521:ツツィア子爵領紀行、美の女神よみがえる記憶
「ねぇシガミーィ?」
根菜が甘えた声を出しやがる。
「なんでぇい?」
折角、出くわした馬車と速さ比べをしようと思ったのに――
逃げられちまったぜ。
「なんかぁ、お腹空かなぁい?」
「ひひひっひひぃぃぃぃぃん?」
やかましいな。
「ああもう、どうせなら早く言えや。さっきの町でなんか買えただろうがっ!」
ガムラン饅頭なら売るほど有るから、それでも喰ってろ。
ヴッ――ぽとっ!
しょっぱいのと甘いのが入った、紙箱を――
パカリと開けてやる。
「ひっひっひひぃぃぃん?」
ぷるぷると首を振る、でかい子馬。
なんだよ、嫌なのか?
「ウッケッケケェェェッ?」
うしろを振り向くと――
とんでもねぇ速さで首を左右に振って、奇声を発してやがる。
やめろや妖怪。
御神体は仮にも女神なんだから、ガムラン町以外ではしゃんとしてくれ。
「じゃあ取って置きの、名代饅頭を出してやるから――」
こっちの狐顔の饅頭は、なんと梅餡と尽生世味だぜ。
文句はあるまい?
ぽこ――こぉん♪
馬車最前列の専用台に載せられていた御神体が――てちり。
おれの頭の上に、舞い降りた。
「い・や・でーす。もう、なんかぁ珍しーぃ物おぉー所望しまっ――すぅぅん♪」
その素っ頓狂な声で、頭の上で喚かれると――
膝から崩れそうになるぜ。
「珍しいたってなぁ。ただでさえ今はダンジョンの奥でも行かねぇと、獲物が居ねぇってオルコがぼやいてたくらいだぞ」
ムシュル貝は大量にあるが、マンドラゴーラは全部使っちまったし。
ミノタウ肉ももう、それほど残ってねぇから――いよいよってときの最後の晩餐用に、鍵を掛けてしまってある。
「ダンジョンねぇ――迅雷クーン、この辺にさぁダンジョンわぁ有るぅー?」
てちてちてちてち――痛くはねぇが。
てちてちてちてち――超うぜえ。
「トリュフ橋向こウの町ニ、小規模ナダンジョンヲ発見しまシた」
ヴォォォォン♪
辺りの地図が表示される。
「町中に有んのか? 危なくね?」
危ねぇだろ?
「そうですね、ガムラン町ならいざ知らず、この内陸では冒険者は質量共に不足していますので――」
顧問秘書も、そう言ってる。
「ええええええええぇぇぇぇっ――!?」
驚愕のフッカ。驚いてやがる。
おれも馬車の中に戻り、みんなと一緒に地図を見た。
さっきのそこそこ大きな町、その町の図案に女神像の図案がくっ付いてる。
そこを東に進んで丁字路――
北にトリュフ橋、南にモップ渓谷。
橋向こうに、小さな女神像の図案が現れた。
「コの小サな女神像アイコンは、ギルド支部出張所のよウです」
学院廊下の突き当たりに有った、寸足らずの女神像と同じ物だ。
転移陣には繋がらない、機能限定の女神像デバイス。
「フッカ。何だぜ、このダンジョンわぁ?」
折角、土地の者が居るのだ。素直に訊く。
「私は知りません! 父や母や町のみんなは、無事なんでしょうかぁ!?」
涙目だぜ、何も知らんらしいな。
「おそらく、そのダンジョンのせいで正式な女神像を別の場所へ移し、住民たちもさっきの町あたりへ引っ越したのではないでしょうか?」
フッカを宥めるように、やさしく説明するマルチヴィル。
そーかもなー。
先の龍脈大移動に端を発した天変地異の数々。
地中深く眠っていたダンジョンが突如、地表に現れても不思議ではない。
「きっと大丈夫だぜ。さっきの町の様子だと、大事になってる感じはしなかっただろ?」
むしろおれたちは今、ここに居る。
もし困ってる奴が居たら、全力で助けてやれば良いだけだ。
「そ、そうですよねっ。父は頼りないところもありますけれど、逞しいところもあるので――きっと家族や町のみんなのために、尽力していると思います!」
ふぅ、持ち直してくれたぜ。
大陸全土で起きた天変地異では、死人こそ出なかったが(むしろ行方不明者が大量に発見され、人の数は増えた)――その原因はおれだ。
死んだおれを黄泉路から縒り合わせ、作り直すための――
反魂の術。その負い目の分は、返していくつもりだ。
「あ、あぁぁあぁぁぁ――――――――――――――――――――っ!!!!」
「やかましぃ! どーしたぁ!?」
うるせぇっ、五百乃大角めっ!
「すっかり、忘れてたんだけどっぉ――――っ!?」
地図を見つめ、根菜が震えている。
「だからなんだってんだぜっ――!?」
五百乃大角の飯のため。
ひいては世界の安寧のため。
おれぁもう二度と、死ぬわけにはいかねぇのだぜ。
ふぉふぉふぉん♪
『モルト・トリュフリュ【木陰の宝石】
ちいさな茸。鍋に入れるととてもおいしく、
あまりのおいしさに天啓を授かるとか授からないとか。
追加効果>適切な調理をすれば、食後一時的にMPが減らなくなり、
INT、AGR、LUKのいずれかが恒久的に上昇する。
ただし調理には熟達の料理人による、最高の仕事が必須。
失敗した料理を食した場合、HP最大値が大幅に減少する。』
何だぜ、邪魔な画面を出すんじゃねーぞ!
ふぉふぉふぉふぉふぉふぉふぉぉん♪
『ラゴラゥ・マツタゲ【凶夢】
焼いて食すととてもおいしく、特に酒のおつまみに最適。
追加効果>適切な調理をすれば、食後一時的にHPが減らなくなり、
STR、DEF、LUKのいずれかが恒久的に上昇する。
ただし調理には熟達の料理人による、最高の仕事が必須。
失敗した料理を食した場合、MP最大値が大幅に減少する。』
くそう、画面が茸の説明で、埋め尽くされちまった。
「これっ――魔王城で取ってきた、超めっずらしぃ茸さまぁなんだけどさぁー! すぅっっっっかり、わーすーれーてーたーわーぁん♪」
はぁ――!?
いつもいつも藪から棒に、今度は何の話だぜ!?
「この二つのウチ、一つは猪蟹屋もとい、この美の女神であらせられ奉られるところの、あたくしさまちゃんへの、お供物として献上して頂いていまぁーすぅ♪」
てちてちてちてち、すとととととととととととん♪
痛ぇなっ! 頭の上で、暴れるんじゃねぇーやいっ!
「コの茸にハ有効ナ魔術的薬効成分ト、危険な魔術的薬効成分ガ混在していルようです」
「これっ、今すぐ作ってっ♪」
ふぉぉん♪
何かを見て、書き写したらしい――
たどたどしくて、少し丸い文字。
追加で表示されたのは、二つの飯の作り方だった。
「なんでこんな出先で、言いやがる!?」
「仕方ないでしょっ! 橋の名前に似た名前の茸のことを、思い出しちゃったんだからさぁ!」
てちてちてちっ、ぎゅるるるるるるぅっ!
痛ぇ痛ぇ、回るんじゃねぇ!
髪の毛が、絡んだだろうがぁ!
「駄目だ駄目だぁっ! フッカの家族や町の住人の無事を確かめるのが先だぜっ!」
「茸きぃのこぉ、きのこっこぉぉぉぉぉぉぉおぉっ!」
ぎゅるるるるるるるるるるるるるるるるるるぅっ!
ブチブチィ――「痛ぇなっ!」
髪の毛が抜けただろーがぁっ、やめんかぁっ!
「ププークスクス♪ では町や、フォチャカさんのご家族の安否を確認次第、昼食を取るというのではいかがでしょうか?」
座席から飛びおりる茅野姫。
とたた――「よいしょ♪」
おれの頭の上で回る根菜を、ひょいとつかみ上げた。
ブチブチィ――「だから、痛ぇっつってんだろが!」
また抜けただろーがぁっ、いい加減にしろよお前らぁっ!
「しゃーねーな、そーするかぁ。お前さまも、それで良いな五百乃大角ぁ!」
「私も腕によりを掛けて、お料理をいたしますのでぇ、プークス?」
御者席から猫と狐が描かれた饅頭の箱を取ってきて、御神体専用台へ置く茅野姫。
「けどぉ、天風羅睺が、じたばたしてるよ?」
レイダが幌を広げ、御者席から外を覗き込んだ。
「本当だね」「うむ」「じたぼた?」
子供たちをどかして、天ぷら号の様子を見ると――
随分と元気を、無くしやがったなー。
「なるほど、ジタバタしとるな――神力棒じゃ腹は膨れんのかぁ?」
ヴッ――ぱしり。
取りだした神力棒を――「みゃぎゃぎゃにゃあ゛ぁー♪」
おにぎりに奪われた。
「むぐにゃぁー♪」
おにぎりは神力棒を、口(穴は空いてない)に咥えた。
そして、じたばたしていた相棒を、優しく抱き上げ――
背中に背負った――ぐらぁり。
「うわっととととぉ――――!?」
天ぷら号の鞍へ繋がる機械腕に、馬車の前輪が持ち上げられる。
ぽっきゅら――ぽっきゅぽっきゅぽきゅぽきゅぽぽきゅきゅぽきゅらららっらぁっ!
走りだすおにぎり。
揺れない構造の下に、猫の魔物が潜り込んだもんだから――
馬車は大揺れに揺れ、おれは頭を――ガゴォン!
御神体専用台に、思い切り打ちつけた。




