482:ネネルド村奇譚、躙り口とタター家
女神像の場所を聞こうと、村長を探してたら――ヴュゥゥゥゥンッ♪
なんでか突然、絵で板で空中を〝切りわけるときみたいな格子〟が現れた。
「「「ぎゃぁっ!?」」」
格子の近くに居た村人たちが、慌てて逃げてくる。
ふぉん♪
『>作成した住居と住居の間の壁が、空間矩形選択されています』
だな。五百乃大角がなんかしたか?
振り返り、魚の卵を探す。
いや奴はムシュル貝を、つまみ食いするのに忙しそうだぜ?
チキッ――バッガァァン!
壁が爆発し、木屑が風に流される。
現れたのは、えらく小せぇが……扉か?
ゴドン――ガチャチャリ♪
扉は複雑に、こっちへ向かって開いた。
「あら、みなさまお揃いで、くすくすす?」
中から現れたのは――おれそっくりな猫耳メイド。
扉さえ有るなら、どこへでも……いや、とうとう扉がなかった所にまで顔を出しやがった。
村人たちに一斉に見つめられても、動じない胆力は――
さすがは、神なのかもしれないが。
「やい、いきなり爆発したら、危ねぇだろうが?」
先に格子で括ったのは、〝人が居るかどうかを探った〟ってことなんだろう。
けど危ねぇことに、かわりはねぇ。
猫耳メイドは中腰になり、じりじりとこちらへ出てきた。
「ネネルド村の皆さま。驚かせてしまって、ごめんなさい。私はカヤノヒメ。そこに居るシガミーの縁者……家族ですわ。以後お見知りおきを、くすくすす♪」
実際に体はほとんど同じだから、家族みたいなもんではある。
何よりそう言った方が、通りが良い。
ふぉふぉん♪
『ホシガミー>なにやら楽しそうな予感がしたのでネネルド村近郊の、この女神像へ繋げたのですわ、プークス♪』
ヴォォゥン♪
一行表示に続いて現れた小窓は、おれや迅雷や五百乃大角にしか見えないものだ。
そこに表示されたのは、神域惑星にある御神体像。
その背中に付いた、小さめの扉。
アレをどこにでも繋いで、どこからでも出てくるようになっちまった。
いやまて……よく見れば、像の両肘の間に何か有るぞ?
敬虔なイオノフ教信徒のように、組んだ手の下あたり。
そこには更に小さな扉が、増設されていた。
ふぉん♪
『ホシガミー>ちょうど良いスペースがありましたので、もう一つ接続先を設定しましたわ♪』
扉だらけになっちまった五百乃大角像は――
多少、哀れに感じなくもない。
背中の扉は、央都の大講堂へ接続されている。
そして胸の辺りに作られた、それよりもさらに小さな――
まるで草庵茶室の、躙り口みたいな扉。
それをこのネネルド村に繋いで、さっそく面白い様子を見物に来やがったってわけか。
ふぉん♪
『ホシガミー>神域惑星の管理に際して、その全権を任されていますもの。見逃す手はないですわ、くすくす?』
ぐっ、星神からしたら〝おれたちの面白おかしい様子を見逃さないこと〟と――
神域惑星、つまりおれたち五百乃大角一味の全保有食材管理は――
どっちも楽しくて、面白おかしいってこと……らしいぜ。
「あれまぁ、どこから現れたんだい?」
「シガミーちゃんに、そっくりだねぇー!」
「そうしたらシガミーちゃんの、お姉ちゃんかい?」
「こりゃまた姉妹そろって、美人さんだねぇ♪」
「「「「「うふふふふふふふっ、あははははははっ♪」」」」」
だから村の女衆がどんどん増えるのは、どいうわけだぜ?
巨木の幹の側から出てきた、〝女神の料理番の姉〟と言い張る小娘。
そんな怪しげな者を、ひとしきり首をかしげて笑ったあとは――
一切合切、呑み込んじまう――
肝の据わりようったらねぇぞ?
おい迅雷。ネネルド村に関して、調べられるだけ調べとけ。
五百乃大角がもつ〝この世界の全てが書かれた虎の巻〟の一部を、いまは見られるんだろぅ?
ふぉん♪
『>希少食材や調理レシピ、装備クラフトレシピに限られますが?』
たとえ飯や装備作りに関する事柄に、限られていたとしてもだ。
ふぉん♪
『>了解しました』
「あらあらまぁまぁ、すいぶん沢山の食材ですねぇ、プークス?」
食材の山をまえに、大鍋をゴトリと置く。
「さぁ、では何をお作りいたしましょう? うふふふ♪」
大鍋にムシュル貝の剥き身や切った野菜を、ぜんぶ入れちまう茅の姫。
あああもう全部入れちまったら、よせ鍋くらいにしかならんだろうが。
「それにしても、村人さんがたくさん居ますねー、ププークス?」
茅の姫が迷いのない流れるような手際で、四角い小鉢を大量に並べだした。
これからますます暑くなるって時分に……寄せ鍋?
暑いときの鍋も、おつではあるが?
そして小鉢をまえに、嬉々として計算魔法具を弾き始めやがった。
この小鉢わぁ、冷てぇ菓子を出すのに……使ってるやつだろ。
「この村はタターの故郷だぞ? 間違っても……守銭奴なまねはするなよ?」
ぴくりと体を震わせる、小商いが趣味の神。
大方、熱々の鍋を食わせて、〝冷てぇ菓子を売り込む魂胆〟だったんだろうな。
ふぉん♪
『>そして、カヤノヒメ。アナタが〝接続〟したのは女神像ではありません。巨大な木の幹、その奥深くです』
そうだぜ、うしろ見てみろや。お前さんが出てきたのは、すごく太くて長ぇ木だぞ?
「そんなはずは、プークス?」
振りかえる、星神茅の姫。
ふぉん♪
『シガミー>な? どこから見ても、木だろうが?』
首をかしげ合う、おれと瓜二つな奴。
ふぉん♪
『>ですが、カヤノヒメの繋いだ神域惑星の扉は』
ああ、超使える。正直、超助かる。
また帰りも馬車を担いで、太鎖に引かれた日にゃ――
央都の城壁に突き刺さるに、決まってるからな。
§
「どうも、父のルースターです」
「うふふ、母のイフターです」
「えへへ、妹のジターだよ」
タター一家をひきつれ、少女メイド・タターやレイダやおにぎりたちが戻ってきた。
「こんにちわぁん、ご無沙汰してますわぁ――レーニアちゃぁん、例の物おぉーお渡しぃーしーてーねぇーん♪」
大きな包みと小さな包みと、やたらと長い包みが長机に置かれた。
「初めましてぇー。アナタの世界のより所でぇーすーぅ。イオノファラーをしていますわぁ♡」
大きな包みの上に颯爽と、ご登壇の御神体。
「やや、辺境伯名代さま!? なんと見事な魚の卵か♪」
興奮する、タター父。
「あらあら、まぁまぁ。こんなにおいしそうなお魚の卵は、見たことがないですよ♪」
おなじく興奮する、タター母。
「料理番の、シガミーだぜわよ」
「INTタレットノ、迅雷デす」
いちおう、おれたちも名乗ったが――
それどころでは無いようだぞ?
「タター。今日は、ご馳走ですよ♪」
「やったね、お姉ちゃん♪」
「えぇーっ!? みんな違うよ、それは魚の卵じゃないよ? イオノファラーさまだよ!?」
どうやら五百乃大角は、この辺りでも珍しい食材に瓜二つらしいぜ。
「おう、食えるもんなら、遠慮なく食ってくれ!」
「こら、シガミー! 不敬ですよぉーん?」
ふぉふぉん♪
『イオノ>なんかさ、魚の卵さまさぁ。侮れなくね?」
たしかに、ここまで口を揃えて〝うまそう〟と言われると――
おれも〝料理番〟の端くれだし――多少気になって来た。