５３６：旧カピパラポテパケギウス領ザンクネリキキマギバネロベネグラムタタラディッシュ新町、町内紛争勃発
「な、何かね貴様らは!?」
がやがやどやどや！
「あとから出てきて物を申すでないわ！」
ガチャガチャガチャガチャチャ！
一通りざわつきを見せた後で、次第に気勢を上げていく古めかしい連中が――ズザッ！
手にした小旗を、槍のように構えた。
ばか、敵対行動と見なされるぞ？
「こぉーん♪ 誰に物を言っておられるのかしらぁ――えっと、ここはなんて言ったかしら？」
コツリ――一歩、いや半歩前に出た、赤い鉄靴が止まる。
スッ――赤い甲冑姿の背後に傅く、白い給仕服姿。
何かの書類を、ぺらりと捲った。
「ツツィア子爵領近くの、トリュフ橋近くの町です。正式な地名は、旧カピパラポテパケギウス領ザンクネリキキマギバネロベネグラムタタラディッシュ新町になります」
すげぇ、初見で言い淀みすらしねぇ。
「ほほう、我が領地を田舎となじるか、小娘どもうぉっほんおっふぉん！」
ガッシャリッ、ガッシャリッ！
一歩まえへ出る、とんでもなく傾いた甲冑。
上下左右で色違い。兜も真ん中で、紫と青に分かれてやがる。
ヴウウヴヴヴゥウゥウゥゥヴ――――♪
何かを堪えているのか、肩をすくめ蜂のように震える、給仕服姿。
その顔には、蜂の目のような物が張り付いていた。
離れて見ればそれは、人の大きさの蜂に見えなくもなく――
「「ひいいいぃぃぃぃっ!?」」
騎士の何人かを、怯えさせた。
靴底が床に跳ねて――ゴカカカカカカカカッ！
「ひぃぃぃぃぃぃっ!?」
フッカ嬢の怯えた声が聞こえる。
やめてやれ、蜂の魔物。
こうなるから央都へ、置いてきたのによ。
「はぁ？ ラスクトール山が見えるここが、田舎ぁですってぇ!? ケェーッタケタケタ、ケケタァッ♪」
兜を跳ね上げ、中の白面も額へ押し上げた、ご令嬢が――
その高貴な顔でツツィア子爵さまとやらを、煽り立てる。
「片っ腹っ痛いっですわっ♪」
猫を護衛ニゲル青年に預け――腰に両手。
おい。姫さんわぁ、何で威張ってやがるんだぜ？
ふぉん♪
『＞央都からの距離を都会度の指針とするなら、最東端であるガムラン町は最大級に田舎であると、豪語しているのではないかと』
「まあ何でもよい。良く聞けいっ！」
「そこに有る長大なアダマンタイト鉱石はっ、大陸全土を揺るがすほどの物ぉーっ！」
「うぉっほほほん♪ おいそれと下々の者に渡すわけにはいかぁぁん！」
建前だか本音だかが、漏れ出てきたぞ？
「ふぅ、た、確かにここ、旧カピパラポテパケギウス領ザンクネリキキマギバネロベネグラムタタラディッシュ新町内で採れた発掘物に関しては、ツツィア子爵家が優先的に買い取れることになっておりますが、旧カピパラポテパケギウス領ザンクネリキキマギバネロベネグラムタタラディッシュ新町町長に買い取り打診の優先権があり、その裁定には４８時間の猶予がございます――――ヴヴヴヴヴウウヴヴヴヴッ♪」
さすがは蜂女だがぁ――「おい、それ止めてやれや」
フッカが怯えるからよぉ。
「……はい……はい？ ご用は何でしょうか、リオレイニアさん？」
なぜか少女メイド・タターが、元上司であるルガレイニアへ駆け寄った。
「ぅぬぅ？ そこの小間使い。今、何と申した？」
史上二例目らしい長さを誇る、超希少特選鉱石。
それを前にして、そんな些末なメイドの名を騎士の一人が気にしだした。
ざわざわざわざわわ、ガッチャガッチャガッチャチャチャチャッ！
「おい、その名は――」「辺境――」「何……だと――」
何やら会話が飛び交い、慌てる騎士たち。
「その、全身を血塗られたような甲冑！」
「その、横柄な態度！」
「そしてその、天を穿つ狐の耳――ま、まさかっ!?」
伝播するのは、狐の正体か。
「ぎぃひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ――――ル、ルリーロさまがぁ――でーたーぞぎゅぽ!?」
スッパァァァァン――――！
ツツィア子爵たちを、さて置き――
驚嘆の声を上げた、ミギアーフ・モソモソ。
それを窘めたのは、クロウリンデ・モソモソ。
――――ォゥンォンォン！
まるで火縄のような残響に、モソモソ邸は静まりかえった。
「ぐっ、っぷぐひゅひぃ♪ ま、まさか〝扇杖の炎鬼〟と出くわすとは――一生の不覚っ！」
くの字に折れ曲がり――ぽとりと地に墜ちる、等身大の蜂女。
「お、お初にお目にかかります、ルリーロさま。いえ魔導騎士団総大将さま！」
跪く扇杖の炎鬼。
「んぅ――？ 〝扇杖の炎鬼〟――昔、レーニ……ルーガレから聞いたことがあったような？」
赤い甲冑姿が尋ねようにも、白い給仕服の蜂女は、すでに事切れている。
手足をひくつかせ、転がる様は――本当に死んだ蜂のようだ。
「いえそんな、いまは一線を退いておりますので――ぅあなた！ いつまで、ひっくり返っているのです！ ルリーロさまの御前ですよ!?」
パッシパッシパパシィン♪
尻を叩かれコロンと起き上がり――再び這いつくばるおっさん。
「いえその――ということは、まさかこちらは――かの有名な〝針刺し男!?」
甲冑姿が、這いつくばる痩せこけた男を――繁々と見つめる。
「決して有名などではございませんが、針刺し男ニードラーにございます。ルリーロさま――キリッ」
「あれ？ ぅっひょぽろぉーんとか言わなくなっちまったぞ？」
フッカ母が、叩きすぎたんじゃね？
「最後にお会いしたのは、もう２０年も前になりましょうか。大変お懐かしゅうございます――キリッ」
さっきまでの姿が嘘のよう。
背筋が伸び、おどおどした様子はみじんもなく
「おっさんが――まともになっちまったぞ!?」
フッカには悪ぃが、超気色わりぃ！
「ちょっと、超イケおじじゃないのさ。まるで興味は無いけど……どーしたの急に、良い面構えになっちゃってさっ？」
やい、丸茸やーい。
お貴族さまの話に――〝首〟を突っ込むなってんだぜ。
「「「「「〝蒼焔の……亡霊姫〟!?」」」」」
ツツィア子爵と騎士たちが畏怖の念からか、二つ名をつぶやいた。
「聞いて驚きなさぁいな――私の名は、リカルル・リ・コントゥル！ コントゥル辺境伯家次期当主にして、コントゥル辺境伯家名代ルリーロ・イナリィ・コントゥルの娘ですわっ♪」
ばちぃーん♪
目に虫……じゃなかった、見得を切りやがった。
――――とすん♡
なんだぜ今の音ぁ？
振り返ればニゲルの奴が、ひっくり返ってた。
――――どごずずぅん！
モソモソ家の応接室に亀裂が入り――
ニゲルが、くの字に折れ曲がり――
安物の剣帯が切れ――ゴガンッ！
まるで勇者を待つ聖剣のように、しっかりと床に突き刺さった。
「ふっぎゃぁー!?」
お猫さまが四つ足で、逃げ惑う。
なんだアレ、どうなった？
ふぉん♪
『＞子細わかりかねますが、現を抜かしたニゲル青年のスキルが誤作動を起こしたようです』
「まったくもう。私をあんな規格外の化け物と、一緒にしないでくださるかしらっ！」
そうだなー。
妖弧と比べりゃ姫さんは、かわいいもんだぜ。
「「「「「「「娘――？」」」」」」」
平伏したまま首をかしげるモソモソ夫妻と、ツツィア子爵関係者たち。
「むぅ――？」
「では――？」
「まさかっ――!?」
「魔物境界線の――!?」
「「「「「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁっ――――――――!?」」」」」
ヒヒィン、ガララッララララッ――――♪
来たときと同じように迅速な、引き際。
「「「「「聖剣切りだぁー！」」」」」
古めかしい甲冑の連中が、逃げていった。
「はははっ。奥方さまよか、恐れられてやんの」
よく考えたら姫さんは、抜けない聖剣をぶち折るような奴だったぜ。
