522:ツツィア子爵領紀行、トリュフ橋をわたる
「長ぇ!」
トリュフ橋のたもとに、たどり着いた。
『この先、カピパ
ラポテパケギウ
ス領ザンクネリ
キキマギバネロ
ベネグラムタタ
ラディッシュ町』
立てられた看板に書かれた文字は、長すぎて6行もあった。
「本当だね」
「うん、長いね」
「そうわね♪」
「プークス♪」
「「「長いですねぇー」」」
「ウム、長いな」
「長ぞい」
「長いでスね」
「にゃにゃやー♪」
「ひひぃん?」
「ウケケッケケッ♪ これじゃ、〝トリュフ橋近くの町〟って言われるわけよねぇーん♪」
根菜いや、丸茸め。
〝橋の近くでは、うまい茸が沢山採れる〟って話をフッカに聞いてから、俄然張り切りやがって。
「そうだねー。その方が短くて済むもんね」
レイダが、うんうんと頷き――
「モソモソ家は橋向こうの坂を、上りきった所にあります」
フッカが道順を説明する。
渓谷の長さは……助走を付けたら、おれでも渡れそうなくらいか?
ふぉん♪
『>上空へ空撮ドローンを展開しました。トリュフ橋の全長、61・3メートルです。谷底までの距離は約89メートルで、川は流れていません』
龍の巣を見るのに使った板っぺらを飛ばして、道の先を調べたらしい。
もし迅雷が日の本に居たら……おれ一人で天下統一出来んじゃね?
ふぉん♪
『>はい。概算ですが約14年ほどで、〝天下太平〟出来ます』
出来るのかよっ!
けど14年ってことわぁ、前世のおれなら――
寿命との勝負になるなぁ。
ガララララッ、ガコガラララララララ――ッ♪
馬車は迅雷が機械腕を遠隔操作して、揺れなくなった。
ぽっきゅぽっきゅぽきゅぽきゅぽきゅきゅぽっきゅむんっ♪
おにぎり馬車は、石造りの橋を駆け抜け――
「おにぎりっ、止まって! 今おっきな茸見つけたぁんっ♪」
阿呆かっ、女神め!
フッカの両親と町の安否確認が先だって、決めただろうが!
ガララララッ、ガコガラララララララ――ッ♪
橋を渡りきると、長ぇ名の町に門は無く――
馬車は町へ進入した。
ぽっきゅぽっきゅぽききゅむっ――!?
軽快に加速していく、おにぎ――あれ?
「何この、凄い坂ぁっ!」
とんでもない急斜面で速度が落ちる、猫の馬。
「この上に人が住んでるのかぁ? まるで崖に棲む鳥の巣だぜ」
ガムラン近くの岩場や、央都の断崖絶壁に棲む天狗たち……ほどでは無いが、これは――
「こ、ここまで急では、無かったはずですけっ――どっ――ぉ!?」
驚愕し困惑のフォチャカ嬢。
「馬車で行けるのは、ここまでの様ですね」
顧問秘書が席を立とうとしたとき――
「にゃが――!」
ぽっきゅぽっきゅぽききゅむっ――!!
子馬を背負った猫の魔物が、気を発した。
「にゃにゃが――♪」
ぽっきゅぽっきゅぽききゅむっ――!!!
ぽっきゅぽっきゅぽききゅむっ――!!!!
ガッタガッタガチャチャタタッ♪
馬車が跳ね――うわぁーぎゃぁぁー!
子馬に繋がれた機械腕に、揺さぶられる。
「にゃにゃにゃが――♪」
ぽっきゅぽっきゅぽききゅむっ――!!!!!
人が手足を使っても、這い上がるのに苦労しそうな急斜面。
石畳の道は、とてもなめらかで――
「うみゃにゃにゃが――♪」
ぽっきゅするん、ぽっきゅぽききゅむっ――すするん!!!!!!
空回りする、おにぎりの足裏。
ガッタガッタガチャチャタタッ♪
ぽっきゅするん、ぽっきゅぽききゅむっ――すするん!!!!!!
ガッタガッタガチャチャタタッ♪
ぽっきゅするん、ぽっきゅぽききゅむっ――すするん!!!!!!
「おにぎりっ――――止めろ、止まれ!」
言ってはみたが、遅かったらしい。
ふぉん♪
『>極所作業用汎用強化服シシガニャン一号自律型個体名/おにぎりの演算稼働率が急上昇中。
姿勢制御状態、拡大。ジャイロマスター危険作動域へ突入』
「ふぎゃぁぁみゃにゃにゃぁぁぁごぉぉぉぉぉっ――――――――♪」
ぽっきゅむむぽっきゅむむむむむむむ、ぽききゅむむむむむむむむむむむむっ――――!!!!!!!!
ガガガッガガガッガガガガッガガガガガッ――――――――!!!
立っていたおれは、馬車の金網や幌に――ドッガッ、ゴォン!
「痛――っでぇっ!」
叩きつけられた!
ッギャギャッ――――ギュラララッララァァッ!
車輪が空転し――ふわぁり。
空中に投げ出されたような、感覚。
「ひひぃ――――――――ん?」
怯えた子馬の嘶きが、聞こえた気がする。
坂を駆け上がった馬車が――ほぼ真上を向いた。
「「「「「「「「「ぎゃぁぁぁぁあっ!!!!!!!!!!」」」」」」」」」
勢い余って――――ドドガァァァァァァァン!
正面にみえていた、荒ら屋に激突した!
§
「やっちまったぜ! 迅雷、周囲の警戒……は第四師団長もしてくれてるみたいだから――奥の方を見てきてくれ!」
女の童が魔法杖に腰掛け――上空を漂っている。
行動が早ぇ頼りになる、さすがは師団長だぜ。
「うぅぅぅうぅぅうぅぅっぉぉおぅ――!!!」
なんか苦しむ声が足下の瓦礫から聞こえてきた。
全員が降りた馬車と、あたりの瓦礫を――すぽん♪
おにぎりの背中の、収納魔法具箱にしまう。
すると――ごろどさり。
上下逆さまにひっくり返った、おっさんが転がり出てきた。
「お父さんっ!!」
駆けよるフッカ嬢。
なぬ――!?
「チャッカ!? どーしてここにーぃ!? ガムラン町の宿でっふ、働いていたはずでっふはっ!?」
抱き合う父娘。
感動的な再会だが――
どうにも納得がいかん。
娘の危地に私財を擲うち、〝希少な巻物〟を手に入れた人物。
しかもその中身が〝炎を消す高等魔術〟系であると、確信して購入したであろう――
類い希なる才覚の、持ち主。
そんな傑物であるはずの、彼の姿はあまりにも――
「ひゃっhっやひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃはy――――ぎゃひっ!? あまりにも面白すひて、舌はんひゃっひゃひゃひゃいひょ!」
うるせぇ根菜。舌を噛むから、もう黙ってろ。
「み、見たくないけど……見ちゃう♪」
「ワ、我は、精神作用系の攻撃を……受けているのか!?」
「こ、これは、レーニアおばさんに見せたら……命が危ないっ!」
わかる。共感しかねぇ。
今ここに蜂女さんが居なくて、本当に良かった。
ひゅるろらぁー、ゴカシャッ!
第四師団長も落ちた、頼りにならねぇ。
だがありゃ、並みの師団長クラスでも無理だ――
笑い上戸である蜂女には到底、耐えられる者ではない。
それを考えると央都での、あの謎の悪ふざ……茶目っ気。
〝フッカが怯えるから〟と、姪っ子と代わった原因。
あれは自分の身を守るために、〝蜂としての本能が目覚めた〟――と思えなくもない。
§
びぃんよよよおぉぉぉぉぉんっ♪
鼻の下に横たわる、一対の髭。
その先端がまるで、牛の角のように――ピーンと伸びている。
もっとも瓦礫に埋まったせいか、片方はポキリと折れちまってるけど。
おれたちの担任ヤーベルトよりも、痩せこけた体つき。
目鼻立ちは整っており、なんら面白いところは無いのだ。
着ている服が両袖と両足と襟と、ボタンとポケットの部分で――
綺麗に色分けされていて相当、胡散くさいことになっているが――
ソコでも無いのだ。
ふらふらぁ。かたかたよろり。
上半身と下半身の妙なズレ。
青白い相貌と相まって、もう何というか――そうだぜ。
「儚いんだっぜっ!」
言ってやったぜっ!
「「「「「ぷうっぐふっひ♪」」」♪」」
おれの見立ては的を射ていたらしく、何人かが吹いた。
幽玄に揺蕩う揺らぎが、不意に止まり――
落着きのない目線で、満面の笑顔を向けてくる。
もはや酔っ払いのような風体、なぜか目を奪われる些細な動き。
「「「「「「「ぷぅーっ、くすくすくすっ♪」」」」」」」
「ぷっげっらっ♪」
「ププークス♪」
人となりの、全てが面白かったが――
居るだけで全員を、笑顔に出来るだとぅ?
そこで、はたと気づいた。
ギュッ――目を閉じ腕時計のカバーを開き、中のボタンを押す。
シュボッ、カシカシカシ♪
瞼越しでも見える光の奔流――夜には使えんな。
体の形を縁取る別の方法を、あとで考えねぇと。
ふぉん♪
『>了解です、シガミー。ですが敵性は、検出されていませんが?』
やっぱりか、けど根菜と守銭奴には――見えてた。
刹那で着替えが――チキピピッ♪
完了した――ヴュパパパパッ♪
目を開ければ、強化服10号改の中。
おっさんの、足取りは――ゆっらゆらぁ♪
迅雷経由の予測演算を、遙かに凌駕し――――チチチィー♪
一秒後の影を、無数に増やしていく。
「やあやあ皆さん、ようへこらそへらゆらゆら――ぬやぬや、ぺけごも?」
乖離していく印象と、態度。
フッカのオヤジでも、許せねぇ!
「その面白ぇ顔を、止めろってぇんだぁぜっ!――♪」
あの動きと顔ぉ――何かのスキルかぁ、高等魔術だなぁぁぁぁっ!?




