498:ネネルド村奇譚、物々交換と小商い
「お話を聞いた限りなら、この蛸形でも〝甘い鯛焼きなる食べ物〟は……出来そうではありませんか?」
頭陀袋嬢がノヴァド渾身の鉄板を手にして、やってきた。
「そうですよ、イオノファラーさま。本日の所は〝鯛焼きパーティー〟にしては? くすくす♪」
星神さまが駆けていき、ぱかんと大鍋の蓋を開けた。
奇祭のために朝から沢山、用意したウチのひとつ。
その鍋には、甘く煮た豆が詰まってる。
ガムラン饅頭の若草色の方は、若い大豆を煮て作った塩餡だが――
これは普通に小豆……小豆を甘く煮た粒餡だ。
甘い豆で鯛を焼く……のかぁ?
「んっぎゅぎゅぎゅぎゅっ――――蛸なのに、鯛焼きぃー!?」
苦渋の御神体。
またおかしなことに、なって来やがった。
この奇祭をあきらめるか、この世界をあきらめるか――
悩んでるんじゃ、あるめぇーなぁ。
§
〝蛸の寿司〟と、タコの形の〝鯛焼き〟とやらは――
無料だったこともあって、飛ぶように出た。
蛸足と炊いた米、粒餡と饂飩粉。
どっちも、とんでもない量が残ってる。
星神さまが〝暇に任せて用意して置いた分量〟が、とんでもないのだ。
まるで減らなかったから――
村人全員が腹一杯になるほど振る舞えた。
それでも、「もう少し、何か食べたい」という要望に応えるため――
〝蛸足の串揚げ〟を作ることにした。
困ったら串揚げだ。油で揚げちまえば、大抵の物が食えるし――
猪蟹屋といえば、揚げ物だ。
「あらん? イケるじゃないのさっ、蛸の串揚げぇー♪」
五百乃大角が住まう世界の色んなことを、綿密に記した、【地球大百科事典】スキルのおかげで――
飯の食い方や味付けに関しての、知見が増えた。
実際にその世界で生きていた、生き字引には敵わないが――
「衣に山椒と、湖から採れた海苔を、入れてみたぜ」
迅雷が〝何がうまくて、何が不味いのかを〟、検索出来るようになったことは大きい。
一気にやれることが増えた。
「タコォの串揚げ、超おいしいっ♪」
「超おいしいっ♪」「超♪」「うまい♪」
ガムラン勢だけじゃなく、今度は最初から村人たちも寄ってきた。
衣のおかげで見た目も、大分良いからな。
ただ、ちょっとした問題がおきた。
ネネルド村には、それほど沢山の貨幣は出回っていない。
ふぉん♪
『>物々交換で生計が成り立っており、外貨は専らタターの仕送りに頼っていたようです』
そうなると当然、村で商いをするなら――
〝ムシュル貝や魔石との物々交換〟をすることになる。
「ムシュル貝はうまいし、ネネルド湖で採れたのは大ぶりで味も良いから、幾らでも買い取れるがぁー……」
厨房に建てた小さな矢倉屋台。
その裏手に置いた木箱に、山積みになる魔石。
川や沼で採れたらしい魔石を、上級鑑定――チーン♪
ふぉん♪
『ムシュル貝の真珠【レア度1】/
大×3、中×63、小×225』
村人が出してくるのはほとんど、この丸くて数珠にでもなりそうな魔石だ。
小なら蛸の串揚げ五本。中なら15本。
大になると、150本にもなっちまう。
「毎度ありがとうございます。こちらお品と……ひのふのみの、小魔石ふたつのお返しになりまぁーす♪」
弾ける笑顔、星を司る神には見えない。
この魔石を介した物々交換は、まさに小商いで――
ふぉん♪
『人物DB/茅野姫
神域惑星管理人
惑星ヒース管理人
管理者権限所持者』
星神、茅の姫……茅野姫か。
星を司り、おれの姉のような見た目の生物。
その生き神が生業にするつもりらしい、人との関わり方。
五百乃大角に大食らいの適性や、矜持があるように――
茅野姫にも守銭奴……いや、商人としての適性があった。
「くださいなぁー♪」
村長の孫娘が――ゴロン♪
「うっわっ!? 何っだぜこの、大きくてギラギラ光る球わぁっ!?」
それは奥方さまか王女殿下の指先に、くっついててもおかしくない程の神々しさ。
「もぐもぎゅ……ごくん。それ、レア度3の魔石わね。良ぃーの持ってんじゃんかぁよぉー♪」
ウケケケケッ――笑う妖怪。
「これはっ、とても珍しいですね?」
「ほんとだニャァ♪ 横から失礼するが、魔術研究所で買い取らせてくださいニャァ!」
秘書と顧問氏が、色めき立った。
ふぉん♪
『ホシガミー>シガミーさん。この魔石、猪蟹屋で押さえた方がよろしいのではありませんか?』
どうした?
よっぽど珍しいんだとしても、酢蛸でもないかぎりは要らん。
それは――おにぎりの中身に使われてる、△型の謎のアーティファクトだ。
ふぉん♪
『ホシガミー>そのSDKとやらを発掘したのは、魔術研究所ではありませんか?』
うぬぅ? たしかにおにぎりの中身はこの顧問氏から、かなりの大金で買った物だが。
ふぉん♪
『>ここは、カヤノヒメに任せてみませんか?』
迅雷まで、そんなことを言うのかぁ?
だがな、ぷふふっ。別に良いぞ――
どのみち今ココに金貨は、ほとんどねぇからな。
有った所で物入りで、右から左へ流れていっちまうし――
「わかった。茅野姫に任せる」
おれは〝蛸串〟を〝揚げる作業〟に戻――れなかった。
ぽっきゅぎゅむ――「みゃぎゃにゃやぁー?」
流れる猫の手つきで、蛸串を揚げていく――猫の魔物。
五本ずつ紙袋に入れて、ドサドサと重ねていく。
最初に相当な数の蛸串を、スキル全開で作っちまったから――
「やるこトが、無くなってしまいマしたね」
ヴォォォォオゥン♪
§
「さて、遊んでいる場合ではないのですが――どういたしましょうか?」
そんなことを、言われてもなぁー。
おれは集会所の外れに追いやられ、頭陀袋嬢とふたり――
とおくの湖面から生えた、異形の腕を眺めていた。
まだ日は高く、帰り支度をするには早い。
それならば――
「そうだな、〝魔眼殺し〟を作ってやるぞ」
若い娘がいつまでも頭陀袋頭じゃ、かわいそうだしな。
「いえ、お構いなく。それは王都へ戻ってからで構いません」
いーやっ、こっちが構うんだよ。