506:魔導騎士団寮、魔神ルガレイニア対策本部
「リカルルさまわぁー、〝対策本部〟が好きだなー」
長机に座る、おれたち。
その首が一斉に、大講堂入り口へ向けられた。
『魔神ルガレイニア対策本部』という立て看板をまえに、ほくそ笑むリカルル。
カツコツカツコツカツ――――コツーン!
颯爽と壇上へ進み出る、次期コントゥル辺境伯領当主。
「本日、皆さまにお集まり頂きましたのは、現在、央都を恐怖のどん底に叩き落としている、他でもない例のアレに対する処遇について議論を交わすためでしてよ♪」
ふふんと腰に手。家宝である甲冑一式が格納された、収納魔法具(赤)がギラリと輝いている。
アレだけの大破壊工作をしてきたばかりだってのに、まるで悪びれるところがねぇ。
あの肝の太さには、すこし感心するぜ。
「では現在逃走中の、魔神の再来の再来の再来の再来にして――」
さっき看板を立て、開け放したままの入り口へ向かって――手を伸ばすリカルル嬢。
「〝再来〟が……ひそひそ……一個多いよね?」
子供め、また余計なことを言うな。
カツコツカツコツン――壇上へ怖ず怖ずと上がった、その人物。
猪蟹屋装備の白いメイド服は、見た目は普通のと変わらないが――
黒頭巾の上から鏡の眼鏡を掛けているから、風体としては相当怪しい。
「ど、どうも、魔神……? ルガ……レイニアです。みなさまどうぞよしなに?」
カンペを棒読みの、魔神ルガレイニアさんが現れた。
つい昨日まで、女神の生まれ変わりとか言われて……たのになぁ。
それでもカンペをエプロンのポケットにしまい――
腰を落とし、片足を後ろに引く――それだけの仕草。
それは彼女の身の証、たり得た。
ぱちぱちぺちぺちり――――まばらな拍手まで貰ってる。
「ぎゃっ――魔神!?」
「魔神って魔王――!?」
ざわわわーん、がやややーん!
それでもやっぱり、後から駆けつけた学者方なんかは、すこし、ざわついてるか。
初見はどうしても驚く、必要があるらしいぜ。
「それって、このあいだ緊急配備した〝対魔王結界〟と関係が?」
めざとい学者方が、そんなことを言い当てる。
そうだぜ、超関係があるぜ。
話の前後が、逆だがなぁ!
星神の奴をネネルド湖へ置いてきて、良かったかも知れねぇ。
これほど面白……雑然とした状況に、奴を置くと――
守銭奴気味の血がどれほど騒ぐか、予測が付かんからな。
§
さっそく議論を始めた学者方たちは、ことさら優秀だった。
いつもおれたちがやってた猪蟹屋会議とは、雲泥の差。
物事が次々と〝箱に収まる〟ように、整頓されて行きやがる。
「直上に卵……いや巨木の果実がある場所で、破邪の高等魔術を使うと果実が落ちてくる。ここまでは良いかニャァー?」
議論をまとめるのは、学者どもの長である顧問氏。
カリカリカリッ――ピッ♪
猪蟹屋が支給した黒板を、即使いこなす顧問秘書。
その原因と結果の相関図は背後の黒板にも、大きく映し出されている。
「じゃぁ、ひょっとしてネネルド村の巨木は、村の誰かが破邪の高騰魔術を使って――」
がやややや。
「――タネとなる果実を、撃ち込まれた!?」
わやややや。
白熱する議論。
ポポポポッ――チチチッ♪
ヒュパパパ――ピィー♪
教卓の上に広げた黒板(特大)へ、学者どもの手が伸びる。
あれよという間に、ネネルド村へ飛んでいく果実の軌道が――
割り出された。
「いや狙われたのは、飛行中の火龍ゲイルだぜ?」
おれも知ってることは、どんどん口を挟んでおく。
そういやゲイル少年は、どこ行った?
「じゃぁそのとき、リオレイニアさん……魔神ルガレイニアさんは、どこに居たんですか?」
フワフワモコモコの巻き毛が、揺れた。
ルリーロの山菜魔法杖みたいな双角を、ギュッとこちらへ向ける頭突き女。
「執務官にも言いましたが、央都猪蟹屋に居ました」
央都側から果実が撃ち込まれたことは、疑いようはない。
それでも狙われた空路は、央都北側の城壁を越えた先にあるのだ。
ピッ――ばこん♪
黒板に地図が、映し出された。
地図上を飛んでいく、弓形の果実。
央都猪蟹屋から城壁を越えて、撃ち出された場合。
その果実は到底、ネネルド村までは届かず――ひゅぼがぁぁんと途中で落ちた。
「じゃあそろそろ別の、アプローチをしようニャァ♪」
そう顧問氏が切り出したのは――
「結局この〝灼熱の炎を噴き出す果実〟から、どうやって巨木が生え茂ったのかニャァ?」
そりゃネネルド村の奴らに、真っ先に聞いたが――
「ドーンて揺れたら、ズゴーンと生えてたって言ってたよね」
子供が口を挟んだ。
「巨木ねぇーん。魔王城からも見えたくらいの、あの大きな木と同じ植物と考えるのがぁー妥当よねぇーん?」
ビビビーの手のひらの上で寝転がってた御神体さまも、口を挟む。
召喚の塔だかがあった場所。
マナや地下水の源流らしい、今思えば神聖な地。
あまりソッチへ話を、持って行くなよ。
あれを壊滅させたのは、わざとじゃねぇがまさに――
猪蟹屋だからな。
「けど、〝火を吐く木〟なんて燃えちまうに決まって――あっ!」
話を逸らそうとしたら、あることに思い至った。
〝火を吐く木〟ではないが〝火に強い木〟なら、心当たりがあったのだ。
火山ダンジョンへ赴いた、魔王城クエスト参加者が、顔を見合わせる。
「フッカの火を消す木っ!」
今彼女はガムラン町で、温泉宿の手伝いをしてると聞いている。
忙しいだろうなぁ。
それにおれたちが知りたいのは、やっぱり――
〝火から生い茂る木〟じゃなくて。
炎を吐く果実から、〝木が生える仕組み〟なわけで。
あれ、どういうわけだか……まさに。
〝フッカのスキルだか、高等魔術だかの話をしてる〟気がしてきた気がしないでもなくね?
「けど下手に呼びつけたら今度わぁ、ネネルド村壊滅の犯人にされそうな気が……してきたぜ」
王家を蹴落とそうとしてる連中の、腹づもりからして――
炎から大木なんて生やしたが最後、言いがかりを付けないわけがない。
「あら、それ良いですわねっ♪ 央都を火の海に変え、最果ての村を壊滅させた――猪蟹屋一味!」
すてきっ♪ じゃねぇーだろうが!
このガムランの姫さんわぁ、一体何を言い出したがったんだぁ――!?