483:ネネルド村奇譚、魚のたまごと王子さま
「「「「これはとんだご無礼を。お許しくださいませ、イオノファラーさま!」」」」
やっと魚の卵さまを美の女神と認識した、タター一家が御神体へかしずいた。
「良いのぉよぉーん? そんなことよりさぁー、物わぁ相談なんだけぇどぉさぁー?」
大きな包みの上からタターたちを見下ろす、おいしげな御神体。
「何でしょうか?」
タター父が組んだ手から、鼻を持ち上げた。
「魚の卵ぉさまわぁー、いまの時期にぃー獲れるのぉーかぁしぃらぁぁん?」
食い道楽の為に存在する、この女神御神体さまが――
言い出さないはずはないのだ。
「いえ、時期ではありませんが。なぁ村長?」
「そうですなぁ……魚の卵がよく獲れるのは、三か月ほど前ですじゃ」
銀色の冒険者カードを取りだして、チラリと見る村長。
冒険者カードの紋章が書かれた面には、現在時刻や簡単な暦などが書かれているのだ。
村長は現役の冒険者らしいな。
銀色ってことは、LV20から39。
おれもレイダも銀色のを持っている。
リオレイニアやルリーロやエクレアやノヴァド。
ここに来てる連中は、だいたいみんな金色。
そういやタターは、どうしたんだったか。
ふぉん♪
『>今現在、タターは冒険者登録済です』
そうだった。学院の通路の先。
おっちゃんが居たギルド出張所で、済ませたんだったな。
才能はありそうだし、村で登録してなかったのが、すこし気になるな。
神々の使う黒板や青板とも違う、古代の魔導工学により運用されている。
女神像を介し生成可能な、唯一の現存するアーティファクト。
ってわけで、女神像の検索してくれ。
ふぉん♪
『>位置情報は収得済ですが、巨木の幹の中心にあり詳細な座標を得ることが出来ません』
よりにもよって神力を奪う木に、埋もれてるのか。
どうりで女神像を狙って扉を繋いだ茅の姫が、巨木の中心側から姿を現すわけだぜ。
「あら、そうわの? みんながあたくしさまを「おいしそう」と褒め称えるものだから、こってりしましたわぁ。いまが脂が乗った旬なのかと思いましたよぉーお?」
卵に脂は、乗らんだろうが。
「あー、えー、まー、水揚げは皆無ですが……この時期に万が一、魚の卵が獲れた場合――」
む、タター父の歯切れが、悪くね?
「――その卵は脂が乗っていて、とてもとてもそれはそれはぁお・い・し・い……らしいですよぉー?」
タターがタター父の言葉を引き継いだが、食べたことは無いようだ。
やはり自分の冒険者カード(木製LV1~19)を取りだして、暦を確認している。
ふぉん♪
『>話によるなら、ちょうど今が〝魚の卵〟に脂が乗る時期であるようですね』
卵なのに脂が乗るだとぉ?
魚の卵ってこたぁ、魚の腹に詰まってるわけで。
「ふぅんぅー? さすがわぁ異世界。生態に整合性が感じられませんよぉおぉぉぉーん♪」
じゅるるりっ――きたねぇな。よだれを垂らすな。
「そうだなぁ……卵を産んじまうと、身に脂なんぞ残ってねぇだろ?」
どうもおかしい。
「何はともあれ「水あげが皆無」ということは、今の時期でもお魚の卵を取りに漁に出ているのでしょう?」
大きな包みの上から御神体さまを持ち上げる星神にして、おれの姉役茅の姫。
「そうだな、おれが強化服で水に飛びこ……めねぇんだった。じゃぁ、轟雷で沈んで水底をさらえば、魚の一匹くらい朝飯前だろ」
腰の革ベルトに、指を突っ込んで位置を直す。
このベルトにネジ止めした収納魔法具には、回収した強化服10号改と轟雷が格納済だ。
もう一度出すだけで、壊れた所はあらかた繕われる。
「是非とも今晩のおかずに、加えたい所ですね……王族の方々もいらっしゃる手はずになっていますし……プークス?」
まてまて星神まて――今なんて言った?
「カヤノヒメさま、いままなんと仰りましたか?」
さすがに今の重大発言を、白眼鏡が聞き逃すはずはない。
「是非とも「「今晩のおかずに加えたい」」と♪」
魚の卵……いや、ややこしいから根菜呼ばわりするが――
「やかましい根菜め! 王族の方々って言ったろ? 言ったよな?」
姉役に詰めよる。
王族の方って言うなら、いつものように〝ラプトル第一王女殿下〟が、お忍びで顔を出してくれただけのことで済む。
「どうしたのよ慌てちゃって。王族ぅーって言っても、どうぜラプトル姫さ――方々?」
ふぉん♪
『イオノ>カヤノヒメちゃん、あたくしさまを持ち上げて、高らかに!』
ちかくの椅子を引き、靴を脱いで登る茅の姫。
「こほん♪ それわぁ大変ねぇぇぇぇー! ほら、お料理とかさぁ。その件の脂がのった、お魚のお卵さまとかさぁ、お出ししないわけにわぁー、い・か・な・く・な・り・ま・し・た・よ・ねぇーん? じゅるりっ♪」
してやったりの御神体。
たしかに、王族が複数来るってことは、正式の視察訪問で。
気心が知れた辺境伯名代が、使用人の故郷を訪ねるのとは訳が違ってくる。
名産中の名産らしい魚の卵が獲れちまったら、出さないわけにはいかんだろう。
「はぁぁぁー、あのう?」
「はぁい? タターちゃぁん♪」
ルリーロが、少女メイドをみやる。
「今は水が深いから、卵は獲れるはずです」
「聞いたシガミー? それでお味は、お味の方は!? どーなのぉんっ!?」
がっつくな。それ、仮にも美を謳う奴の言動じゃねーから。
「どーなの……ですか?」
とタターに見つめられた、村の大人たちが途端に閉口した。
「な、何と言えば良いのか――のぅ?」
苦悩する村長。
「うまかったとしか――なぁ?」
「伝えようがないわね?」
タターの両親たちも、同様の様子。
「私は食べたことがありませんが、むかし獲れたときには央都へ献上したと聞いています」
とは村長の孫娘の談。
たしかに食べたが、言葉にならない――だと?
なんか引っかからんでもねぇな。
言葉にならない物は、たしかに有る。
あるが――
どやどやどや、がやがやがやややっ♪
考えごとをしてるときに、騒々しい。
まだ村人が、集まって来ちまったか。
騒々しさに振り向けば――
「なんですか、これまさか木目ェーッ!? ひょっとして……馬鹿みたいに大きな木ぃ――!?」
茅の姫が来たってことは、来ようと思えばみんな来られるわけで。
学者連中の先陣は――巻き角の、頭突き女だった。
ふぉん♪
『人物DB>モゼル・マトン
魔術研究所兵站線課第一班所属』
「あらあら私としたことが、「どうしてもついて来たい」と仰られた第一陣をお連れしたのを、すっかり忘れていましたわっプフーッ♪」
惡神茅の姫め。神域惑星と繋がる躙り口を、開けたままにしやがったな。
早ぇ早ぇぞ、何の用意も出来てねぇ!
「おやぁ、ティル見たまえ。タター君が縮んでしまっているぞ、何と愛くるしい♡」
学者方に混じって、王子殿下も来ちまった。