500:ネネルド村奇譚、猪蟹屋標準規格制定
「なぁ、リオレイニア?」
「なんでしょうか、シガミー?」
たとえ頭陀袋姿でも、彼女はとても淑やかだ。
「聖剣切りの閃光としてクエストに出かけたときも、今と同じ装備だったのか?」
少なくとも見た目は、魔王城に出かけたときと変わってない。
「基本的には同じですが……あぁ、このコントゥル家から支給される給仕服は、なかなかの優れものなんですよ。駆け出し冒険者の装備より、よほど頑丈ですし♪」
どうも、「基本的に同じ」ってのは、そのままの意味らしいぞ?
ふぉん♪
『>そのようですね。口ぶりから察するに、タターたち一般の侍女へ支給されたのと同等の物を着て、クエストに望んでいたと思われます』
〝ひかりのたて〟で敵を一切、寄せ付けなかったんだとしても――
コントゥル家の家宝を一式、作ってみた今の感覚からすると――
「もう少し……ぶつぶつ……頑丈にしたいなぁ」
おれは絵で板を、立ち上げた。
§
「ここで良いのですか?」
集会所の隅に立つ頭陀袋嬢。
「ハい。そノまま動かないでクださい」
ヴォヴォォォゥン♪
メイドさんの周囲を、くるんと一周。
ヴォォォン。
いま彼女が着てる給仕服を、ざっと取り込んだ。
「迅雷ぃー、どうだぁー?」
「スキャニング終了しまシた。リオレイニアノ身体データヲ保存しまスか?」
んー、そりゃ有った方が良いんじゃ?
すっぽこ――こぉん♪
てちり――おれの頭上へ降りたつ、美の女神。
「こらっ! 乙女の秘密を軽々しく、DB化するんじゃないわよ。何してんのまったく……衣類作成ぃー?」
とすとすとすん――足踏みをするな!
痛くはねぇが、超うぜぇ!
ふぉん♪
『>リオレイニアの給仕服が殊の外、低スペックだったので、改良を試みています』
迅雷が説明する。
「えぇー? それじゃーあーぁ、必要な部分だけ残してぇ、全削除なさぁい――これわぁ厳命ですのでぇ、おかわりぃ?」
素っ頓狂な声が、念を押してきた。
「わ、わかったぜ」
わからんが、わかった。
「了解でス。イオノファラー」
「それは、どういうコトでしょうか? イオノファラーさま?」
おれたちのやり取りに、首を傾げる頭陀袋。
「えっとねぇー、リオレイニアちゃんの……ぶっふぉっ、強盗! じゃなくってぇー、あ、あとで説明してあげるけど――」
ふぉふぉん♪
『イオノ>シガミー! その布袋だけでも、何とかしてあげて!
そうね、天狗の黒頭巾で良いから、今すぐ取りかえてっ!」
頭陀袋も天狗の頭巾も同じ、隠れ蓑製だから、お安いご用だが。
「リオ、ちょっと引っぱるぞ?」
おれはイスに上り、頭陀袋の裾を持ち上げて――ギュッと下ろした。
一瞬で黒頭巾に早変り――ぱさり。
「きゃっ、真っ暗!?」
とうぜん目の部分に空いてた丸穴は、閉じられた。
「すグにヘッドセット……耳栓やシシガニャンのヨうな画面表示ガ出ますノで」
間近で見ると、黒地に白目玉の筆書きは――
ふぉん♪
『シガミー>不気味じゃね?』
「えっ、不気味って、何のことですか!?」
よし、黒頭巾の裏側に画面表示が出たな。
おれの一行表示を見て取り乱す、頭陀袋嬢改め黒頭巾嬢。
あ、けどさっきまでよりかは、マシな気もしないでもない。
「ほっ、安心してリオレイニアちゃん。さっきまでの袋よりは大分マシになったから――じゃぁ、あたくしさまは、蛸の串揚げ改良に余念が無いので行きますねー――どろん♪」
すぽん♪
頭の上から、根菜の重さが消えた。
頭巾を押さえ、描かれた目の顔を歪める黒頭巾メイド。
「デは、こちラを使っテ確認してくダさい」
ヴッ――ゴトトン。
迅雷が置いたのは、全身が映る姿見だ。
「あらこれっ、テェーングさまやカラテェーの――――意外と素敵では、ありませんか?」
うふふふふっ♪
気に入ったみたいで……何よりだぜ。
ということで、〝魔眼殺し〟の眼鏡は、あと回しにする。
「(じゃぁ、服の形はそのままで……頑丈で丈夫にして、着心地を良くするぞ)」
§
隠れ蓑に〝よくすべる色や形〟の変わり種を、塗ったやつがあったろ?
おれっていうか烏天狗が、風に乗るときに使ってる外套――
あれでリオレイニアのメイド服を、縫えるか?
ふぉん♪
『>可能です。エプロン部分に極小のプロダクトアームを仕込めば、並みの甲冑の数倍頑丈で刃物を通さなくできますが』
物は試しだ、そいつを作るぞ。
ふぉん♪
『>ニゲルの装備を修繕した際に追加した、快適性はどうしますか?』
裏地の肌触りとかか……全部入りでやってくれ。
絵で板の中に、出来上がっていく給仕服。
その構造の子細を記した、別ページの束が――
『100』枚を越えたとき、それは完成した。
「なかなかじゃね?」
黒頭巾メイドが姿見のまえで、クルクル回ってた5分程度。
その時間で、これだけ出来たら自画自賛もすらぁな。
「はイ今後、猪蟹屋従業員へ支給すル制服ハ全テ、この試作品に準拠することにしまシょう♪」
ヴォヴォヴォヴォォォンッ♪
良い仕事が出来りゃぁ、女神の眷属だって浮かれらぁ。
「どうせなら、もうひと手間いっとくか」
リカルルやルリーロの家宝装備。
その一式を収める収納魔法具。
あれに付けた、修繕と着衣のための機能。
あれを、もっと小さく出来るか?
ふぉん♪
『>【地球大百科辞典】に、最適な製品データが複数存在しています』
わからんが、見せて見ろ。
ヴォォォンッ♪
画面に現れたのは小さな……腕輪か?
ふぉん♪
『>2080年頃流行った医療用スマートウォッチです。手前にあるセーフティーカバーを開くと、中にスイッチがあります』
わからん。
スイッチ……てのは牡丹だな。
家宝の収納魔法具は取っ手を、力一杯押してやらんといけなかったが?
ふぉん♪
『>腕に付ける収納魔法具のため、自動的に神力を生成することが可能です』
んぅ? リオレイニアは、よく働くからな。
腕の動きで神力くらい、賄えるってことか――すげぇなリオは。
ふぉん♪
『シガミー>普段は手首に巻き、着替えるときや解れた所を直すときに押すんだな?』
ふぉん♪
『>そうなります。各種バイタルや精神状態の簡易計測。3つまでの別天体標準時を表示し、衛星の満ち欠けや、潮汐力による影響をリアルタイムに算出。当時、流行していた造血インプラント』
まてまてや――わからん。
「シガミー、これは何ですか?」
黒頭巾不気味メイドが指し示したのは、いま相談してた腕輪……腕時計って奴だ。
彼女には、おれたちの画面が見えてるんだったぜ。
またやっちまったが、説明するのが難儀なだけで――
別段、見られても困るものではない。
「あー、この腕輪が有りゃ、リカルルさまの甲冑みたいに、給仕服を一瞬で繕えたり――一瞬で着たり脱いだり、出来るぞ」
「あらそれは、素敵ですね♡」
を? 良い感触だな。
物は試しだ。
この腕輪と同じ形で、家宝の甲冑入れと同じ機能。
よし作れ。
ふぉん♪
『>30秒後に最寄りの搬出口から、ロールアウトされます』
最寄り?
いまおれぁ、強化服も轟雷も着てねぇ。
「むぎゃぎゃにゃー!?」
屋台の手伝いをしてた猫の魔物が、奇声を発した。