507:魔導騎士団寮、猪蟹屋一味
「猪蟹屋一味だぁ!? 冗談は止してくれっ! ただでさえガムラン近辺じゃ「滅せよ」禁止扱いなんだぜ!」
これ以上の悪目立ちは商売、ひいては食材の調達に影響が出る。
ヴォォゥン♪
『ヒーノモトー国からの来訪者はガムラン町内において、
戦闘特化型呪文の使用を全面的に禁止する。
コントゥル領領主代理 リカルル・リ・コントゥル■
コントゥル家名代 ルリーロ・イナリィ・コントゥル■』
目の端に表示されたのは、そんな看板の映像。
少なくともガムランの町中に、この〝滅せよ禁止〟を謳う看板が四枚も設置されている。
「あらそれを禁止されてるのは、日の本勢の方たちだけですわ♪」
〝戦闘特化型呪文〟を使うのは、主におれだ。
姫さんや奥方さまが使うことがあっても、「滅せよ」を当てにした戦いはしていない。
「何と言うことでしょう、群雄割拠の央都はこれから……商売どころでは……なくなってしまいますね、ぐすぐすん?」
肩を落とす茅野姫。
黒板横の扉が、ひらいていた。
「ふふ、ご安心なさってくださいな。私コントゥルの名を汚すつもりは毛頭、御座いませんでしてよ……そしてレーニアがお世話になる猪蟹屋のぉ名ぁもぉ、クツクツクツクツ――ココォォン♪」
ぼっわっ――目から炎が、小さく流れた。
名を汚すつもりはなくても、家宝の甲冑を着てる以上――
100%、荒事はするつもりだ。
というより既に、塔を一つ壊して来てる。
「そうだよねっ、王家が封印してたマナの源流を更地にしたくらいじゃ――猪蟹屋はまったく全然これっぽっちも、揺るがないよねっシガミー♪」
馬鹿野郎、アレをやったのは、おにぎりだろうが――
揺らぐ揺らぐぜ、猪蟹屋ぁ。
大講堂がざわつき、『魔神対策本部』の看板が、かたりと傾いた。
不穏な空気が満ちたこの場を、なごませようとして――
子供がいつものように、余計な口を挟んだだけだったが。
「あれっ? なんか、騒々しくなっちゃった?」
オロオロするレイダを、ビビビーと魔神がなだめる。
わかってるよ、悪気なんかねぇのわぁ。
それにレイダはおれに出来た、来世で初めての友達だ。
そんな不安な顔を、向けるんじゃねぇー。
ふぉん♪
『シガミー>迅雷、轟雷の準備だけはしとけ』
ふぉん♪
『>轟雷ならすでに修理、調整済です』
よし。
「みなさぁーん。ソレにつきましてわぁ私ぃー、第一王女の名において、既に事故だったと証言致していますららぁぁん♪」
ゴーレム王女は未だに、央都では畏怖されているようで。
静まりかえる大講堂。
今回ばかりは、マジで助かった。
彼女のゴーレム工房へ納品する予定の、軍用全天球レンズ。
頑張って夜業をして、遅れないようにするとココに誓う。
「シガミー! さっきレーニアが顔に巻いてた黒い布、ここに居る全員分、用意出来るかしら?」
止めろ止めて、舌なめずりをするな。
コントゥル家次期当主のそんな横顔をみて、頬を染めるのは――
〝万年ルーキー〟と噂される、彼くらいのものだ。
黒っぽい制服に、安物の装備一式。
髪から靴まで総じて黒く、黒騎士の異名を持つ護衛騎士(新婚)とは別な意味で黒ずくめ。
他にも〝ガムランの狼〟、〝メンテナンスフリー〟、〝LV不詳事〟などと揶揄される安物装備で固めた彼は――
正直、この場に居る誰よりも強い。
だがそれを確信しているのは、まだおれだけだ。
「では一枚、3キーヌで、くすくす♪」
茅野姫が大講堂の入り口付近に、いつの間にか店を広げていた。
折りたたまれた黒頭巾が、次々と叩き売られていく。
「あっ、居たですじゃぁ! カヤノヒメさま、我々も、お手伝いいたしますじゃぁ♪」
わわわわららー♪
どたたたたっ!
あーあー、神域惑星に繋がるドアを通って、ネネルド村村民まで傾れ込んできちまった。
このままだと、央都猪蟹屋は天狗郎党として、再編。
ココに居る全員が、黒頭巾をかぶり――
今回の火龍狙撃に端を発した事件に――
立ち向かっていくことに、なりかねねぇー!
「んなわけにぃーいくかぁーっ! おれぁ一人になっても抵抗するぞ! 猪蟹屋は五百乃大角がうまい飯を食うために、おれが作ったもんだぜ!」
何がなんでも五百乃大角へのおかわりを、平穏無事によそってやる。
それが出来なきゃ、この世が続かん!
§
なんて思っていた時期が、おれにも有りましたとさ。
「なるほど。顔がわからなきゃ、多少の無理も利くってわけだな」
だが。
「おなじ黒頭巾じゃ、天狗と烏天狗の立場が悪くなるだろーが!」
やっぱり、だめだだめだ!
「そんなこともあろうかと、クスクース?」
ニタリと笑う行商人が、手にした黒頭巾を――
ぶわさりと裏返した。
黒地の裏は真っ白で――
「これなら天狗さまたちに、迷惑も掛からないでしょう?」
がさごそ。がさささごそそそそっ。
早速、黒頭巾をしてた奴らが、白頭巾へと替わっていく。
がさごそ、きゅっ、カチャリ――ピピッ♪
教卓の下で、頭巾を巻き直した魔神も立ちあがる。
その様子は、だいぶ変わっていた。
黒地に鏡の眼鏡。
それは悪しき者を彷彿とさせたが――
白地に鏡の眼鏡は――
どこか神々しさというか。
「ではコレより我々は――何と名乗りましょうか? イオノファラーさま」
赤い甲冑がコッチを向いた。
「そうわねぇ……ふむむむむぅーっ?」
おれの頭上。定位置に陣取る、美の女神御神体が――
大講堂を見わたす気配。
「きめたっ♪ 〝白天狗党〟なんてぇー、どぉおぅかぁしぃる――むぎゃっ!?」
頭の上から根菜を、ばりばりと引っぺがす。
「だめだだめだ、五百乃大角め! 〝天狗〟って入っちまってるじゃんか!」
天狗も烏天狗もおれの大事な、別の姿だぜ。
使えなくなったら、あとが面倒になる。
「では、魔導騎士団直属の近衛兵部隊と言うことでは、いかがかるるぅん?」
あ、王子殿下だ。
いたのか、忘れてたぜ。
大事があってはいけないからと、王女とリカルル以外のお貴族さま(サキラテ家除く)には――
自分たちの央都別邸へ、引っ込んでもらっている。




