487:ネネルド村奇譚、夕闇と桟橋
魚の卵さまを救援したのは――
「イオノファラーさま、迅雷を助けなくては!」
美の権化にして、魔神の再来。
ヴッ――――ゴコン♪
取り出されたのは、普段使いの小さな魔法杖ではなく――
大型の魔法杖。
「この美の女神であらせられるぅ、あーたーくーしーさーまーとぉー見間違えるってぇー、どー言うことなのぉーよぉー……じゅるりっ♪」
エプロンのポケットから、顔を覗かせる――
軟体動物門頭足綱鞘形亜綱八腕形上目タコ目似の、女神御神体はとても憤慨していた。
そしてその口元を、ぐいと拭うのであった。
§
ドボッパァァァンッ――――♪
グワラランッ――――♪
「きゃぁぁぁっ――――魔法杖が浮かない、ごぼがば!?」
「ぎゃっ、湖がしょっぱい? まさかあの蛸さんが吐いてるのってぇ、お塩ぉー、がばぼが!?」
溺れる魔法杖繰りの天才と、蛸似。
「塩ってことわぁ、海と一緒ニャァ!?」
「はい、湖面上を魔法杖で飛ぶことは出来ません」
「「「そーなのぉう?」」ですか?」
尋ねる子供たち。
「いまだ原因は、解明されていませんが」
「塩水の上を魔法杖で飛ぶと、落っこちるニャァ♪」
魔法や魔法具の専門家を束ねる顧問と秘書。
その見解に、間違いは無いだろう。
「リオレイニアッ――つかまってください!」
精悍な顔。大柄な男性が桟橋の柱に巻かれたロープを、放り投げた。
「ごぼがは、さ、先にイオノファラーさまを――落としたら大変で――えいっ!」
なかば溺れつつも、蛸似を男性へ向かって投げる給仕服姿。
「うにょひょわぁー!?」
奇声を発した女神御神体は、しっかりと回収され――
「リオレイニア、つかまれぇー!」
ふんぬぉりゃぁぁぁっ――!
厳つい髭面。小柄な男性がロープをつかんで、一気に引き上げた!
「っきゃぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁっ――――!?」
巨木を削り、切り開かれた空間。
その天井にぶつかりそうになり――「杖よっ!」
上下逆さまに杖を踏みつけ、乾燥の魔法を瞬時に使い――
長いスカートの裾を押さえた。
「あれ? 塩水に漬かったのに、魔法杖で飛んでる?」
余計なことによく気づく少女レイダが、首をかしげ。
「ふぅっ、塩水に塗れただけなら、普通に飛べますよ」
フワリと着地する、魔法杖の天才。
「ガハハハッ! 悪ぃ、リオレイニア。勢いが強すぎたぜ!」
「気をつけてください。でもありがとう、おぼれずに済みました」
片足を引き腰を落とす、それだけの所作。
村人たちから、溜息が漏れた。
どぼっぱぁぁぁぁぁんっ!
ぶっぎゅりゅりゅりゅりゅりゅぅ!
「シ、シガミー、救援ヲ求……ム」
ヴァヴァヴァリリッ!
「「「「「ひぃやぁっはぁぁぁぁぁぁっ――――!!!!!」」」」」
村人による無数の長槍は――ぶぎゅりゅりゅるっ!!!!!!!!
蛸の太腕に軽々と、弾き返された。
見えている胴体だけでも、大柄なエクレアほどの大きさなのだ。
水面下を蠢く太腕の全貌は、計り知れない。
「仕方がありませんね。シガミーさん、お休みの所申し訳ないのですが――ちょっとだけ、お貸しいただけますか?」
んぁ? カヤノヒメが、おれの体を揺さぶりやがる。
貸せって、小太刀をかぁ――むにゃぁ?
そらぁ、構わねぇが――――――{>Logon__rpon__Connect>対話型セッション開始 ⚡ 龍脈言語server01.net}
次の瞬間、おれの体がクルリと翻った。
§
目のまえで、不敵な仁王立ち。
金糸のような髪が風に吹かれて、キラキラキラキラァ♪
なんでぇい、ただのおれじゃねーか。
さっきの夢の続きかぁ?
よぅし今度こそ、あの蛸野郎を酢蛸にしてや――――すやぁ♪
なんだか体が重いぜ――すやぁ♪
§
「工房長さん。この盆をもう一枚、作って頂けませんでしょうか?」
茅野姫を長椅子に寝かせたシガミーが、蒼く煌めく丸盆を取り出す。
「やっぱりシガミーの中身が、こう上品だと……気色悪ぃなぁ」
丸盆を受け取った工房長が、顔をしかめた。
「それで、どうなのですか、くーすくす?」
何かをしていないと手持ち無沙汰なのか、シガミーインザ茅野姫が――
手近な雑巾で、塩濡れの女神御神体を磨きだした。
「何に使うのか知らんが、焦げた木製の甲冑人形を、俺の金槌で叩けば良いだけだ――レイダァ!」
子供を呼ぶ、厳つい鍛冶職人。
「焦げた甲冑人形って、どこ仕舞ったっけ?」
キュキュキュと磨き上げられていく御神体が、桟橋を見つめ口元をモニュモニュすると――
「にゃみゃぎゃぁー♪」
村の子供たちを大量に引きつれ、女神の御使いがとんできた。
「おにぎりの中に入ってれば、すぐに出せるけど――ない
わねぇ――ん、なんか有った!?」
茅野姫の手のひらの上から、猫の魔物へ向かって彷徨わせていた手が、ピタリと止まった。
ヴッ――ゴガッチャリリンッ♪
ヴッ――ごどごどん。
茅野姫の足下に、出てきたのは――
大きな革袋と、紫色で人型の大根。
「何この大金と、マンドラゴーラ!? どこから拾って来たのよっ!?」
「みゃにゃぎゃぎゃやーぁ?」
拳をむぎゅっと、無い顎に押し当てる着ぐるみ。
「イオノファラーさま。今は迅雷さんを助けるために、軽くて丈夫なお盆がもう一枚必要なんです。ご協力を、くすくす?」
睨まれた御神体が竈へ向かって、小さな手をへちりと鳴らす。
「じゃぁ、これでどぉ?」
ゴトン!
ムシュル貝を焼いていた大網の上、並べられたのは――
輪切りの丸太が三つ。乾燥もされていない、ほぼ生木。
「呼んだぁー、工房長さん?」
リオレイニアを引きつれ、レイダがやってきた。
「呼んだぞ。あの魔物をどうにかするのに、この盆がもう一枚必要らしくてな。手を貸せ」
リオレイニアとレイダが、猪蟹屋関係者を見わたし――
「「何をすれば良いの?」ですか?」
事態もわからないまま、作業を開始した。
§
「では、使わせて頂きますねー、うふふ♪」
二枚の盆を抱えた、金糸のような髪の子供が駆けていく。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「あぶなっ――――――――!?」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
ついさっき同じように桟橋を駆けていった人物は、ざぶんと湖にのみ込まれた。
だがしかし、とたたたとたたん、ぱちゃぱちゃぱちゃ――――♪
子供は桟橋から水面へと進入し、そのまま大蛸へと向かっていく。