523:ツツィア子爵領紀行、旧カピパラポテパケギウス領ザンクネリキキマギバネロベネグラムタタラディッシュ新町へようこそ
「ほひょほぉうぅ? このおれっちの正体に気づくとわ、ただ者ではないなぁっ――ひゃっはぁっはぁあぁっ♪」
じっと見てると、人ではない何かに思えてきた。
しかも小悪党のような小ずるい顔が、満面の笑みを浮かべ――
あっちへカタカタ、こっちへカッタタタタタタと――
まったくもって、定まりゃしねぇ!
「店主殿よ、この者が向けているのは――害意か?」
ふぉん♪
『>シガミー、リオレイニアの痕跡を捉えたときの〝化生モード〟がONになっています」
惑わされねぇのは、火龍ゲイルと迅雷だけ。
迅雷は何かを検出したが、解析する間に笑い死にだ!
こいつぁ、やべぇ。超やべぇ――
すっぱぁぁぁん――♪
突然、白煙を放つ、おっさんの顔。
狼狽えるおれたちの前に、割って入ってきたのは――
「こらっ、あなたっ! また旅の方を困らせて、遊んでいたわねっ!」
魔術師の外套姿。
おっさんと比べたら、随分と質素だが――
編んだ長髪は艶やかで、顔色も血色が良かった。
「あ、〝面白れぇ〟のが消えた?」
予測演算とのズレも、解消されたぞ。
無数のおっさんの一秒後が、しゅるしゅると消え――
色の濃い、一人だけが残った。
「「ぎゃっ、猫の魔物が二匹も居るわっ、あなたっ!」」
おれとおにぎりの姿を見て、おののくご夫妻。
「どーしてっ、真・似・を・するんですのっ――――ひのたまぁ♪」
自分の旦那をひっぱたくのに使った、紙で出来た扇のような物は――
ふぉん♪
『>張り扇/はりおうぎ。ハリセン。講談師が調子を取るために使う、台を叩く紙製の扇。攻撃力は皆無だが、クリーンヒットするとそこそこの衝撃』
張り扇とやらは魔術師にとって、魔法杖でもあるらしい。
「お母さんっ!」
転がる父上殿を、片足で――カァァンッ♪
足で止めてやる、フッカ嬢。
「あら、チャッカちゃん。お帰りなさい」
おっさんをひっぱたき、火であぶったのは――
フッカの母上らしかった。
むくりと起き上がった、おっさんの頭がモコモコのフワフワで。
髭が渦を描いていて、びょびょびょびょびょびょびょびょ音まで立てやがる。
「も、もう勘弁してくれっ……」
この場に彼女が、リオレイニアが居なくて――本当によかった。
確かに、〝力ずくで笑わされる〟のは――
とてもとても苦しかった。
§
「先ほどは大変失礼致しました。おれっち……私がフォチャカの父、ミギアーフ・モソモソでっす。どうぞし・く・よ・ろぉーっ♪」
尻を向けたミギアーフ氏が、踏ん反りかえり――ガァァン!
地面に頭突きを、食らわせた。
ビギバキ――石畳が割れる。
モッサモサになった髪をひっつめるのにかぶった、あの丸帽子は兜のように硬いらしい。
「本当に、うちの人がヴァカでごめんなさい。フォチャカの母、クロウリンデ・モソモソに御座います。イオノファラーさま♪」
そう言って茅野姫の手を取る、フッカ母。
「うふふふ、苦しくありませんよ? プークス?」
茅野姫が、珍しく戸惑ってるな。
なんか、母親の方も何か……有りそうな気配が、しないことも無い。
おれたちは、半壊した家に通された。
ふぉん♪
『シガミー>迅雷、用心して邪魔するぞ』
ふぉん♪
『>了解。轟雷、いつでも使用できます』
§
「あのあの、馬車が、お家を壊しちゃってごめんなさい! すぐに直させますので――シガミー!」
テーブルの上で華麗なターンを決め、おれを指さす丸茸さま。
元から崩れかけてた、気もするが――
他ならぬ、フッカの家だぜ。
相当便利で頑丈で素敵な家に、建て直してやるのも――吝かじゃねぇ。
おにぎりと迅雷を使えば、そうだな――
ふぉん♪
『おにぎり>手伝うもの』
ふぉん♪
『>調度品を最低限にし、今の家を修復するだけなら、5分と掛かりません』
「(ウケケッ、それっ、お素敵じゃぁないのよさぁ♪)」
天井の一部に大穴が空いた……応接室らしき部屋を見わたす、丸茸。
「あら、かわいらしい茸ですこと、今晩のスープに入れようかしら?」
フッカ母が丸茸を、むんずとつかんで籠に入れた。
「そいつぁー、待ってくれねぇかぁ! そんな丸茸みたいな形をしちゃいるが、そいつさまは正真正銘美の女神・五百乃大角さまだからよ」
よっぽど敬虔なイオノフ教徒でもなければ、おいそれとは信じられんだろうが――
立場上、一応言っておく。
ヴォォォォゥン♪
飛んでった迅雷から、空飛ぶ丸い球がポトリと落ち――
『(>△<)』『(>△<)』
籠から飛び出してくる――球と女神御神体。
「クスクスクス、アナタは面白いことを仰られるのね?」
がしがしり。浮かぶ球と、それに乗った丸茸さまが――
再び、むんずと鷲づかみにされ、籠へ入れられた。
「……おい、フッカ?」
おれは出して座った長椅子の、隣へ声を掛ける。
「な、なぁに? シガミーちゃん?」
静かに息を呑むフッカ嬢。
「お前さんの母上は、とても元気でおれぁ大好きだが――」
母上殿は――「うふふふ♪」と籠を揺らしている。
「だ、大好きだが、なぁに?」
フッカの目が、かすかに泳いだ。
「なんか雑じゃね?」
分類的には、木さじ食堂の女将さんや、ウチの丸茸と同じ枠だぜ。
ふぉん♪
『>そうですね。類推するに動作や行動パターンに設けられた閾値が、際限なく〝低い〟のだと思われます』
わからん、けど〝雑〟ってことであってるか?
「もーっ、お母さんわっ! いっつも大雑把なんだからっ! よーっく見てっ! そんな、〝歌って踊れる茸〟なんて居ないでしょっ!?」
〝雑〟ってことで良いらしいぜ。
あと歌って踊れる茸は、籠の中に居るだろ。
「〽ツックッダーン、佃煮佃煮♪ お味ぃーが、染みてるてるるぅー♪」
籠から聞こえてきたのは、素っ頓狂な歌声。
なんだぜその、茸ソングわ。
ふぉん♪
『>楽曲生成ライブラリ稼働率0%です』
つまり?
ふぉん♪
『>鼻歌です。内容から察するに、先ほどイオノファラーが提示した手書きのレシピを表現していると思われ』
「〽グッラッターン、グラタングラタン♪ ベーコンと、チーズがのってる♪」
籠をのぞき込む、フッカ母。
「あらやーだ、この茸っ!?」
大慌てで取り出され、テーブルの上に転がされた――美の女神御神体と浮かぶ球。
「ウケッ? ダンスはちょっと自信ないわぁ――――?」
戸惑いつつも大慌てで、期待に応えるべく何かの準備を始める丸茸。
「ふぅ。ところで御主人。あの瓦礫……じゃ無かった、玄関先の看板は何でしょうか?」
丸茸の準備体操から目をそらした、顧問秘書が尋ねた。
§
おれたちは玄関へ赴き、荒ら屋を振り返る。
『旧カピパラポテパケギウス領ザンクネリキキマギバネロベネグラムタタラディッシュ新町役場』
一枚目は、町役場の看板。
『旧カピパラポテパ領ザキキギバベグラムタタラデッシ新町ギルド支部出張所』
二枚目は、ギルド支部出張所の看板
『旧パラベラム冒険者専用訓練ダンジョンへようこそ』
三枚目は、よくわからんがダンジョンの看板らしかった。
トリュフ橋で見た、やたらと長い町名。
それと同じ、看板たち。
最後の奴は長すぎて面倒になったのか――かなり短くされてた。
「ふぉっふぉっふぉっ♪ おれっちは、当町と当ダンジョンの管理を任されております。それが、な・に・か?」
カールした髭をギュッと伸ばして放す――ヒビビョビョビビビョン♪
スキルを使ってなくても、あんまり変わらんな。
「もっとも住人は私どもと使用人数名とー! 年間契約してくださっている冒険者の方のー! 計6名ほどしかおりませんが――!?」
母上殿のそんな大声。
扉が外れちまってるから、声がよく通る。
「やーめーてー!」
フッカのそんな声に、室内へ戻ると――
「この茸、鳴き声がうるさいですわね――絞めておきましょうか♪」
持ち上げられた魔法杖が、いまにも振り下ろされようとしていた。
「「やばいっ、超面白いっ♪」」
「興味深い」「面白な?」
「にゃぎゃー♪」「ひひぃん?」
みんな楽しそうだし、おれも丸茸が退治される所を是非見たい。
強化服の十連続平手打ちに匹敵する高威力がなければ、女神御神体は壊れない。
当然、放置だぜ♪
スッパァァァァァァァァァンッ♪
すっげぇー音!
ゴチン、ひっくり返る丸茸――じゃねぇ!?
ありゃ浮かぶ球だぜ?
てちり――。
姿を消した根菜が、机の縁に姿をあらわした。
「〽ツックッダーン、グッラッターン♪ ベッエコーン、佃・煮ィ――イェアハァーッ♪」
くるくるくるくるとあまり上手ではない足取りで、回りだす佃煮……じゃねぇ、丸茸。
ふぉん♪
『>丸茸でもありません。美の女神イオノファラーです』
スッパァァァァァァァァァンッ♪
すっげぇー音!
ゴチン、今度こそ、ひっくり返る丸茸――じゃねぇ!?
ありゃ魔法具箱か?
LV100のおれでも、使えねぇガラクタの。
「〽お味ぃーが、のってる♪ チーズとぉグラッターァンッ♪」
スッパァァァァァァァァァンッ♪
うるせぇ。あんまり挑発すんな!
ゴチン、ガドン、ゴロロ、ガララッ♪
あと、これ以上ガラクタを、ばら撒くんじゃねぇやい!
机の上は、すぐに混雑し――
「〽ごっはぁーんにもーぉ、合ーぅょねぇ――グラッタァーン、ごっはっ――――――――――――ぴゃぎっ!?」
スッ――――パァァァァァァァァァンッ♪
だから調子に乗るなって言ったんだ。
ひょいひょい、ぽいぽぽぽい――ガチャゴチャガッチャ!
〝使い道のない魔法具箱〟や、今まで見たことのない〝鉄の野菜のような物〟。
〝無事退治された丸茸〟や〝助けに入ろうとした空飛ぶ棒〟までもが――
次々と籠に入れられていく。
「奥さま。本日の晩さんの食材には、何を使いましょうか?」
そう言って顔をだした年配の使用人に、満杯になった籠が手渡された。




