491:ネネルド村奇譚、インタビューウィズオクトパス
コワァーン!
「コホン♪ はいはぁーい、一端こぉーこぉーま゛ぁーあ゛ぁーでぇーっ!」
耳栓をしたリオレイニアに掲げられた、美の女神御神体。
その口元に当てられたのは、杯に持ち手を付けたような魔法具。
元からどこか耳障りだった五百乃大角の声が、それを通すと――
「よろ゛しぃいぃー、でぇーすぅーねぇー!?」
耳を劈くような――――素っ頓狂な大声に!
「やっかましぃやぁっ!」
カブキーフェスタのときにも、声を大きくする魔法具は使ってたが。
あれは舞台袖や背後の柱から会場へ向けた、音が出る魔法具が設置されていた。
それとは違ってこれは御神体から出る声を、どこまでも大きくするようで――ビリビリビリビリリリリィィィィッ!!
バタバタバタバタバタバタタタタッ!
シシガニャンを着たおれと、おにぎり以外が全員倒れた。
「くっぅ――――!?!?」
耳栓をしたはずのリオレイニアすら膝をつき、いまにも倒れそうだ。
「あ゛――あ゛――ザザザッ――あぁーぁーあー♪」
拡声魔法具を口から離し調節する、五百乃大角。
「ルリーロちゃぁぁん。よくわからないけどぉ、ここわぁ、この大根ちゃんとあたくしさまに免じてぇーお怒りおぉー、お鎮めぇーください!」
がらららぁん!
立てられていた〝ルードホルドの魔法杖〟ごと、ひっくり返った伯爵夫人。
あの拡声魔法具を芯で当てられると、さすがの〝■■■■■■■の眷属〟といえども耐えられねぇらしい。
「ここぉぉん゛――」
伏せた狐耳を両手で押さえジタバタする様は、なんだかルコル少年を彷彿とさせ微笑ましくも見えるが――
神さんよぉ、おまえあんまり調子に乗ってると、辺境伯と一戦交えることになりかねんからなぁ?
辺境伯は立派な御仁だが、央都には私兵数百名を従え――
領地であるガムラン町には、荒くれ者どもが町一個分――
いや……少なくとも、その隣町〝城塞都市オルァグラム〟も入れた二個分控えてる。
ふぉふぉん♪
『ホシガミー>大丈夫ですよ。いざというときには私も戦いますので』
やめろ。冗談でも、そう言うことを言うな。
あとリオの一行表示にまで、流さねぇよう気をつけろよ?
おれは今の猪蟹屋のあり方が、気に入ってる。
五百乃大角の飯にさえ気をつけてりゃ、世界は安泰。
こんなに、ありがたいことはねぇ。
茅の姫さまも猪蟹屋で商売が出来るのも、いまの平和があったればこそだからな。
辺境伯領と央都自治領の関係。
ガムランとおれたちの関係。
その一切合切が辺境伯に王様に、辺境伯母娘に王族兄妹のおかげだからな。
もちろん、猪蟹屋を贔屓にしてくれてる皆のことも、忘れるなよ!?
釘を刺しておく。
「ぷぎゅりゅりゅりゅるぅ?」
ほら、蛸之助もこう言ってるぞ。
世は事勿れ、穏便にだ。
§
ぷぎゅる、ずざざざざぁぁ――――ちゃぷちゃぽん♪
波音を立てて、大蛸がゆっくりと岸……というか巨木の桟橋の方へ寄ってきた。
こうして近くでみるとなんとなく、愛嬌のような物が感じられなくもない。
「その蛸わぁ、本当ぉにー正真正銘のぉー蛸ぉーなのですねぇー?」
伯爵夫人さまがおれに顔を寄せ、疑いの眼差しを向けてきやがる。
数本有る狐の尾がぶわっさぶわっさと、荒々しく振るわれ――
「ひっひひひぃぃぃぃぃんっ?」
驚いた天ぷら号が村人を数名くっつけて、逃げていく。
「少なくとも……ひそひそ……日の本から来た奴の中に、狐狸妖怪……えっと、化けたりする奴は居ねぇ。なぁ迅雷?」
ヴュヴゥン♪
おれの画面にだけ映し出される、『江戸の人々を襲う大蛸』を描いた筆書きの絵。
ふぉん♪
『イオノ>あー、ウケケケッなるほどね。江戸の町に出た大蛸って言うのが、狢だか狸だかの仕業ってことみたいねえ♪』
だから、笑いごとじゃねぇからな?
ヴォヴォォォンッ――♪
短くなった独古杵が、おれと妖狐……もとい某五穀豊穣の神の眷属の間に、コトンと降りたった。
「はイ。日ノ本かラ……ひソひそ……召喚さレた者ノ中ニ、動物霊ヤ妖怪ノ類いはいマせん」
おれは「妖狐は妖怪だろうが」という言葉を、かろうじて呑み込んだ。
「迅雷はん、あんたはんなぁ? 嘘つきましたらぁ、七代祟りますぇ?」
ぼっごぉぉぉぉおぉぉぉぉぅわっ――――♪
青白い炎が口から細長ーく、吐き出された。
迅雷が仄暗く熱くない炎に巻かれたが、実害はないので放っとく。
「さぁーてぇ、こっちの話わぁ終りねぇん。じゃぁ向こうのお話ぃ、蛸之助ちゃんのお話おぉー聞いてみましょぉう♪」
大根が確保出来て安心したのか、大蛸に興味が湧いたらしい。
けど……〝蛸之助〟は決まりか?
おれが言い出したことだが、もう少し考えてやれやぁ。
§
「まずは悪かったな、一方的に攻撃しちまってよ」
桟橋の先。何でかおれが矢面……代表して〝蛸之助〟と対峙している。
カシャララッ――ぐねぐねぐねんぐねねんっ♪
桟橋まえ、水に浮かべた小舟。
その上に立てられた、機械腕製の蛸足。
操るのは迅雷だ。
ぷぎゅぷぎゅりゅりゅる――――♪
大蛸が足をグネグネさせる。
話しているように聞こえるが、いくら聞いても意味はわからん。
「こチらも光る棒ヲ、持っテ帰ろうトしたからお相子ダ」
蛸之助は、そんなようなことを言っている……らしい。
光る棒というのは、釣り竿代わりをしていて引っ張り込まれた――
迅雷のことだ。
蛸之助と話をするのは、大蛸とおれたちの間に浮かんだ小舟。
つまりはおにぎりが話す猫共用語を、人の言葉に訳していた木板と同じことを――
あの不気味な機械腕が、やってくれている。
「我が役に立てれば……良かったのだが」
かすかに落ち込む、ゲイル少年。
いや、おまえは役に立っただろう。
魔法杖の薪になる魔石なんて、いちいち焼べてたら――
数往復で、ガムラン町の財政が傾きかねん。
「いや蛸の彼の言語は、音声によるものではありませんから――くぴり♪」
顧問秘書の杯が、空になった。
「がははははっ、魔物と言っても魚介類だしな――ぐびり♪」
工房長の杯も、空になった。
みんな良い感じに、気が抜けてるぜ。
カシャララッ――ぐねぐねぐねんぐねねんっ♪
唸る、機械腕製の蛸足。
ぷぎゅぷぎゅりゅりゅる――――♪
大蛸が返事をする。
話してみること、10分程度。
「どうヤら提供シた足ノ分。丸盆ヲ寄こせト言っていルようです」
蛸之助が蒼く煌めく丸盆を、蛸頭に乗せて遊んでる。
「あれなぁ……食えるのかぁ?」
桟橋に詰まれた蛸足は、すっかり元気を無くしていた。