473:大陸間弾道卵の謎、阿門戸の木と実
「だからな、猪蟹屋の本来の開店日は明日だったろ。どうしたって、難しいだろうが?」
桜の木に似た阿門戸は、星神神殿からほど近い丘に沢山生えていた。
神殿が有る高台から見えない場所に広がっていたから、気づかなかったが、花まで桜に似てるという。
葉が茂っていたときには見かけたが、こいつが阿門戸の木だったのか。
ふぉふぉん♪
『ガイダンスシーケンス>視線入力による多重ロックオンが可能です』
どん――錫杖で木の幹を弾く。
揺れる枝の――しなり。
潰れて細くなった山枇杷みてぇな、そいつを――全部落としてやる。
『◇』
阿門戸の実、ひとつだけを見るな。
『◇』『◇』『◇』『◇』『◇』『◇』
『◇』『◇』『◇』『◇』
複雑に揺れる小枝のしなり――全部の重心から、個別の位置を捉えろ!
ゆさゆさゆさ――わさわさわさ――♪
『◇』『◇』『◇』『◇』『◇』『◇』
『◇』『◇』『◇』『◇』『◇』『◇』『◇』『◇』『◇』『◇』
『◇』『◇』『◇』『◇』――
『◇』は48個。
最後の『◇』が現れると一斉に回転し、すべてが『□』になった。
ふぉふぉぉぉぉん♪
『>多重ロックオン完了。いつでも切断できます。
>滅モード:ON』
ビキピピピッピィィィィイィッ――――♪
鳥が、鳴き止まなくなった。
「滅せよ!」
ゴォッ――ビリビリビリビリッ!
実効のない残心のように、あとから唱えるとなんでか威力が変わる文言を――一切の自重なしに発してやった。
揺れる阿門戸の木。
バララッララッ。
落ちる阿門戸の実。
多重ロックオンは見えない敵を強化学習し、気配を特定したり――
こうして沢山の実を一度に落としたりと、いろいろ便利に使える。
迅雷も居ねぇし轟雷も着てねぇから、本式の〝刀がおれの体を使って斬りつける〟――自動追尾とやらまでは使えねぇが。
それでも木の実を落とす、助けになった。
「うぐぐぐぐ?」
茅の姫が初めて見せる、余裕のない表情。
生きがいの小商いを、休まなければならないことが――
そこまで辛いらしい。
「ぎゅぎゅにゅにゅぅー?」
しかし凄い顔を、しやがるなぁ。
おれも姫さんや奥方さまの、月影の瞳に捕らえられたときなんかは――
ああいう顔を、してるんだろうぜ。
すぽぽぽぽん♪
ぽこぽこぽここん♪
地に落ちるまえに茅の姫が、実を格納してくれる。
「しかたねぇだろうが。あんな危ねぇ卵の真上で、商売するわけにはいかんだろうが? ――滅せよ!」
なだめつつも、収穫は続ける。
「ですが幸いにも、かの魔王を封じるための結界に閉じ込められたわけですし――すぽぽぽん♪」
必死だな。
「この阿門戸の実の菓子を、講堂で売りゃぁ良いじゃんか」
そのためにこうして、採りに来てるんだしよ。
「ぬっ、ヌガーバーというお菓子が売れることは、とても楽しいのですけれど。アレばかりを食べていたら学者の方々や、学院の生徒さんたちがお体を壊してしまいますわ、ぐすぐす?」
あー? 菓子が売れるのは嬉しいが、めし処としての猪蟹屋としては芳しくねぇ……そう言う話?
「(そう言う、お話しですわっ!)」
言い切ったな。
物は売りたいが、飯も出したい……と。
けど確かになー、倉庫も無人工房も無事ではある。
「わかった。どうせ今間借りしてる場所でも、食堂は続けるんだろ?」
「もちろんですわ、生徒さんたちとの週に一度のお楽しみ……いえ、真剣勝負。逃げたとあっては猪蟹屋の、名折れですもの♪」
小商いと同じくらいに、子供たち相手の食堂にも執着してる。
三途の川で人恋しさに泣いてるよりかは、よっぽど道理だぜ。
「ならあの店頭とか言う雨よけを張った、大きな掘っ建て小屋でおれが店をやるから、茅の姫は屋台を出すってのはどうだ――滅せよ!」
「それは素敵ですわね、くーすくす♪ っきゃっ!?」
機嫌を直した茅の姫が、阿門戸の実を格納しようとした手を止めた。
「んあ!? 阿門戸の実が――赤い!?」
いま落とした実が、赤く光を放っている。
これは、おれの薬草師としての能力だ。
森に入ったときも、ときどき草や茸や魔物が、こんな風に光ってたからな。
ズザッ――ヴッ、すぽん♪
おれは手をかざし、赤く点滅する実を収納魔法具に仕舞う。
この魔法具は姫さんの家宝用に作ってやったのと、同じ形だが――
店で売ってる、〝飯の支度が、ひと揃え入った収納魔法具〟と同じ物だ。
作りは最低限で装飾はない。
単純にたくさん入るだけの、収納魔法具だ。
といっても、おにぎりの背中の箱と比べたら、まるで入らんけど。
ふぉん♪
『<弱毒性のシアン配糖体を検出/数量:61>』
なんかの赤文字が出た。
ふぉん♪
『ヒント>収納した苦味種アーモンドには、腹痛を引き起こす毒素を含有する物が含まれています』
「えっと、毒か?」
おれぁ薬草師のスキルで、状態異常にはならんが。
「そのようですわ。私、毒草や毒茸には忌避反応がでますので」
この木に生った実は、全滅か。
「じゃぁ、この赤く光る実……毒がある奴は、おれが食えるようにしとくぜ」
〝食用転化〟だけして、分けて仕舞っとく。
§
阿門戸の実を採れるだけ採って、学院の教室へ戻った。
「ありゃ、学院じゃねぇ? リオレイニアが居やがる」
神域惑星に設置した、御神体型の女神像。
その背中に付いた扉をくぐると、おれたちの1年A組へ通じるようになっていたのだが――
「居たら都合が悪いような言い方ですね……また何か悪さでも企んでいるのではないでしょうね?」
またってなんだぜ。睨めつけられた。
「してないし、しないぜ。ただいま」
おい、学院の黒板横の扉以外にも繋げられるなら、最初からやっとけよ。
猪蟹屋をこっちで始めるなら相当、便利じゃねぇか!
「ただいま戻りましたわ、リオレイニアさん。くすくす♪」
ご機嫌な茅の姫。
小商いのための食材も手に入ったし、屋台もやることに決めたからな。
ふぉん♪
『ホシガミー>そうそう自由に出来るわけではないですわ。
まだ繋げられるのは一カ所だけですので、
逆にA組の教室へは繋がらなくなりましたし』
選べる場所の中から、一カ所とだけ繋げられるのか。
じゃぁ、ひとまず大講堂で良いやな。
リオの話じゃ、ここでおれたちは授業を受けるみたいだしよ。