489:ネネルド村奇譚、ゆで蛸合戦
「すっすぅ――が、ごぉおっぉおっ!? けへけへっ!!!!!!!!」
深呼吸をすれば、焼けた喉が嘔吐く!
ふぉん♪
『シガミー>この蛸野郎っ! なんで塩なんざ吐きやがるんだぜ!』
畜生めっ! 蛸までの距離わぁ――
ふぉん♪
『>礿S氵於、叫〆~h几ど中。〝恿め仰〟ヒ弋5去、鈞ケ占ザ舌乚乍ま、氵於~♪』
馬鹿野郎、読めねぇっ!
たぶん計った、間合いを伝えてきたんだろーがぁ!
「ま、待ってろ今すぐ、横一文字に薙ぎ払ってやる――けへかへ!」
仕込みの直刀で〝滅の太刀〟を放つ!
万一当たっても、基本的にアーティファクトは壊れねぇ。
拙けりゃ、どうにか避けてくれやぁ!
ガキリッ――錫杖の柄頭を捻り、直刀を開ける。
『▼▲►』
動体検知が敵の接近を、知らせてきたが――どっちだ!?
画面が歪みやがるぜ!?
塗れた耳栓から伸びた、機械腕(小)の先端。
この画面わぁ、水に弱ぇのか?
これまで雨に濡れても、困るこたぁなかったがぁ?
あ、神域の川底で、文字が歪んだことがあったっけ。
「んぎっ!?」
したたる水が、目に染みる!
閉じたら死ぬ……かもしれん。
閉じるな、見ろ――上には何も居ねぇ!
なら真下か背中側から、何か来てる!
「ッチィェェェェイ――――!」
背後を薙ぎ払いつつ、迅雷側へ力の限りに飛んだ!
――ッシュッカァァァァン、ゾッ――ぶぎゅるりっ!?
うぐぅぅうっ!?
気色悪ぃ――――感触。
滴っていた水が払われ、画面の歪みが消えた!
『>約8シガミー、11・4メートルです。〝魚の卵〟とやらを、釣り上げましたよ、シガミー♪』
さっき読めなかった一行表示が、こんどは読めた。
馬鹿野郎め、そいつぁ蛸だぜ、蛸ぉ!
それに釣られたのは、お前の方だろぉ――――!?
ふぉん♪
『>水滴中の塩分濃度により、結像距離に誤差が生じています』
わからぁん!
ぎゅりゅりゅりゅっりゅりゅっ――――背後で蛸が叫ぶ。
うるせぇ、おれを狙った太腕だか、太脚だかが――
ぶぅぅうぅぉぉぉぉぉおんっ――!
千切れて桟橋に、ずどがぁぁぁん!
蛸を切ると桟橋に、すっ飛んでいくぞ?
一体、どーなってごぼげば――――ばっしゃぁぁぁんっ!
ごぼぼっぼぉぉぉぉん――――ふたたび水中へ。
泳げるとわかったから、もう慌てることもない。
ひとまず水中が暗くて、まるで見えんから――
「ひかかりりひかののたたまひひりたたまぁやぁ――――!」
光の球を、40個放ってやる!
カカカカカカカカッ、ぼごぅわぁ――――――――ま、まぶっし、あと、茹だる!?
呪文を、重ね間違えたらしい。
〝ひかりのたま〟だけじゃなくて、〝ひのたま〟まで出しちまった。
水中は灯火と火種で、キラキラと温められた。
§
ぶぎゅばぁぴゃーずざざざぁ!
蛸のとがった口器から、大量の水と白砂が吐き出されていく。
「あー、もう。シガミーが余計なことするからぁ、湖がぁまぁすまぁす塩っぱくなっちゃうじゃないのさぁぁっ!」
根菜め、文句を言うんじゃねぇ。
「馬鹿野郎。迅雷とおれが、こうして戻ってきただけでも上等だろうがっ!」
横を見りゃ、じたばたぶぎゅりゅると、蛸足がもんどり打ってる。
太く赤黒い蛸足数は、計三本。
蛸本体はこっちを追ってくるわけでもなく、ただ砂……塩を吐き、辺りを警戒している。
ちゃぽちゃぷん♪
おれは丸盆に座り、水面に浮いていた。
レイダ材は、船にも使えるな。
「レイダ材わぁ、お船にもなるんですのぉねぇー♪」
茅の姫が、計算魔法具をばちばちばちばちっ――
だから、皮算用はやめろ。
ばちばちばちばちぃ――んぅ?
もう一人弾いてる奴が居るぞ?
「温泉などの配管に、超使えますね♪」
白眼鏡の口元が、「ふふふ」と笑った。
「シガミーそれ、何を持ってるの?」
レイダ材でおなじみのレイダが、また余計なことに気づきやがる。
「ああ、そうだぜ! 何がぁ〝蛸は大根で殴れ〟だ!? まるで効かなかったぞ!」
そう、大蛸はおれの滅の太刀を、口から吐く塩で防ぎやがった!
悔しまぎれに水面を漂ってた紫色の大根で、頭をどついてやったが何処吹く風でよっ!
おれは折れた大根の残りを、ぽいと星神さまに放った。
「大根で殴るぅ――それってぇ?」
伯爵夫人は、何かを知ってるらしい。
「茅野姫ちゃぁん。〝お大根で殴る〟って攻略法わぁー、どぉこぉでぇ見たのぉー?」
伯爵夫人の髪を伝い、スルスルと降りてくる美の根菜。
茅の姫は、計算魔法具を仕舞う。
そして次に取りだした黒板に――とある映像を映しだした。
「――まず塩茹でした蛸の足を根元から切ります。皮が厚い所があれば削ぎ切りにしてください。そのあと半分に切った大根の皮を剥き、蛸を大根で5分程叩いてください。平たくなるように念入りに叩いていくと、筋繊維の塊である蛸の固さが解れていきます。――」
それは随分と立派な板場で、仕事をする料理人の姿だった。
「はぁ? 何この映像?」
いぶかしがる根菜。
「男前の板前さんですねぇー? ちょっと、ウチの旦那さまに似てるぅー♡」
顔を赤らめる妖怪狐。
ふぉん♪
『人物DB>ラウラル・ジーン・コントゥル辺境伯爵
コントゥル家現当主』
「――こちらに約5分叩いた物を、ご用意しております。――」
「うぉをぉ!? 一瞬じゃんか、おれ並みの調理スキル持ちだぜ!」
わいわいわい、がやがやがやや。
俺にも見せろ、なんですか、この魔法具は。
工房長も頭突き女も、やってきた。
がやややわや、むぎゅぎゅむぎゅ――ぽっきゅら♪
さらに押しよせた村人たちが、次々と尻尾に絡みついてくるから――
「遊ぶの? 遊んでくれるの?」とでも、思ったのかも知れない。
でかい子馬が「ひひひひひひひひひぃぃぃぃぃぃん?」と、駆け出した。
「にゃみゃぎゃにゃやーぁ♪」
追うおにぎりを、さらに追いかけ始める子供たち。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「まてまてまてーぇ♪」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
ネネルド村の子供たちも引きつれ、大所帯な鬼ごっこが始まった。
「こんなの視てたらぁ、なんだか蛸さんがぁ食ぁべぇたぁくぅなってぇきたわねぇーん♪ ね、シガミー?」
じゅるるりっ♪
「そう言ってもよぉ、おれの手習いの奥義は効かんし、件の大根も折れちまったしよぉ!」
泣き言を言ってみる。轟雷を着込んでいくのも、面倒になっちまったし。
「じゅるるりっ?」
根菜の顔が湖上へ向かって、縫い付けられた。
あー、こうなっちまうと、梃でも動かねぇからなぁ。
蛸を大根で殴る/蛸を食する地域において、少なからず伝承される蛸の調理法。傷を付けず筋繊維の方向を一方向にし、なおかつ消化酵素ジアスターゼによる効果も見込める。