519:龍撃準備開始、ツツィア子爵領へ行こう
「よし、受け取ったな。じゃぁその金を貸してくれ。フォチャカの父上殿への特別報奨金にするから」
渡したそばから大金をぶんどるような真似をするやつぁ、本来なら素っ首落とされても仕方がねぇ――
……所なんだが今回は、王族の揉めごとと対魔王結界の中の業火を、一遍に収めねぇとならねぇわけで。
「よくわからないけど……わかったわ。フォチャカは宿の仕事を、とても頑張ってると聞いてるしね」
そういって金を置いたオルコトリアは――
折角の央都だからと、どこかへ走り去った。
奴ぁ本当に男前だな。
ふぉん♪
『>そうですね。頑固なところはありますが、誠実で理解しやすいです』
ヴォォォゥン♪
ずどどどどどどどどっ――――男前が駆けていった方向には、魔導騎士団の詰め所がある。
まあ何でも良いやな。
対魔王結界の中の業火が何でも、一緒に戦ってくれると約束してくれたからな。
§
私財をつぎ込みフォチャカ嬢に、マジックスクロールを託した、彼女の父親。
彼に会ってスクロールに関しての、詳しい話を聞きたい。
炎を食らい樹木へ変える、高等魔術。
〝炎曲の苗木〟を修得出来たという、その紙ぺら。
「もう一つ、宿廊るが欲しい」ってのが、轟雷が導き出した説破だ。
ふぉん♪
『ヒント>スクロール/紐で巻かれた書物。
巻物、ひいては魔法やスキルを覚えられるアイテムのこと』
うん。もしも手に入れられるなら、是非とも欲しい。
ふぉん♪
『>但し、<炎曲の苗木>はフォチャカ限定のユニーク・スキルですので、他の人間が習得することも使用することも不可能です』
それでもだぜ。似た巻物があるなら、探しておきたい。
轟雷がそう説破したんだからよ。
「それで、フォチャカさんのご実家はどちらですか? ヴヴヴヴヴッ♪」
肩をすくめ蜂のように震えてみせる、蜂の魔神。
靴底が床に跳ねて――ゴカカカカカカカカッ!「ひぃぃぃぃぃぃっ!?」
怯えるフッカ嬢。本当に怖いみてぇだな。
「やめてやれ、ルガさん」
まるで本当の蜂が、威嚇してるみてぇだろうが。
普段は優しいんだが、こう……なんかの弾みで――
ふぉん♪
『ホシガミー>意地悪スイッチが入ってしまうようですね、プークスクス?』
そうだなぁ。星神さまが、食堂とか小商いに傾倒してるみたいなもんなのかもなぁ。
「えーっとチャッカの家は、たしか……ツツィア領の――」
外套姿のチャタンパが、上を向いて思い出している。
「トリュフ橋の町じゃ……なかったっけ?」
短剣武器を身に纏ったリュカテークが、二の腕に付けた手裏剣状の刃に手を当てた。
こくりと頷く、ケープ姿のフッカ嬢。
「それでしたら大女神像で転移すれば、さほど時間は……帰りが問題ですね」
悪ふざけを止めた蜂女が、帰りの心配をしている。
「それは、大丈夫だぞ。こいつらを一緒に連れて行きゃぁ、どっからでも一瞬で戻ってこれる」
おれは根菜を茅野姫に持たせ、その背をぐいと突き出した。
「あらあらまぁまぁ、プークス♪」
女神御神体をうやうやしく掲げる、金糸のような髪の少女。
「ウケッケケケケケケーッ――♪」
掲げられ、踏ん反りかえる美の女神(笑)。
一緒に連れていくと、央都の守りが手薄になるが此処は――
行き来の時間を短縮するために、女神と茅野姫を連れて行く。
ふぉん♪
『>出かけている間に対魔王結界が決壊したり、巨木の果実をばらまかれて央都に巨木が林立したりしないことを願いましょう』
それしか有るまい。
万が一そんなことになったら、央都は終る。
ネネルド村の連中が、逞しすぎなんだ。
「では、私が行って口添えをした方が、話が早いかしら?」
とは、狐耳のご令嬢。
「いえ、お嬢さまが一定以上の規模の町へ赴かれますと、現地の子爵家が上へ下への大騒ぎになるかと」
とは、ルガ蜂顔のメイド。
「じゃぁ、僕が行こうかニャァ?」
フサフサの毛を揺らし、ニャァと鳴く。
「そうですね、マジック・スクロールに関してなら、我々ほど適任もいないかと」
手帳をパタリと閉じ、こっちを見る。
じゃぁ連れてくか。
「ツツィア子爵領でしたらサキラテ家の別宅が御座いますので、私も微力ながら――お力になれるかと」
水面のように辺りを映し出す、鏡の眼鏡。
おれや迅雷、フッカやミャッドたちの姿が小さく映りこんでいる。
「そうだニャァ……もし何か有ったときに、現地のツツィア伯爵家に顔が利くと助かるニャァ♪」
日の本でも余所者がうろつきゃ、揉めごとになったからなぁ。
けど、流れ者の冒険者は、どこにでも居んじゃね?
ふぉん♪
『イオノ>えっとね、ぺらぺらり、あった。地続きな隣町のギルドまでならクエストを受ければ、見とがめられることは無いみたいよ』
てことは隣町を越えて、クエストも無しで大所帯で居たら、結局目立っちまう訳か。
ふぉん♪
『>目的地のツツィア子爵領には、ルガレイニアの実家で有るサキラテ男爵領が隣接していますので、サキラテ一族のご息女がいれば大抵のことには便宜を図ってもらえると思われます』
そういうことか、じゃぁ連れて――
「いかがでしょうか? ヴヴヴヴヴッ♪」
肩をすくめ蜂のように震えてみせる、蜂の魔神。
靴底が床に跳ねて――ゴカカカカカカカカッ!
「ひぃぃぃぃぃぃっ!?」
フッカは、ひょっとしたら……蜂が苦手なのか?
「もう、やめてやれ」
おれは漂ってた迅雷をつかんで、蜂女の跳ねる肩を――
ぽんと押さえて止めた。
鬼娘といい、王都に来るとなんかの箍が外れちまうのか?
魔術、しかも高等魔術が得意な奴の心に触れる何かが、央都には有るのやもしれねぇ。
「じゃあ、あたし行きたい! 妹たちの顔を見てきたいっ!」
とはサキラテ家ご息女ビビビー。
「じゃあ、私もっ!」
レイダも、大きく手を上げた。
§
女神と茅野姫の護衛に、おれと迅雷。
顧問氏と秘書の護衛に、第七師団団長のご老体。
子供たちの護衛に、おにぎり。
向こうで馬車を引くのに、天ぷら号。
「向こうで調節してる余裕があるとは限らねぇから、行く奴は全員座席に座ってくれー!」
おれは高高度用馬車を取り出した。
「結局、8人もの大所帯になっちまったぜ」
馬車の金網の部分に、迅雷式隠れ蓑製の幌を――ぶわさぁっ、ぎゅっ、ぱちんぱちんぱちぱちぱちぱちん♪
「迅雷そっちはどーだ?」
「すべてのホックを閉じました。これで雨風に雷、火炎の球にも耐えます」
よし、良さそうだな。
「みゃにゃぎゃにゃぁー♪」
同じ色の子馬へ、颯爽と飛び乗るおにぎり。
「ひひっひひぃぃぃん?」
急に乗られ、背後を見ようとクルクル回り出す――
黄緑色の騎馬。
「座席がもう一つ、空いてるよ? タターちゃんも連れて行きたい」
足をブラブラさせるレイダが、いつものように余計なことを。
おにぎりの分が、たしかに空いちまったが――
「それならゲイル君も、連れて行こうよ」
ビビビーが椅子に座る少年を、指さした。
「座席が足りんし、どうせ話を聞いたら、すぐ戻るだけだぞ?」
「「それでも、みんなで行きたい!」」
遊びに行くつもりだな、こいつらぁ。
「ふぅ、そうしたら第四師団団長も連れてってやらんと……かわいそうだろうが」
座席を増やすか?
こんどは空の上を潰れるような速さで、カッ飛ぶわけじゃないから――
「じゃぁ、僕が残るニャァ。あの辺は景色が良いところだから、子供たちを連れて行ってあげて欲しいニャァ♪」
お優しいもんだな、ちょっと見直したぜ。
「そういうことならわしも、護衛の任を譲ろうかのう」
ご老体もか、さすがに人間が出来てやがるぜ。
そう言って、揃ってふたりが行く先には――
「がっはははははっはっ――――おらぁ、追加の酒もってこぉぉぉぉぃ!」
ノヴァドや年配の学者方たちが、昼間から酒盛りを始めてやがった。
くそう、羨ましいぜ!
おれも天狗装束に着替えて、混ざりたいくらいだ。
子爵領/上位領主から命じられ、その地に赴き根付いた者が治める土地。
男爵領/昔からの豪族が爵位を受け、治めている土地。
辺境伯領/王族や上位領主から叙勲された者が治める土地。
※トッカータ大陸における爵位制度には諸説有り、主な称号となります。




