505:王城地下三階、赤いのと黒いのと
「ヴュザッ――聞こえてるだろっ、いまこそ使え! 猪蟹屋標準規格のメイド服さえ着りゃ、何が起きても耐えられる――」
蜂の顔をした魔人が顔に貼りつけているのは、本式の〝白狐の面〟その複製品だ。
猪蟹屋通信プロトコルに準拠した、あの鏡の眼鏡。
裏側には一行文字により、こちらの状況説明が流れており――
おれやレイダの声も、彼女にだけ聞こえている。
〝魔眼殺しVer2〟を外せば、封じられている美の権化としてのスキル〝魅了の神眼〟が発動する。
そしておれの頭上には、祭神である美の女神御神体さまが乗っかってる。
〝女神の加護〟も〝女神の祝福〟も、御利益をフルに発揮するだろう。
あんな小役人など、ひと捻りだ。
虜にしたらしたで、また別の危険が生じるかもしれんが――
ふぉん♪
『>手首に巻いた、猪蟹屋標準支給ウェアラブルデバイスSSWー01LRを作動させてください』
あの場には、迅雷が居る。
ふぉん♪
『ヒント>文字盤に表示されたガイダンスに従ってください』
ヴォン♪
『セーフティーカバーを
下方向へ押し開き、
内部のスイッチを
押してください』
ヒントや腕時計に表示された文字に従う、リオレイニア。
シュボッと、手首が光る。
カシカシカシと、その全身が、光の奔流で縁取られていく。
それは一瞬、チキピピッ♪
刹那で着替えが、完了した。
ルガ蜂魔神メイドが――黒頭巾メイドへと早変わりした。
「ヴヴュザッ――あ、あやしい!――」
「ヴュザッ――レーニアおばさん、超あやしい!――」
おい、黒頭巾に変わってんじゃんか!
ふぉん♪
『>装備リスト変更と設定更新をしていませんでした』
「おのれ、やっぱり怪しい奴っ!」
やべぇ――――迅雷、今すぐ助けに入れ!
§
「――ドガガガガッガガァァァァン――――ギュバッゴォォォォォォンッ!――」
舞う噴煙、崩れ落ちる壁天井。
衛兵たちの叫びが、大講堂に轟いた。
「ああああぁぁー、やっぱり!」
たたたたと窓際へ駆けていく、ビビビー。
おれも後を追う。
「ありゃぁ、リオが居る王城の方だぜ?」
騒音は黒板に貼り付けた映像から、だけじゃなくて――
王城側からも、聞こえてきた。
やがやややや!?
わざわわわざ!?
おれたちに遅れて、窓に張りつく学者方たち。
こぉぉぉぉぉん。
なんか、そんな音……いや、声が聞こえた気がするぞ?
チュチュィィィィィィンッ――――――――――――――――!!
大女神像の周りにある、四つの塔のうちの一つ。
それが下から上まで、ぼぼぼぼんと。
小さな白煙を吐いた、と思ったときには――
すでに塔は、崩れ始めていた。
「あくまで参考人として、王城へ滞在して頂くことになりますらららぁぁん」
なんていう建前も、王城をぶっ壊しちまったら、通らんだろうなぁー。
「ヴュザザッ――この私のレーニアに、指一本でも触れてご覧なさいっ! 相手が誰でも――」
颯爽と現れる、〝赤いの〟。
そのカムラン随一の、男らしさは――
そう、某ご令嬢だった。
ガムラン名物受付嬢の、暴れがちな方。
その背後を守るように寄り添う、〝黒いの〟は――
「――リカルルさま? どういうことだい? ボク聞いてないんだけど? だれこの怪しい……メイドさんかな?――」
なんて、いつもの覇気の無い声を発した。
ああもう、駄目だっぜ!
央都の兵力を、いや下手したら……大陸全土から人を集めても――
「あの三人に、敵うのなんて――!」
うるせぇ子供、もう余計なことを言うなよ。
「シガミーちゃんくらいの、ものじゃないの――!?」
ビビビーも、やかましい。
「ばか言えやっ! おれでも、とても敵わねぇーぞっ!?」
なんせおれやおにぎりに肉薄する、赤と黒と白が一堂に会してやがる。
ふぉん♪
『>ご安心下さい。私は無事、リオレイニアの手に渡りました』
この世にとっては全然、無事じゃねーんだよ!
赤いのには、赤い甲冑。
ふぉん♪
『朱狐シリーズ【多目的機動戦闘四足歩行車両】
古より伝わる最古のアーティファクト』
子細わからんが、確か15分の時間を与えると、攻撃力が倍になる。
あれを着た姫さんに出会ったら、まず死ぬ。
黒いのには、黒い制服に冒険者用の安物の革鎧と――
ふぉふぉん♪
『鍵剣セキュア【安物】
攻撃力34。参考価格は2ヘクク。
>セキュリティー重視の試作品。
装備条件/揚げ芋』
子細ややこしいが、あの筋肉お化けの工房長ですら根を上げた、重い剣。
得物がひとたび抜かれ、彼が歩を進めたなら、やっぱり死ぬ。
白いのには、白い前掛け(猪蟹屋装備のため並の甲冑より頑丈で、限定的ながら簡易パワーアシストが使用可能)。
彼女が手にした白金の棒。
その長さはせいぜい、半シガミーだが――
ふぉふぉん♪
『INTタレット迅雷【形式ナンバーINTTRTT01】
美の女神イオノファラーの眷属にして、
高負荷演算が可能な最新のアーティファクト』
子細は棒本人に聞いた方が早いが、魔法杖として使った場合――
あれ以上の魔導伝導率を誇る物質は、確か無かったはず。
つまり、死ぬ。
まったくもって、末世だぜ。
せめて敵じゃねぇのが救いだった。
末世/この世の終り。人の道が廃れた時代。