509:ギ術開発部研究所、閃雷石とわからん話
「あのさ、ルガさん?」
小さな魔法杖を仕舞う、冒険者仲間に声を掛ける。
「ルガさん? リオと呼……んでは、覆面の意味がありませんね。わかりました、以後ルガとお呼び下さい」
軽く腰を落としてみせる、神々しい……蜂のお化け?
そう考えると、あの初心者用魔法杖は――
彼女に持たせると、さながら蜂の毒針だな。
「で、さっきの名乗り……でもねぇ、茶番は何だぜ?」
ここに居る大人たちに、問うてみる。
「それはですね、戦いのまえに名乗りを上げると同時に――」
驚いたぜ。さっきのは本当に、いくさ前の名乗りだったらしい。
一騎討ちや小競り合いならいざ知らず、いくさ場で、ああも目立つことを良くやるもんだぜ。
「――上空へ設置された魔法を解除するための、雷系魔法を放つのですが――」
おい、設置魔法てのは聞いたことがねぇぞ。
ふぉん♪
『>イオノファラーから開示された攻略本の範囲中に、大規模戦闘用に開発された滞空する魔法具を使った罠が確認出来ました』
空飛ぶ魔法具? そいつぁやべえな。
ひとまず名乗りが必要だってのは、わかったが。
「――その行使に必要な特殊な魔石が、少し値が張るのですわ」
カパリと狐面を持ち上げ話す、赤いの。
魔物境界線、つまり人類の矢面の町。
そこの領主の娘が、央都の最大戦力を蹴散らした。
それなのに、それを問題にしてるやつがいねぇ。
「値が張る?」
おれは赤い甲冑を見つめる。
作ってやった便利なベルト型の甲冑入れは、ちゃんと使えてるみたいだ。
「そうですわ。私の剣にも一応付いていますのよ?」
そう言って豪奢な剣の柄頭を、カチャリと開く。
そこから取りだしたのは、小さな丸棒。
金ピカで、青い斑点がある――金属か?
どうもそれが、さっきの雷の元になるらしい。
あの豪奢な剣は聖剣をぶった切った物を打ち直した偽物だが、柄の部分は元のままだろうから――
雷を撃つ習慣は、相当な昔から有ったってことになる。
「私の魔法杖には付いていませんが、上空へ雷を放つのに〝ライトニングストーン〟をひとつ使用します」
蜂の魔神が、説明してくれる。
ふぉん♪
『ヒント>ライトニングストーン/閃雷石。詳細不明』
何も、わからんのか?
「央都の市場価格で10パケタするから節約のために、略式の家族割り雷魔法を使ったんだニャァ」
猫の顔を両手で押さえる顧問氏。
10パケタって言うと――15万円!?
串揚げで言うなら、1,000本にもなる。
価値としちゃ、そうだな……そいつが六個でネネルド村の、〝虹色の魔石〟と同じくらいか。
たしかに普通なら、おいそれと使えやしねぇが――
いくさ場でそれをケチると、死ぬからなぁ。
「誠にお恥ずかしい話ですが、われわれ魔導騎士団は万年金欠団と呼ばれて久しく……」
目を逸らす秘書。
逸らした先には、ソコソコ豪奢でしゃらあしゃらしたドレス姿。
見つめられた第一王女さまが――ソレはソレは流暢に口笛を吹き、そっぽを向いた。
ゴーレム開発資金がらみの話か?
けど王女の扱う素材は、魔王城近くでゴーレムに狩らせてたよな?
ふぉん♪
『>ひょっとしたら、その辺の事情が今回の〝王政不要論〟へ繋がっているのかも知れません』
そうかもなぁ。
「ふぅぅん? ま、魔導騎士団てぇのわぁ随分と、情けねぇ集団だな?」
思ったところを、遠慮無く言っておく。
「「「「「面目ない」ニャァ」を」ですじゃ」かぎりです」
その場に残った魔導騎士団関係者たちが、一斉に恐縮した。
§
魔導騎士団詰め所は央都で一番高い塔の、一階にあった。
そして、やっぱり逗留するための小さい城が立ち並んでいて――
敷地の大部分は訓練場で、併設された巨大な倉庫が外れに何個か建っている。
やや作りの良い会議室へ通された。
集まったのは、おれ、リオ……ルガさん、リカルル、ニゲル、ノヴァド、エクレア。
そしてラプトルとサウルースの、王族ご兄妹。
あと付いてきちまった、レイダとビビビーに、おにぎりに天ぷら号とゲイルも居るな。
ミャッドにマルチヴィル、師団長のケッピンと――
ご老体、童、顔の長い獣人。
それにお偉方を守る、護衛が数名。
20人を越えて、そこそこの人員になった。
央都の騒乱を鎮めるには、頼りないけど。
「では、どうしようか。ウチの兵隊がシガミーに歯が立たないのは実証済だし、ドコまで行っても単純な話になっちゃうけどニャァ?」
猫の額を叩き、悩んでみせる顧問氏。
央都における最大戦力、魔導騎士団の戦力不足には――同情するが。
「「どうしようか」はねぇだろうが。お前さんが連れて来たんだし、「簡単な話」でもなくねぇかぁ――!」
おれは机を、トンと叩いた。
その時、わさわさわさわさ。
微かな音を立てて、そーっと近づいてきたのは――
モサモサの布人間たち。
でた。でたぞ迅雷。モサモサ神官だ!
体中にお札のような物を、上から下までビッシリと貼りつけた連中。
初めて央都に来たときに、手合わせした。
あいつらは以外と厄介だったが、今日は赤いのと白いのと安物が居る。
わらわら、わらららら――カチャ、コトン。
もさもさもっ、さもさもさ――カチャカチャ、コトトン。
その、もっささ、ささぁーとした、寄っては引くような動き。
蹴散らすことは容易くても、やっぱり虚を突かれる。
そいつらが「どうぞ」と、茶を出してくれた。
「お? 悪ぃな」
猪蟹屋の頭巾は口元をぎゅっと持ち上げると、飲み食いが出来る。
伸縮自在で、刃を通さない。
こんな代物が、おれが居た日の本にあったら――
いくさの勝敗がすべて、塗り替えられたことだろう。
ぽこ――こぉん♪
「あらぁ、おいしそーな……お紅茶かしらぁん?」
おれは頭の上に顕現した、女神御神体を、がしりとつかんで――
机の上に解き放つ。
「ずずずずぅー、ぷはぁ♪ おいしい!」
「本当ですね」
「にゃみゃぎにゃあぁー♪」
「ヴィヴィー、ゲイル、おいしーね♪」
「ほんとね、レイダ♪」
「我は猪蟹屋の渋い茶の方が、好みだが」
「がっはははっ♪ まぁ、好き好きだなっ!」
「うまい♪ 二号店でも出したいかも」
「ひっひひぃん?」
「この茶葉はどこで、仕入れたんだい?」
「みなさん、お茶はお静かに嗜む物でしてよ」
「わいわいわいわいわわわい」
「がやがやがややややがやが」
騒々しい……なんか人が増えてね?
「ふぅー、うまい茶だな。それで……単純な話てのわ、何だぜ?」
おれはとおくから聞こえてくる、央都の惨状に思いをはせる。
各地領主の逗留部隊が、ひしめき合うような――
いくさ場へ向かう、行軍の音。
そんなのを聞かされたら、こちとら武者震いが出ちまう。
ミャッドが何を言ってやがるのか、わかるか?
ふぉん♪
『>現在我々が置かれている立場というのが、シガミーが考えたことでほぼ全てということを示唆しているのでは?』
迅雷まで、わっかっらんことをっ言うんじゃねぇやい!
「どー考えても一筋縄じゃぁ、いかんだろぉーがぁ!?」
祭り事てのは、勝ちゃぁ良いってもんでもねぇ。
それでもたしかに、いくさで負けるよりゃ良いんだが。
「ふぅ――カチャ♪」
カップを置く、赤いの。
「この世界を脅かす魔王軍や変異種を、倒すこと――」
彼女が甲冑の下に着ているのは、多少派手だが豪奢なドレスでは無い。
「ふぅ――カチャ♪ それに勝る優先順は、ありません」
蜂の魔神が着ているのは、猪蟹屋標準装備。
「ふぅ――カチャ♪ 魔物境界線ガムランの戦力は、央都のそれとは別物です。なので私のゴーレム開発は急務とされているのですらぁん!」
第一王女殿下の格好が、いつの間に着替えたのか――
作業着姿になっていた。
「ふふるぅーん♪ すすぅー!」
優雅に紅茶をすする、第一王子殿下。
魔導騎士団は、お前さまが率いているんじゃ無いのか?
それが用なしと言われているのに、随分と余裕があるな?
「ずずずーぅ?」
おれは茶をすする。
モサモサ神官が出してくれた、茶はうまいが――
ミャッドが言ってることが、理解出来ん。
迅雷の説明も、要領を得んなら――
轟雷を着るしかねぇかぁ。
着りゃぁ、頓知も働くだろう。