♪
『シガミー>うるせえ。それ、言いてえだけだろが』
まぁ、そんなわけで〝何を、どう作るのか〟の話には、まだまだ行き着きそうもねぇ。
なので、おれの後ろに並ぶ〝猫撫で順番待ち〟の子供たちを――
「こっちの相談わぁ、まだまだかかるぞ? 向こうで冷てぇ飲み物でも出してやるからぁ、付いてこいやぁ」
長椅子のまえに長机を、どんと置き――
「おひとつどうぞ」
おれは真っ先に作り置きの〝カルル〟を、姫さんに出してやった。
他ならぬ、リカルル・リ・コントゥル嬢の名を冠した飲み物は――
冷たくて甘い飲み物で、アイスクリームとか言う奴の亜種だ。
「それにしてもリカルルさまのおかげで、超助かったぜ! 恩に着る!」
彼女がツツィア子爵たちを蹴散らしてくれなかったら、アダマンタイトの件でまだ揉めてただろうからな。
「あら、当然ですわよ。領民の危地に駆けつけないで、何が貴族ですか?」
事もなげに、そう言ってのける。
この真っ直ぐな心根にだけは、本当に頭が下がるぜ。
「先ほどのご無礼を、お許しくださいませ。聖剣切り、いいえリカルルさま」
おれの隣で片膝をつく、冒険者さま。
結局、ツツィア子爵関係者は、彼(?)ともう一人、獣人兜の騎士がモソモソ邸に残った。
ふぉん♪
『人物DB/レフォール・ツツィア
ツツィア子爵領次期当主
冒険者としての資質は未知数』
「わかってくだされば、良くってよ。それに領地から産出された鉱物の所有権を主張するのは、貴族として当然ですもの」
カルルを、一口啜るリカルル。
「いいえ、元々あのアダマンタイト鉱石は、こちらに居られる高レベル冒険者のシガミー・ガムランさまが、ジャイアントゴーレムを単独討伐した報酬として獲得した物ですので」
姫さんの目が一瞬、こっちを見た。
「ふぅ……そういうわけにも参りませんわ。そうですわね、ツツィア子爵領へは……私個人からアダマンタイト相応の対価を、お支払いいたしますわ」
「ジャイアントゴォレムゥー!? それはどちらに居るんですの? 私の分わぁ!?」とか言い出さなくて助かった。
「お嬢様それは――」
口を挟む、ルガレイニア嬢。
チリィィィン――――――――♪
姫さんが持つ、豪奢な細剣。
その柄頭に付いた、白金の金具が強く鳴った。
「はい、承知いたしました――――ヴヴヴヴウヴヴヴヴツ♪」
暗黙の了解でもあるのだろう、魔神の再来の再来の再来の蜂女が即座に従う。
計算魔法具を取り出し、何かの計算を始めた。
「アダマンタイトの値段って、8桁の大台だろっ!?」
とんでもねぇ、お宝だぞ?
「気にしなくて良いですわよ、シガミー♡」
にこり。全然、笑ってねぇ?
ふぉん♪
『>リカルルは、魔物境界線を守るために貴族階級にあるまじき倹約家です』
だよなぁ。絶対、裏があらぁな。
「これから、始まることへの、手付けとしては安い物ですわ……ふふふ♪」
笑う姫さんが一瞬、地の底を見るような目つきをした。
その視線の先にあるのは十中八九、あの巨大土塊とやらを産出する――
モソモソ邸の訓練用ダンジョンだ。
決して、目先のアダマンタイト鉱石を見ているのではない。
「くすくすくすくす、くつくつくつ――ここぉぉん♪」
おいニゲル。あの顔ぁ怖ぇから、やめさせろ――
居ねぇ!?
本当に逃げ足だけは、一級品だぜ。
§
ふぉん♪
『おにぎり>「じゃぁ、こっちへの支払いは、ミノタウロースの角を一対で手を打つよ」って言ってるんだもの』
おにぎりが、そんな木の板を突き出してきた。
どうやら向こうの相談が、一段落したらしい。
「「終わったのっ!?」」
「終わのい?」「では順番だぞ」
「私もぉ、猫を抱っこしたいです」
子供たちが、立ち上がる。
「にゃぁーん♪」
お猫さまが懐から、取り出したのは――
手、腕? いや、違うな――ガシャン♪
自分の体よりも、大きな手甲だった。
その付け根の持ち手を、カッキンカッキンと操作すると――
手甲はまるで自分の手のように、カチャカチャララと蠢いた。
「むあにゃん♪」
勇ましい鳴き声――カギュッ♪
握られる手甲の拳。
「私からだよっ♪」
取り出される魔法杖(細長)。
生意気な子供の背後に連なる、子供たちが――
同じく魔法杖(初心者用)と、魔法杖(先太)。
小さな火の蜥蜴なんかを、構える。
最後の給仕服姿が取り出した、魔法杖(初心者用)の先端には――
掃除用の毳毳が、取り付けられている。
「殺る気か――?」
ささやかな緊張。
お猫さまは触られるのに、飽きたらしいぜ。
蘇生薬は?
ふぉん♪
『>央都に来てから確保した物が、134本。シガミーの手甲に4本、指輪と腕輪に一本ずつ』
それだけありゃ1、2本使ってもかまわんだろ。
くるりと踵を返した、お猫さまは――
すてててってと走り出す。
「あっ、逃げたっ!」
追う子供たち。
カカキキキィン、ギャギャギャガシャガシャンッ♪
猫が手甲を掲げ――ガキリッ!
超特選アダマンタイト鉱石を、持ち上げた。
「にゃぁーん♪」
振り返る猫。
ヴォォォォォッゥゥゥンッ♪
迅雷や浮かぶ球が発するのと同じ、唸り。
怯む子供たち。
その一瞬の隙を突き――後ろ走りを始める猫。
後ろを見ずに椅子や長机を避け、ぶつかることなく通路へと消えていく。
「ぷっ、ふふふふふうぅぅぅっ――!?」
折れ曲がる蜂女。
「あはははっ♪」
笑うリカルル姫。
「こらケットーシィ、何ですか! お行儀が悪いですよ」
その変な走り方は、モソモソ家では咎められるべきことらしい。
「良いじゃないか、ケットーシィも友達が出来て燥いでるんだろう――キリッ」
嫁の肩に手を回す、旦那。
「ええい気色の悪い! いつまで気取っているのっ、ぅあなたわぁ!」
スパパパッパパッシィィィイィンッ――――ォォゥン!
轟き渡る扇杖――火縄のような残響。
「どこへ行くんだ?」
急いで後をつけると、猫は女神像横に作られた大きな扉を――ドゴッヴォヴゥン♪
アダマンタイトで、殴りつける。
ガチャン――ギギギィィ♪
開いた扉の向こうには――草原が広がり。
甲冑姿の男たちが、むさ苦しく――剣を振っていた。




