471:大陸間弾道卵の謎、第一回大陸間弾道温玉会議
「あの温玉ってまるで、地対空ミサイルねぇん♪」
短い足でピョンと跳ねる、御神体。
「温玉じゃねぇだろ、ぐっつぐつに焼けてんじゃんか! そして神々の言葉を並べ立てるな、わからん!」
杯を持ったまま跳ねやがって、こぼしてんぞ!
ヴッ――布巾を取りだす。
ふぉん♪
『ヒント>地対空ミサイル/SAM。高空へ向かって射出され、近接および時限式信管により炸裂する対空兵器。飛来する航空機や弾頭を追尾し迎撃する』
だからわからん。
ふぉん♪
『ヒント>温玉/温泉卵。白身もとろとろの半熟卵。67℃程度の湯で30分ゆでて作る』
こっちはわからいでか、おれぁ女神の料理番だぞ。
「まるでわからんが、まっすぐだって話なら、そんな神々のやり方までは要らんだろうが?」
テーブルを拭くついでに、引かれた直線を身を乗り出して指し示してやった。
「ばかね。惑星ヒースが自転している以上、まっすぐ投げても当たるはずがないでしょお、おかわり?」
自分よりも大きな杯を空にした御神体が、ペロリと口元を舐める。
「くすくすくす♪ 少なくとも地上から、高空を飛ぶ火龍ゲートルブに卵を直撃させる技術が、この世界に存在する証左では? プークス?」
だからやめろ。
みんな、きょとんとしちまってるだろうが。
おれは引いた様子の、みんなを見た。
「あれ? なんでおれにまで、その顔を向けやがる?」
訳がわからんことを言ってるのは、五百乃大角と星神茅の姫だろうが。
リオレイニアを見たら、その口元が笑ってなかった。
「シガミー。君は十分に神々の言葉を、理解しているようだね。そのへんの話を――もっと詳しく聞こうじゃニャいかニャ♪」
ラスクトール自治領王立魔導騎……顧問技師ミャッドが、パチリと指を鳴らした。
§
連れてこられたのは、おれたちが央都滞在中に本来世話になる予定だった、魔導騎士団の宿泊施設。
臨時や有事の際に使われる、立ち並ぶ小さな城たち。
その中でもひときわ大きな棟を、まるごと借り受けた。
サキラテ家別邸とまではいかないが、猪蟹屋関係者が一堂に会しても――
「半分、余っちまうぞ?」
本店のネコアタマ青年に、手伝ってくれてる近所の婆さまたち。
二号店店長ニゲルに、給仕の嬢ちゃんたち。
すでに猪蟹屋関係者であるリカルルに、鍛冶工房の連中たち。
それにルコルとニャミカを足しても――
せいぜいが、50人程度だ。
「にゃふふふ♪ その半分は、こちらで用意しようじゃニャいかニャ♪」
たしかに顧問氏には央都に来てから、ずっと世話になりっぱなしで――
しかも詠唱暗室装置に測定魔法具の事故に関する〝事象聴取〟を、すっぽかし続けるという不義理をしてた。
§
初等魔導学院の教室の、倍は有る巨大なすり鉢型の大講堂。
入り口には『第一回大陸間弾道温玉会議』、なんて書かれた立板。
借りた小さな城に付いていた講堂には、入れかわり立ちかわり――
何かの専門家が現れては、おれや迅雷、そして御神体や茅の姫に、根掘り葉掘り色んなことを聞いてきた。
全員が分厚い帳簿みたいな本に、聞いたことを逐一書き付けて、力尽きていく。
そのまま力尽きてくれてりゃ、まだ捌きようもあったんだが――
奴らは小城の宿泊施設で十分な睡眠を取り、英気を養い意気揚々と――
また姿を現すのだ。
「むにゃぁ……あの卵わぁ、ちゃんと割れたんだよなぁ?」
火龍の頭突きでも、割れなかった卵。
それを茹でたら、なんでか火を噴いた。
「そりゃそうじゃないのぉ? 中から火が出たんだしさ、ウケケッケケッ?」
お前さまが「茹でよう」なんて言い出さなけりゃ――
いまごろ央都猪蟹屋は、大々的に開店し――
閑古鳥が、鳴いていたかもしれん。
折角だからと倉庫から持ってきた売り物を、講堂の一角に並べてあるけど――
見事に一つも売れん。
あのイオレイニアさまの詠唱魔法具すら、一枚しか売れてねぇときた。
「ふわぁふ♪ あの、すげぇ火なぁ……アダマンタイトも溶かしちまいそうで、相当面白ぇよなぁ――がははははっ♪」
さすがは鍛冶職人。
見る所が、おれたちとは違う。
あとずっと、おれたちに付きあってくれてるから、さすがに眠そうだ。
ヴッ――――コトコトコト、カチャンッ♪
気休めの回復薬を、みんなに配る。
「はははっ、たしかに鍛冶仕事には使えそうだよな――あの業火は」
最高の鍛冶スキル、〝伝説の職人〟持ちの烏天狗は――
熟達した鍛冶職人と同等の仕事が、この身ひとつで出来る。
絵で板とスキル全部を総動員すりゃ、迅雷無しでも複製すら可能だ。
だが複製した装備の性能は、目減りするし――
日々の修理でも使い心地なんかは、悪くなっていく。
工房長たちの熟達具合は、そういう部分にちゃんと現れるのだ。
だから決して伝説の職人スキルひとつで、鍛冶工房に取って代われるわけじゃない。
そもそもが、ひとりが直す数には限界が有るのだ。
工房長が〝卵の業火〟に興味を持つなら、協力するに吝かではないのだが――
「本題に集中してください。とりあえずの結論が出ないと――ふわぁふ♪ いつまでも、帰れませんよ?」
白眼鏡を掛けた美の化身イオレイニアさまが、とうとう欠伸をした。
黒眼鏡は彼女の精悍さを、引き立ててくれるが――
学者連中に「それ暗くない?」「ちゃんと見えてるの?」と、毎度心配されるから――
〝魔眼殺し〟と同じ白に、塗り替えてみたのだ。
元々の〝顔半分を覆う仮面より、だいぶ軽やかでかつ――
〝視界の心配〟もされない、彼女のための装備が完成した。
ちなみに瞳の部分に穴は空いてなくて、横から瞳が見えないようにこめかみ辺りまで覆われてる。
暗視と動体検知機能付きで、耳栓とは別の多積層画面が常時使える。
もちろん〝神力〟が尽きていなければだが。
「帰るったって、猪蟹屋はすっかり燃えちまったじゃねーかよ――ふわぁぁふ♪」
こっちまで欠伸が、移っちまったぜ。
「シガミーが居れば半日もかからず、元どおりに直してしまえるのでしょう――ねぇ迅雷?」
迅雷? そういやあいつずっと、レイダに預けたままだった。
白い眼鏡が講堂入り口を、じっと見た。
ぽっきゅらぽっきゅら♪
間抜けた爪音が、近づいてくる。
「きゃぁぁぁぁっ! と、止まってくださぁぁい!」
うるせぇのが戻ってきた。
「ひっひひひひひひひぃぃひひぃぃぃんっ?」
少女メイドを尻尾で絡め取った黄緑色の馬ゴーレムが、いつも以上に困惑している。
ずどどどどっ――がやがやがやわや。
ずだだだだっ――ひそひそひそひそ。
図体のでかい子馬〝天ぷら号〟を、学者連中が追跡している。
「「「みゃにゃぎにゃぁー♪」」♪」
ぽっきゅぽきゅぽきゅむん♪
遊びのつもりか化け猫たちも、追いかけっこに参加してる。
強化服の技術提供は時期尚早として、五百乃大角から「お待ちなさぁぃ♪」が掛かった。
まあ、内装を整えるのに、多少の希少素材が居るしな。
そして、おれたちにすら解析できねぇ強化服自律型にも「手を出すのは危険だ」と伝えてもらった。
そうなると学者連中の興味の次点は当然、天ぷら号なわけだが――
仮にも現役の、第一王位継承者の作成物で有る。
「捕獲したり、意地悪をしたりしたら駄目だからニャァ? もちろん分解したりなんかしたら、ぼくの首が飛ぶニャァ……物理的に」
学者陣営の総大将である彼の、そんな迫真の言葉に――
ならばせめてと、〝少女タターが、天ぷら号の尻尾に絡まれる原因究明のための〟学者班が結成されたのだ。
ふぉふぉん♪
『>はい、リオレイニア。焼け跡はレイダ材により補強されていますので、私とおにぎりが同行すれば7分ほどで修復可能です』
この目のまえに浮かびあがる一行文字は、耳栓や簡易魔眼殺しといった魔法具を通じて〝見る〟ことが出来る。
ふぉふぉん♪
『シガミー>いやまぁ。そもそもの土台が、あのお堅い対魔王結界だから出来なくはねえけど、せめて30分はくれ』
おれたち〝女神関係者〟だけでなく、〝シガミー御一行様〟や〝猪蟹屋関係者〟には一部開放している。
書き込むのはまだ、おれたちしか出来ねぇけどな。
「あ、そうでした。アナタたち明日からの授業は、こちらの講堂で行いますのでそのつもりで」
見習い教師リオレイニア先生が、急にそんなことを言う。
「「「みゃにゃがにゃぁっ♪」」♪」
子供たちは喜んでるが、こりゃ当分……央都猪蟹屋に帰れんぞ。