485:ネネルド村奇譚、ムシュル貝のつぼ焼き
「こりゃ、いかん。まるで釣れんぞ」
日が傾いて、水面が赤くなったころ。
「みなさまー、そろそろお夕食の支度がぁ整いますわーぁ♪」
大鍋にして5個分。
とんでもなく大量の、ごた煮。
飯の支度を茅の姫と根菜女神に、丸投げしちまってたが。
村の女衆の手伝いもあって、無事出来たようだ。
「本日も、シガミーちゃんたちの、お料理は最高ですわぁ♪」
奥方さまの、お墨付きが出た。
いつもの舌っ足らずが、だいぶ年相応に聞こえなくもない。
いつもの若い姿は、五百乃大角の兄神が作ったもんで――
狐火を吸った、いまの三十路くらいの姿は――
妖狐の、まやかしの術……なのかもなぁ。
「ららぁん♪」「「ふふるん♪」
「これはおいしいですわっ♪」「うむ、実に美味であろう♪」
ラプトル王女や兄王子や、その護衛たちからの評判は言うまでもない。
レイド村でも同じように、猪蟹屋の料理の味を気に入ってくれたからな。
ここの魚介類は水あげされたばかりだし、下ごしらえに関しちゃおれよか手慣れてた。
不味いわけはないのだ。
ふぉん♪
『ホシガミー>集会所をとても広く作ってしまったので、木の香りが立ちこめていたのですが、リオレイニアさんに〝乾燥の魔法〟を掛けて頂いたら、まるで気にならなくなりましたわ、〝木だけに〟。プークス?』
くだらん、長ぇ、やかましい。
それ、笑い上戸のまえで言うなよ。
万が一ってことも、あるからな。
「折角の晩飯だ。ネネルド村の連中にも気に入ってもらえたら良いんだがな」
てちてちてちり――「おかわりを! こちらのあたくしさまに、盛大なおかわりをっ♪」
テーブルの上を走り回る、御神体。
あいつはいつも(飯にうるさい割には)何でもうまそうに食ってくれるから、助かると言えば助かる。
〝羽根芋を使った偽物寿司〟という定番の献立が作れるようになるまでは、毎食苦労させられたもんだ。
「どれどれ? もぐもぐ……ごくん!」
おれも煮た貝をひとつ、口に入れてみた。
「うめぇ! ごった煮、超うめぇなっ!」
「「ほんほはへ、ひょうほいひひ♪」」
レイダやビビビーも、うまい貝に舌鼓を打ってる
けど野菜以外の魚介類は、村で取れたもんだから。
いくら茅の姫の神懸かった料理の腕と、おれ由来の日の本の調味料を以てしても――
魚介類を食べ飽きてるだろう、地元の連中にはどうかな。
あ、寿司を出してやっても、良かったか?
今さら思ったが――無理だ。
全員分の米を食えるようにしてたら、夜中になっちまっただろうからな。
どうせ寿司を出すなら羽根芋じゃなくて、ちゃんとした米で食わせてやりてぇし――
「イオノファラーさまの料理番さまのぉー料理は、絶品ですじゃぁぁ!」
村人の総意らしきものを、村長が伝えに来た。
口に合ったみてぇで、一安心だな。
串揚げと揚げ芋も並び始めたし、今晩の所はこれで良いか。
「今日の当番わぁ、そこにいるおれの……姉さまだよ」
褒めるなら、星神を褒めてやってくれやぁ。
「そうでしたか、それはそれは姉番さま、村人たちを代表してお礼を言わせて頂きますのじゃぁぁっ!」
ひぃっくうぃぃぃぃぃぃっ♪
よくみりゃだいぶ、出来あがってやがる。
「あーもー、お爺ちゃんにぃお酒飲ませたのはだあれぇー?」
孫娘に連れられ、村長席へ戻っていく、ご老体。
釣り糸を垂らしてる間中、ずっと晩酌用の澄み酒を増やし続けたから――
足りなくなることはねぇ……が、すこしキツい酒にしすぎたかも知れん。
とたたたた――レイダ材の盆を抱え掛けていく星神、いや料理番の姉。
「大盛況だな? 星神さまよ♪」
冷たい水を村長席へ届けた帰りの星神を、おれもひとつ労っておく。
村人たちの手前、おれの姉と言うことになってるが――
なかなか良い、落とし所かもしれん。
星の神と言った所で誰一人、その意味を理解出来ねぇからなぁ。
この世界……おれやニゲルからしたら来世の、三途の川に居た――
白髪の老人のようにも――
眉目麗しい若い女のようにも――
槍や刀や酒瓶のようにも見えた――自称神。
「くすくす、ごった煮とお吸い物と、串揚げに芋揚げ。冷たいデザートもお出ししますので、死角は無いですわ、くすくす♪」
ちゃんと目も笑ってる。
村の女衆と飯を作るのが、よっぽど楽しかったとみえる。
「そうね、お手柄じゃん、カヤノヒメちゃん! けどあれ、ムシュル貝の壺焼きもぉーとってもぉー、素敵だと思いませんかぁーあ゛ぁぁあぁん?」
酒を飲んでもねぇのに、目が据わってやがるぜ。
まったく、作れってのかぁ?
「そうかい、お安いご用だぜ!」
こちとら、釣りのしすぎて疲労困憊だが――
下手に逆らって、ごねられても敵わん。
じゅじゅじゅじゅじゅぅぅぅぅぅぅぅぅっ――――♪
澄み酒と醤油とみりんを合わせた、醤油だれ。
何を焼くのでも最後は、これで済んじまう万能だれだ。
樽に作っておいたのが、減ってたから――
ついでに量を増やしとく。
ちなみに大蒜を刻んで味噌に漬けたやつもあるが、今日は使わない。
「シガミーやってるかぁー、ひっくっうぃー♪」
竈で貝を焼いてたら、ノヴァドが来た。
「おう、酒はさっき仕込んだ分があるから、いくらでも好きなだけ飲んでくれよっ!」
「そいつぁありがてぇ! ならそいつを肴にするから、ひとつくれやぁ、ひっくぅいいぃぃー♪」
今日は酔うのが、早くねえか?
やっぱり澄み酒の度数が、高かったらしいな。
「あー、五百乃大角の分をすぐ持ってってやらんと暴れ出すから、もうちょっと待ってくれ」
「んぁ、イオノファラーさまの分か? それならこいつを焼いてやれ、ひっくうぅううぃいいー♪」
ごどんと、焼き網の上に置かれたのは――
それはそれは巨大な、巻き貝。
「どうしたこりゃ、今日見た中でも一番でけぇぞっ!?」
「ガハハハッ、凄ぇだろ? 件の卵は釣れなかったが、こいつが一匹だけ掛かったんだよ♪」
「これなら、あの大食らいでも食いでがあらぁな! 恩に着るぜ♪」
じゅじゅじゅじゅじゅぅぅぅぅぅぅぅぅっ――――♪
炭を、ぱたぱたぱったぱたと団扇で扇ぐ。
この大きさだと火を通すのに時間が掛かりそうだから、調理系スキルの全てを叩き込んでやった。