518:龍撃準備開始、スクロールと特別報奨金
「私の父に話を聞きたい……のですか?」
茶を飲み、ひと息ついたフッカ嬢。
烏天狗が作ってやった、黄緑っていうか若草色の羽織。
法被を脱いだ彼女は、それを羽織ってくれている。
気に入って使ってくれているようで、何よりだ。
おにぎりの眩しいほどの黄緑よりは、落ちついた色。
ガムラン饅頭の塩餡のほうに、色合いがよく似ている。
ふぉん♪
『日夜シリーズ一式【終日】
全防御力日中336~夜半784(+229~+677)。
全魔法攻撃力日中342~夜半81(+143~-118)。
時間帯によって追加効果が変わる、
摩訶不思議な魔術師向け防具一式。
追加効果/日中INT+30/AGL+30
条件効果/日没中にHPが一割を切ると女神の加護により、
STR+30/ATK+30/VIT+30
装備条件/INT25。成人女性または、成人前の子供』
長ぇ、そうだぜ。
あの羽織とひと揃えは、コントゥル家が家宝にしても、おかしくねぇ位の代物だったぜ。
ふぉん♪
『>あのとき初めて一式装備を作ったのですから、やり過ぎてしまったのも仕方がありません』
だよなー。
「そうです。火山ダンジョンで使った高等魔術、〝炎曲の苗木〟。あれを修得した〝マジック・スクロール〟の出所を、知りたいだけです」
盆を持つ、蜂のお化けさんが、優しく微笑んだ。
「あ、あれは私の窮状を見かねた父が、財産をなげうって手に入れた物だと聞いていますぅー! すべて私のせいなんですぅー、どうかご容赦を――ガタブル!」
あれ、また怯えだしたぞ?
「レーニア。フッカは蜂のような顔が、怖いのではなくて?」
ご令嬢が拳を細顎に添え神妙な面持ちで、侍女兼友人を見つめる。
「怖い? 私がです――か?」
盆を小脇にはさみ、ずいと顔を寄せるルガレイニア。
「ひぃぃぃぃぃぃっ!?」
怯えるフッカ嬢。本当に怖いみてぇだな。
普段は猫の魔物とか子馬の魔物とか魔神の再来とか言われても、すぐ慣れちまうものだが。
「こらっ、チャッカ!」
「リオレイニアさんに、失礼でしょっ!」」
パーティーメンバーの二人は落ちついたのか、鏡目の蜂顔も平気らしい。
「失礼ということはありませんが、そう怯えさせてはかわいそうですね」
スッと鏡の眼鏡へ手を伸ばす、ルガレイニア。
「まてまて、外すな! これ以上、話をややこしくするなってんだぜ!」
この場の全員が前後不覚に陥り、大怪我をするほどの――
〝恋〟だかに落ちちまうだろうが。
「ふぅ、逆ですわフッカ。〝炎曲の苗木〟に目を付けたアナタのお父上を、称えることはあっても咎めることなど有りませんでしてよ!」
腰に両手。威圧しているようにも見えるが、シガミーや烏天狗や天狗を追いかけ回すときと比べたら――
優しいもんだぜ。
「お前さんの父上には……そうだなぁ、猪蟹屋から特別報奨金が出ることにするぞ」
今決めた!
§
「というわけでだ、この金をかしてくれ。央都の件が片付いたら倍にして返すからよ」
まるで渡世人の様な口上だが、しかたねぇ。
央都へ来てからこっち、店を買ったりして金を、どっさりと使っちまったからなぁ。
ここは黒板裏の小さな部屋。
ガチャリと机に置いたのは、『オルコ』と名入りの革袋。
これはオルコトリアから預かってたもんで、おにぎりの中から五百乃大角が見つけて取り出しちまった。
結局、天狗との一騎討ちは叶ってないから、フェスタの掛け金とは別にしておいた物だ。
追加の革袋の分は精算しちまったが、最初に天狗に寄こした分――なんだっけ?
ふぉん♪
『>ファイトマネーです。鬼族の風習による、特別報奨金の様な物です』
そうそれ、つまりは大事な金だろ。
ガムラン町の仲間に、不義理は出来ん。
「それは、好きに使えば良い。天狗殿へ一度、お渡しした物を受け取る道理は無いわっ!」
ゴガォォウ!
気迫いや、鬼拍に気圧された。
「いいや、受け取ってもらわねぇと、ちと困る」
といっても、一旦借りるんだがぁ。
「困る? なんで?」
パァァンッ――掌を拳で打ち付ける鬼娘。
脅されてる? おれぁ脅されてるのかぁ――助けろ迅雷!
「簡単なことじゃわい」
声に振りかえる鬼族、その四肢が――ごきん、ばきん!
倍化した。
天井からぶら下がるのは、天狗装束。
おれは今、烏天狗の装束で此処に居る。
つまり天井のは迅雷だ。
ふぉん♪
『シガミー>悪い、助かった』
ふぉん♪
『>いいえ。それで、この場はどう切り抜けますか?』
手を抜きゃぁ怒るだろうし――
「天狗殿っ、此処で――会っ――た――が――――――っ」
既に長剣は抜き放たれ、振り上げる太刀筋は――
まえにギルドを壊したときに、見たのと同じ。
それでも、いかなる修行によるのか。
その剣先は天狗を――貫いた。
ボッフゥワァン――――ガシャンッ♪
白煙を吐き飛んできた、丸められた天狗装束一式。
それを即座に、収納魔法具へ仕舞い――すぽん♪
うしろ手に独古杵を、解き放った。
「はぁぁっ!? 逃げたぁっ――!?」
ブゥォォォゥン――――「危ねっえっ!!!!!!」
鬼娘の長剣が、置いてあった豪奢な鳥の置物に――
ガッキュキッィ――ン!
手甲に付けた鋏で剣先をつまんだ。
止めねぇと壊れるし、壊したらまた金がかかっちまう。
ドガンッ、パッリィン♪
ちっ、長剣を止めた衝撃で、うしろの硝子が割れちまった。
「天狗殿が駄目ならぁ――シガミーでもぉー良いのよぉぉう?」
「何が?」って聞いたら、怒るだろうな。
当然、一騎討ちの果し合いの話だ。
「おれに勝っても、嫁にわぁ貰ってやれんぞぉ!? おれぁ、こう見えても女だからな?」
ガチィンと、剣先を突っ返してやる。
「わかってるわよ! もうね、戦わないと強くなれないのに、その相手が居ないんだもの、しょーがないでしょーっ!」
剣を下ろし涙目になる、綺麗な顔の鬼。
「な、なんだぜっ!? ま、魔物でも狩りに行きゃ良いじゃんか?」
砦むこうの森の奥に入れば、幾らでも強い奴に出くわすだろ?
「だからぁLV30以上の魔物がぁ、一切出なくなっちゃったのよ!」
そりゃ、初耳だぜ?
ふぉん♪
『イオノ>初耳わね』
ふぉん♪
『>女神像の魔物素材売買の統計情報には、まだ現れていません』
「それ、リカルルさまは、知ってるのか?」
聞いてみる。もし、そんなことになってるなら、戦闘狂の姫さんが黙ってるとは思えん。
「はっきりとは知らないと思う……ぐすん。ほら、リカルルは仕事さぼってたから」
あー、そこに繋がるのか。おれたちにも責任の一端はある……ようなねぇような。
「じゃあ尚更だぜ、オルコトリア。おまえこのまま、こっちに詰めとけ」
おれは割れた硝子を――すぽん♪
ヴッ――元どおりに直した。
単純な物なら、直すのは簡単だ。
「え、なんで? それにガムラン町を開けるわけには、行かないでしょー」
長剣をガチリと、鞘に収める鬼娘。
「けどこっちに居れば、下手したら龍と戦えるぞ?」
「龍……火龍のゲイル少年?」
何やら考えてる。
彼女は火龍ゲートルブと、戦ってないからな。
「ちがう、〝央都建国の戦い〟に出てくる古の龍だ」
言ってやった。
鬼娘の目が、見開かれた。
よし今だ――ガチャリッ♪
おれはもう一度、オルコトリアの財布を取り出した。
「カカカッ――そう言うわけじゃ。鬼の娘に央都に留まってもらう間、仕事を休ませる分の、給金代わりと思うて――受け取って――はくれ――ぬか――のぉ――う――ぅ」
狭い部屋に、天狗の声が木霊した。




