484:ネネルド村奇譚、ギャンブル王子と釣り
ふぉん♪
『人物DB>サウルース・ヴィル・ラスクトール王子
中央都市ラスクトール自治領第一王子』
彼はタターを学院へ招いた王族であり、無類の博打好きだ。
「わ、私は、ジターだよ?」
王子殿下に抱きかかえられ、戸惑う幼子。
おれと茅の姫ほどではないが、凄ぇ似てやがるからな。
ヴュウゥン――『□』♪
ヴュウゥン――『□』♪
タターと妹の顔に、重なるマーカー。
緑色だから、攻撃用の目印ではない。
ふぉん♪
『>同一人物で有る可能性は93%。両耳脇と頭頂部の跳ねた髪型の流れに、明確な差異を確認できます』
馬鹿野郎め、まるで見分けられてねぇじゃねぇか。
王子が間違えるのも、無理はねぇーぜ。
すっぽこかららっぁぁん!
気持ちの良い音。
杓子を手にしたラプトル王女殿下が――「サウルースおにいさまぁーららぁん!」
王兄殿下の頭頂部を、力の限りに叩いた。
「痛いじゃないかティル! いい年をしてヤキモチもないだろう? 縮んでしまっているが、魔導学院へ招いたタター君だよ?」
おいこの件、まえにも見たぞ。
まえに妹姫殿下に殴られたときは、頭から血を垂らしていたが。
クワララララッララァァァァン♪
王子が頭に乗せた鉄兜は、鐘の音を響かせている。
すげぇ良い音を、奏でてやがるぜ。
おれが経を読むなんてことも、この先あるかも知れねぇから――
あの銅の兜に、印を付けといてくれ。
ふぉん♪
『>はい、プックマークしました』
よしこれでいつでも、同じ物が作れる。
「ヤキモチではありませんらぁん! その手を今すぐ放さないと――血の雨が振りますらぁぁん!」
伝家の宝刀、普段は杓子として使われ気味な――
第一王女殿下の万能工具が唸る!
ヴォヴォヴン、ガチャギチ♪
杓子の先が、巨大な鋏に変化した。
「ふふふっるぅん♪ 本日この場に彼女が居ないことは、密偵が既に伝えてきている!」
あー、王子は姫さん……ガムランの四つ足……勇ましい方の姫さんが苦手なんだったか。
それに密偵って誰だぜ、まったく。
「私は、こちらです」
ジタバタする幼い妹を、高貴な手から取りかえす少女タター。
その背には、釣り竿が。
「やぁタター、久しぶりだね。なんだいその、やたらと長い魔法杖は?」
魔法杖……なのか?
そのわりには、糸とか浮子とか――
「これは、釣り竿です」
だよなぁ。
駆けよる兄王子殿下の革ベルトを――ガシガチャリ!
鋏でつかむ、妹王女殿下。
「はい、お母さん」
妹を抱えて、ひょいと母親へ手渡すタター。
「釣り竿……何を釣るんだい?」
「もちろん魚の卵です。王子さま」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「王子さまぁ――――――――!?!?!?!?」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
「よ、よくみりゃそっちの綺麗な嬢ちゃんは――ゴーレムっ姫っ!? ぐほぉ――へにゃり」
村長の息子が、実の娘に肘鉄を食らって地に……大木に伏した。
ゴーレム姫の悪名は、こんな片田舎でも名高かったか。
「要するに、子持ちの魚を釣るってことよね。けどそれなら、そう難しくはないんじゃぁ無いのぉんぅ?」
さすが飯神。食材に関しちゃ、正しいことを言う。
「いいえ、釣るのは魚ではありません。魚の卵ですよ?」
「「はぁ?」?」
タターは何を、言ってやがるんだ?
「魚じゃなくて、卵を釣るのぉー!? こ、これだから異世界っていうのは、ぷっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ、ウケッケケケケケケケケケケケケケケェッ♪」
楽しげに奇声を発するな、妖怪め。
「〝魚の卵〟を釣るぅーだとぉー?」
たとえこの来世が地獄でも、そんなおかしな話があるか。
なんか超、引っかかるぜ?
ヴォヴォォォォン♪
「(はい、確認しましょう)――タター、そノ卵というノは〝巨大で茹デると火ヲ吐ク〟のデは?」
迅雷が飛んできて、口を挟んでくれたが――
「いえいえ、違いますよ。大きさはイオノファラーさま程度ですし、茹でたりしたら二本足で逃げ出します」
なんでぇい、違うのか。脅かすなよ。
あの業火を吐く卵が、ここネネルド村名産だったら――
また話が一回り、ややこしくなる所だ。
「ぷくふひぃ――――にっ、二本足で逃げ出す卵って――――ぷきゃはっははははっ、あはははははははっはははははっ♪」
突如突っぷした、メイドの中のメイド・リオレイニアには、二つの弱点がある。
その一つは、笑い上戸だということだ。
彼女が復旧するのに、5分もかかった。
§
聞けば聞くほど話が、こんがらかると思ったら――
ふぉん♪
『>はい、どうやら卵に擬態した、未確認の水生生物のようです』
どうりで話が、食い違うはずだぜ。
水深約8メートル。
魚やムシュル貝の住み処になる、岩礁。
その更に下。
水底を貫く穴が空いてて、その奥に卵は居るらしい。
「要するに、ほどよい重さの餌を付けた糸を垂らして、運が良けりゃ卵が食いつくと……やたらと面白そーじゃんか♪」
おれはタター父や村長から、釣りの極意を伝授された。
「がはははっ、参加者がどんどん増えやがるぜ!」
ノヴァドが戻ってきた。
釣りがしやすいように、桟橋を延ばしてくれていたのだ。
「しかし、こんな簡単な仕掛けで、その卵が本当に釣れるのですか?」
エクレアが疑うのも、無理はない。
「いやだからさぁー、文脈的に〝釣れない〟ってお話よねぇん?」
やい御神体さまやい。危ねぇから、あんまり桟橋側をウロチョロすんなよ。
蹴飛ばされたら最後、その岩礁の穴に飲まれて終りだからな。
ふぉん♪
『>イオノファラー御神体は、水に浮きませんからね』
ふぉん♪
『イオノ>どうぞ、お気遣いなく。ウケケケケッ♪』
ヴォヴォヴォォォォン♪
チョキチョキチョキ――ぱさり。
迅雷式隠れ蓑に使われている、細く強靱で電磁気的特性を備えた糸。
竿の先端から垂らされた、その端。
付いているのは小さな丸棒数本と、穴が空いた石だ。
丸棒が浮きで、重石が重り。
「この棒と石の組み合わせでぇー、釣れる釣れないがぁ決ぃまぁるぅのぉーねぇー? クツクツクツクツッ、まるでぇ博打みたいでぇーすぅーね――――あっ、博打とか言っちゃった!」
奥方さまが発した禁句、気づいたときには遅かった。
「さぁ諸君。その〝二本足の卵〟やらを釣った者が総取りで、異論はあるまい?」
タターから釣り竿を借り受け、浮きと重りの吟味を始める王子。
「まったくもう、お兄様と来たらららぁぁん!」
憤慨する妹姫。
「こうなってしまっては、致し方ありません」
諦めた表情のリオレイニア。
本来の目的だった巨大卵の方は、何の手がかりも得られなかったが――
卵釣りはネネルド村の様子を知るのに、打ってつけな気がする。
「いよぉしっ、出来たぜ! 長丸棒が二本に、重石が三個だぁ!」
ふっふっふ。殻が付いた水辺の生き物ってことわぁ、蟹や蝦蛄や二枚貝にムシュル貝。
どれも、うまいもんばかりだ。
そのうえ「言葉にならねぇ程うまい」と村人たちに言わしめる、そのお味。
ふぉん♪
『イオノ>相手にとって不足なし! さあシガミー、見事釣り上げてくださいな♪』
へへっ、言われるまでもねぇぜ!
おれは長竿をひゅんと伸ばし、糸をぽちゃりと垂らした。